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日本のアート市場は国際化の波に乗れるか? 来夏の「東京現代」が試金石に

  • 2022年11月2日
  • INTERNATIONAL

Text: Reena Devi

今年6月、アジア太平洋地域で大規模アートフェアを運営しているアート・アセンブリーが、新たな国際アートフェアを日本で立ち上げると発表した。それが2023年7月に開催予定の「東京現代(TOKYO GENDAI)」で、国内外のギャラリー80~100軒が参加する見込み。日本のアートシーンにどんな影響をもたらすのだろうか。

東京の夕景。新宿の高層ビル街を望む Photo Carl Court/Getty Images

台頭する日本の新世代コレクター

コロナ禍発生以降、アジアではアートフェアの新規参入が相次いでいる。今年9月には、この数十年目覚ましい経済成長が続いた韓国市場に参入するべく、第1回のフリーズ・ソウルが開催された。また、アート・アセンブリーは、23年1月にシンガポールで新しいアートフェア、ART SGを初開催する。

そんな中、東京現代が注目される背景には、日本人の審美眼に対する世界的信頼、世界のアート市場における日本の歴史的重要性、政府による関税法改正などシステム整備、そして何より、新世代のアートコレクターの台頭が挙げられる。

ARTnewsの取材に対し、アート・アセンブリーの共同設立者で台湾のアートフェア、台北當代(タイペイ・ダンダイ)を立ち上げたマグナス・レンフリューは、アジア全域で若いコレクターの勢いが顕著に感じられるとし、「ここ数年、この傾向は加速している。日本も例外ではなく、従来の洗練されたコレクター層に加えて若い世代のコレクターが出てきている」と語る。

世界的な老舗オークションハウス、フィリップスの日本代表、服部今日子も同じ意見だ。彼女は、この新しいトレンドは、工芸品、茶道具、美術品を収集する伝統が日本文化にあることに根ざしていると指摘する。

「近年、若いコレクターが増えています。その多くは現代アーティストやその作品に共鳴する起業家たちですが、何世代もにわたり美術品を収集してきたファミリーの新しい世代が、現代アートのコレクターになるケースも少なくありません」

さらに、「80年代との大きな違いは、テクノロジーによって日本のコレクターが海外のアートやアーティストの情報にアクセスしやすくなったことです」と分析する。

日本のアートフェアの代表格、アートフェア東京。コロナ禍で来場者数は減少したが、売り上げは伸びている。Courtesy Art Fair Tokyo

NICAFの失敗と、アートフェア東京の開催

Henry & Partnersが発行する最新版の「Global Citizens Report」によると、東京はニューヨークに次ぐ世界第2の豊かな都市。アートフェアの開催地として理想的な場所であると言える1992年にアジア初の大規模なアートフェアとして横浜でスタートしたNICAF(ニッポン・インターナショナル・コンテンポラリー・アートフェア)をはじめ、以前から東京やその近郊では数多くのフェアが開催されてきた

NICAFには、世界有数のギャラリーであるペース、タデウス・ロパック、リッソンなどが参加し、日本のアートフェアが海外から迎える最初の出展者となった。しかし、アートフェア東京マーケティングディレクターの北島輝一によると、バブル崩壊の影響で売り上げは期待したほどではなく、「NICAFは、当時の日本の厳しい経済情勢の中で苦戦を強いられた」という。結局、NICAFは2003年に幕を閉じた。

サザビーズ・ジャパン代表取締役会長兼社長の石坂泰章は、90年代の日本では、国際的なアートフェアが、モーターショーのような「楽しむ場であって取引する場ではない」と捉えられたために失敗したと振り返る。

その後、05年にNICAFを前身とするアートフェア東京がスタート。同フェアでは、現代アートだけではなく、古美術のギャラリーも出展するようになった。08年までは一定の人気を獲得していたが、その後は景気停滞と11年の東日本大震災により、日本のアート市場自体が大きく縮小してしまった。

しかし、最近アートフェア東京には黒字化の兆しが見られる。21年にコロナ禍の影響で来場者数は減少したが、売り上げ高は逆に上昇。つまり1人あたりの購入が増加したわけだ。「特に勢いがあるのは若いコレクターで、彼らは古美術よりも現代アートに興味を示す傾向がある」

こうした状況にあることから、日本のアート業界関係者の多くは、東京現代の登場に期待を寄せている。

石坂は、500万から1000万ドル(約7憶~14億円)の価格帯の作品、あるいはおそらくそれ以上のものにもビジネスチャンスがあると見込む。つまり、世界最大規模のアートフェアであるスイスのアート・バーゼルやフリーズ・ロンドンなどに匹敵するレベルになるというのだ。従来の日本のアートフェアは手頃な価格帯での販売が中心だったからこそ、東京現代はハイエンドの作品を求める日本のコレクターの潜在需要を掘り起こすことになるというのが石坂の予測だ。

日本のコレクターは、高価格帯の美術品を求めていると石坂は確信しているようだ。実際、今年5月にサザビーズ・ニューヨークで行われたマックロー・コレクションのオークション第2弾では、ある日本人コレクターがウォーホルの自画像を1870万ドル(約24億円)で落札。また、大林剛郎、田口弘と田口美和、柳井正ら、東京を拠点とするビッグコレクターの多くが、ARTnewsの「トップ200コレクター」にランクインしている。

