ジャコメッティが35億円、モンドリアンは史上最高額の71億円! サザビーズの近代美術オークションリポート
11月のある夜、サザビーズ・ニューヨークで近代美術のオークションが2部構成で行われ、モンドリアン、ジャコメッティ、ピカソなど総額3億9120万ドル(約548億円)を売り上げた。主要な落札作品と金額をリポートする。
モンドリアンが過去最高額を記録! しかしクリスティーズには及ばず
11月14日に行われたサザビーズ・ニューヨークのイブニングセールでの売上総額は、予想されていた3億1800万ドル(約445億円)を上回った。しかし、前週に開かれたクリスティーズ・ニューヨークのオークションの勢いに乗れたとは言い難い結果だった。クリスティーズでは秋シーズンの幕開けとして、マイクロソフト社共同創業者、故ポール・アレンのコレクションの競売を実施。その総額は15億ドル(手数料込みで約2100億円)に上り、同一所有者の出品による公開オークションとしては、史上最高額を記録した。
とはいえ、サザビーズでもピート・モンドリアンの絵画が5100万ドル(約71億万円)で落札され、モンドリアン作品としての新記録を樹立している。
14日のオークションには、アートシーンの歴史に残る2人の人物が残したコレクションが出品された。1人は、ホイットニー美術館(ニューヨーク)の元理事で弁護士のデビッド・ソリンガー。オークションの第1部では、1996年に死去したソリンガーのコレクションから絵画と彫刻が出品された。売上総額は1億3790万ドル(約193億円)。
続いて行われた第2部には、90年に他界したニューヨークのメディア王、故ウィリアム・ペイリーが所有していた作品などが出品された。ペイリー・コレクションからの売上金は、彼が長年にわたり理事を務め、資金支援を行ったニューヨーク近代美術館(MoMA)のデジタル化構想実現に向けた基金にあてられる予定だ。
第1部のソリンガー・コレクションのオークションは、出品された23作品が完売した。出品されたものの多くは、高額予想をさらに上回る価格で落札されている。一方、第2部では出品44点のうち落札されたのは36作品で、中には落札予想価格の最低ラインを下回ったケースもある。なお、21作品は第三者保証付き(*1)で出品されている。2部にわたるオークションは、サザビーズ・ヨーロッパ会長のオリバー・バーカーがオークショニアを務めて3時間ほど続いたが、激しい競り合いになったのはごく一部の作品だけだった。
*1 オークションハウス以外の第三者(アートディーラーなど)が一定の金額で購入することを、事前に出品者に保証すること。
オークション会場には、いつものようにアートアドバイザーやアートディーラーなどの常連が姿を見せていた。その1人、アートアドバイザーのウェントワース・ボーモントは、「オークションが毎回、ポール・アレンのコレクションみたいな大盛況になるなんてことはありえない」とARTnewsに語っている。
この日の購買意欲が今一つだったことについて専門家は、そもそも近代美術分野には価格が超高額になるような出品作が少ないことに加え、コロナ後は需要が一服状態になっているという見方をしている。オークション終了後の記者会見で、サザビーズの印象派・近代美術スペシャリスト、ジュリアン・ドーズは、「これは、業界が現実に戻りつつあるという兆候だろう。2016年や17年だったら、今回の結果は素晴らしいと評価されていたはずだ」と述べている。
完売したソリンガー・コレクション。高額落札はデ・クーニングやジャコメッティ
ソリンガー・コレクションのオークションは、ジャン・アルプ作の曲線的な石灰岩の彫刻、《Fruit méchant(意地悪な果実)》(1936)から始まった。《Fruit méchant》には複数の入札者があり、最終的にはサザビーズ・アメリカ会長のリサ・デニソンとの電話で参加した入札者が、最低予想価格50万ドルの4倍に上る200万ドル(約2億8000万円)で落札している。手数料込みの最終価格は240万ドル(約3億4000万円)。
ジャン・デュビュッフェ、ピエール・スーラージュ、フェルナン・レジェの作品は、150万〜200万ドル(約2億1000万〜2億8000万円)の予想を超えはしたが、落札価格はアルプを下回った。