東京のGallery COMMON(ギャラリー・コモン)で開催中されたフェリペ・パントンの個展。同ギャラリーは、ストリートカルチャーをベースとした現代アートを紹介している Photo Yosuke Torii/Courtesy Gallery COMMON

求められる「早急なアクション」

しかし、原宿で現代アートやストリートカルチャーを発信しているGallery COMMON(ギャラリー・コモン)のディレクター、新井暁は懸念を口にする。

「転売で利益を得ようとする層がアート界には一定数いるんです。市場の拡大という意味では、新しい客層を迎えることは悪いことではありませんが、スピード転売とセカンダリーマーケット(*1)での価格高騰の繰り返しは、アーティストのキャリアを短命に終わらせるだけです」


*1 アート市場には「プライマリーマーケット」と「セカンダリーマーケット」がある。プライマリーマーケットは作品が最初に世に出る市場で、通常はアートギャラリーや百貨店、アートフェアなどで作家が作品を発表し、売買される。一方、セカンダリーマーケットとは、プライマリーで顧客が購入・所有していた作品を、オークションなどで再販(転売)する市場。

ギャラリーTake Ninagawa(タケ・ニナガワ)のオーナーでディレクターの蜷川敦子は、東京の美術館やギャラリーを巻き込み、日本の現代アートシーンを広く紹介するためにアート・バーゼルとの提携で発足した国際的アートイベント、アートウィーク東京の創設ディレクターを務める。その蜷川も、日本のアートフェアが直面する課題は、世界のアートに目を向けつつ国内のアートシーンにアプローチすることだと言う。

蜷川はまた、「国際的な一流作家から新進アウトサイダーアーティストまで、日本のギャラリーシーンが持つ多様性と、収益を重視する世界的アートフェアのモデルをどう両立できるか」と問いかける。

たとえば、2000年代初めから約10年にわたり、長期滞在型サービスアパートメント機能を備えたホテルを会場に、日本国内のギャラリー約30軒が参加して開催された[email protected] アグネスホテル・アートフェアは、小規模で地域に根ざしたフェアだった。また京都には、現代アートに特化した新しいアートフェア、Art Collaboration Kyoto(アート・コラボレーション・キョウト)がある。

こうした環境で東京現代が期待を集める理由の1つは、国際的なギャラリーが日本に目を向けるきっかけになりうることだ。アジアでアート拠点になっている他の都市と比べ、東京には海外から進出しているギャラリーがまだ少ない。そんな日本のアートマーケットに大きな転機がもたらされるかもしれないのだ。

さらに、海外のギャラリーが日本のアート市場への進出に消極的なのは、これまでの関税法では、日本国内のギャラリーやオークション会場で海外から輸入したアート作品を展示・販売する際に、アートディーラーが関税等の税負担を考慮しなければならなかったのが大きな要因と見られる。

これを解決するため、日本政府は2020年12月と21年1月に美術品を対象とする関税法基本通達改正を行い、保税地域でギャラリー展示やオークション、アートフェアなどの実施を可能とする規制緩和を実施した。これにより、今後は高額な美術品の展示や取引が拡大する可能性が広がった。

実際、東京現代の立ち上げが発表されたのは、この規制緩和から約1年後のことだ。また、前出の北島は、23年のアートフェア東京にはこれまで出展していない海外のギャラリーを招聘する意向だという。

北島はこう語る。「海外のギャラリーにとって、日本のアート市場はとっつきにくい存在でした。でも、2022年の今は1992年当時とは異なり、積極的に海外を訪れ、新しいアートのトレンドにも敏感な若い世代のアートコレクターが増えています」

この秋、アートフェア東京の企画・運営に携わるエートーキョー(北島が代表取締役を務める)は、東京・有楽町にM5 GALLERY(M5ギャラリー)を新設。これは、世界のトップギャラリーを呼び込むための取り組みで、東京に展示空間を持たなくても短期間の展覧会が開催できる場を提供するものだ。参加ギャラリーのネットワークによるコラボレーションを促進し、多様な作品やコレクションを紹介していくことを目指している。

こうした世界のアートシーンへの働きかけは、日本社会の変革のためには外圧が必要だということの表れなのかもしれない。

六本木と天王洲で自らの名前を冠したでギャラリーKOTARO NUKAGA(コタロウ・ヌカガ)を運営する額賀古太郎によれば、多くの日本人は世界の状況を知っているものの、古い制度が足かせになり、日本のアートシーンに実質的な変革を起こすのには困難が伴うと話す。

「変化を起こそうと試みる人はいても、スピードが足りません。その結果、海外に比べると、日本の制度は遅れをとってしまっている。実力のある人ほど海外に流出し、国内はさらに空洞化する傾向にあります」と額賀は分析し、こう付け加えた。

「外から来る衝撃や刺激で変化が起こり、変革の勢いが増すのなら、大いに歓迎すべきでしょう」(翻訳:清水玲奈)

*from ARTnews

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