ただ、ソリンガーは、戦後ニューヨークで活躍したアーティストの作品を買い集め、彼らが名声を得る前から交友関係を深めていたことで知られている。今回が初オークションとなったソリンガー・コレクションで注目を集めたのも、こうした戦後ニューヨークの作家だった。そのうちの1人、ウィレム・デ・クーニングの抽象画《コラージュ》(1950)は、サザビーズ・ニューヨークの現代アートスペシャリスト、ベーム・フィエロが2900万ドル(約41億円)で落札。今回出品されたソリンガー・コレクションの最高額となっている。手数料込みの最終価格は3360万ドル(約47億円)。
2番目に高額だったのは、1948年に鋳造され、手塗りの塗装が施されたジャコメッティの彫刻《Trois hommes qui marchent (grand plateau)(歩く3人の男〈大きな台座〉)》で、最低予想価格1500万ドル(約21億円)のところ、2500万ドル(約35億円)で落札された。この作品は、ソリンガーがパリのジャコメッティのアトリエで本人に直接制作を依頼したものだ。会場にいた入札者が、サザビーズ・アジア会長のジェン・スアとの電話で参加した別の入札者と7分間にわたる争奪戦の末、勝者となっている。手数料込みの最終価格は3020万ドル(約42億3000万円)。
アレクサンダー・カルダーのモビール彫刻とジョアン・ミロの絵画にも、アジアのバイヤーから入札があり、カルダーの黒一色のモビール《Sixteen Black with a Loop(ループのある16の黒)》(1959)の手数料込み最終価格は、最低予想価格300万ドル(約4億2000万円)の2倍を超える840万ドル(約11億8000万円)となった。
モンドリアン作品が超高額落札、ピカソの静物画やヘンリー・ムーアの彫刻が続く
14日のオークションでは、特定の作家の落札価格に新記録が出ることは、さほど期待されていなかった。しかし、オランダの近代美術を代表するピート・モンドリアンは、近ごろ伝記が出版されたことや、スイスのリーエンにあるバイエラー財団の美術館で回顧展が10月まで行われていたこともあり、価格が高騰する機が熟していたようだ。オークション第2部に保証付きで出品された《コンポジションNo.II》(1930)は、いくつかの色の格子で構成されるモンドリアンらしい抽象作品で、アジアからの入札者が4800万ドル(約67億2000万円)で落札。手数料込みの最終価格は5100万ドル(約71億4000万円)を記録した。
モンドリアン作品のこれまでの最高落札額は、2015年にクリスティーズ・ニューヨークで記録した《Composition No.III, With Red, Blue, Yellow and Black(赤、黄、青と黒のコンポジションNo.III)(1929)の5060万ドル(約70億8000万円)なので、今回はこの記録を少しだけ上回ったことになる。今回、超高額落札となった《コンポジションNo.II》は、1983年のオークションで日本からの入札者が220万ドルで落札したのを最後に、長年オークションに登場していなかった。
また、ウィリアム・ペイリー慈善財団との遺贈契約の一環としてMoMAに長期貸与されていた作品5点が出品され、いずれも落札された。その中で最も高額だったのは、パブロ・ピカソのキュビスムの静物画《Guitare sur une table(テーブルの上のギター)》(1919)。サザビーズ・ニューヨークの事業開発担当、ブラッド・ベントフとの電話で参加した入札者が予想価格2500万ドル(約35億円)を上回る3200万ドル(約44億8000万円)で落札している。手数料込みの最終価格は3700万ドル(約51億8000万円)。なお、本作品の予想価格は「要問合せ」となっていた。
そのほかの高額落札には、ヘンリー・ムーアが1951年に制作した横たわる人物の彫刻がある。手数料込みの最終価格は2600万ドル(約36億4000万円)で、今回のオークションに出品された中では高水準だが、最低予想価格の3000万ドルには届かなかった。
さらに、アンリ・ルソー、ジョアン・ミロ、ピエール・ボナール、オーギュスト・ロダンの作品が140万~460万ドル(約2億~6億4000万円)で落札された。このグループの作品は合計で4700万ドル(約66億円)となり、サザビーズによる予想を1000万ドルほど上回っている。
入札があまり活発でなかったこともあり、オークションは夜の比較的早い時刻に終了した。オークショニアを務めたバーカーは、「おかげで、みなさんに早めの時間にご帰宅いただくことができます」というジョークで締めくくっていた。(翻訳:清水玲奈)
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