日本のアート業界には「インクルーシブな場」が必要──ペロタン東京ディレクター、アンジェラ・レイノルズ【街とアート Vol.1】

10代からスタートしたモデル業と並行して、現在はペロタン東京のディレクターを務めるアンジェラ・レイノルズ。美術のバックグラウンドがない中で異業種からアートギャラリーへと飛び込んだ彼女に、アートを通じて伝えたいことを聞いた。

モデルからアート業界へ

──アンジェラさんは、若い頃よりモデルとして活躍されていました。なぜアートの世界へ足を踏み入れたのでしょうか。

モデルとして活動した後、ジャーナリストとして、海外メディアに日本のファッションデザイナーやクリエイターについて寄稿していました。色んな方にインタビューする中で、現代アーティストがたくさん話題に上ったんです。

アーティストの名前は知っていても、自分の知識や理解が足りていないということを痛感して、とにかくとことんリサーチしました。展覧会のオープニングに足を運び、できる限りギャラリーや美術館を訪れました。それまであまり興味がなかったものでも、ちょっとした知識を得たり、作品の前で時間を過ごしたりすると、突然感動することがある。そのエネルギーの転換が素晴らしいと思って、どんどんハマっていきました。

──そして気付けば働いていた、と。

そうですね。あるとき、SCAI THE BATHHOUSEの展示を見てものすごく感動したんです。アートの仕事がしたい! と思い、「何でも良いので手伝わせてください!」とお願いして、出来ることから携わらせていただきました。私はアートのバックグラウンドがあるわけではないので、雑務からのスタートでした。

レイノルズが担当する作家エディ・マルティネズから譲られたペインティング作品。《無題(Untitled)》(2019)©2023 Eddie Martinez / ARS, New York & JASPAR, Tokyo E5188

日本人はアートと親密

──多くの人にとって、アートは敷居の高いものという印象があるように思います。ギャラリーは入りにくい、という人も多いのではないですか?

世界的に見ても、日本の方々は美術館によく足を運ぶと思いますが、ギャラリーに敷居の高さを感じている人が少なくないというのは、わたしたちのギャラリーに来てくださる方からも感じることがあります。だからこそ、ペロタン東京では入りやすいようにファサードをガラス張りにし、中が見えるようにしています。また、ギャラリーに入りにくいと感じている人にもアートへの入り口を、という思いから、2020年にはブックストアのペロタンストアもオープンしました。

私たちも、アートがもっと身近なものになってほしいと考えています。日本では、近現代の美術や伝統工芸、オタクカルチャーなどが全て併存している。どれが上ということはなく、フラットです。そうした視点からも、日本の人々は、歴史的にも美術と親密だと思うんです。

──風俗画から美術品となった浮世絵は良い例ですね。

そうですね。でも、現代美術は西洋からの流れであるためか、理解し難いもの、と捉えられている傾向があります。一方で、日本では「視覚」を通じたコミュニケーションが欧米よりも浸透している。「ポイ捨て禁止!」といった公共のサインも、ビジュアルで表現されていますよね。また、日本人の繊細な部分、例えばディテールへの感度の高さを鑑みても、キュレーションやディレクション次第では、アートを受容しやすいのではないかと感じています。

アートから生まれる議論の価値

──どうしたら、日本でアートがより身近になると考えますか?

やはり、街中にアートがある、という状況をつくることが重要だと思います。日常的にアートに触れる機会が多ければ多いほど、アートについての会話も増える。身近なパブリックアートを見て何かを感じたり、作家についてもっと知りたいと思うとか、日常の思いから少し解放されるだけでもいいんです。外を歩きながら、そうしたことが自然と起こってくるといつもの生活がより楽しく豊かになっていくと思います。

例えば東京にあるパブリックアートで特に私が好きなのは、六本木ヒルズにあるルイーズ・ブルジョワの蜘蛛の彫刻《ママン》、そして霞ヶ関にあるレアンドロ・エルリッヒの《クラウド》。どちらも幅広い層に響く作品で、私にとっては瞬間的に左脳から解放してくれるものです。

──パブリックアートといえば、例えばアメリカ・ワシントンDCに新たに設置された、ハンク・ウィリス・トーマスによるキング牧師夫妻の彫刻が「卑猥」だとして、SNSで炎上しました。でも、「好き/嫌い」「いい/悪い」にかかわらず、アートをめぐって対話が生まれることが重要だと感じます。

そういうチャレンジを見る人に投げかけることが、ある種、コンテンポラリーアートの役割でもあります。そこで議論が生まれ、歴史に残る作品になる。それは、直接的にではないかもしれませんが、社会を良い方向に持っていくという責任感が伴う行動だと思うんです。アートを見て、自分が何を感じ、それに対してどう思うのかを発見できることは、とても素敵なことです。欧米では、公共建築物を建設する際、その予算の1%をアートに充てる「1% for Art」と呼ばれる動きが盛んです。それが行政の責任になりつつあるんです。

オープニングではギャラリストとしてVIP(フォーシーズンズホテル丸の内の総料理長ダニエル・カルバート)に説明。グレースーツの後姿はアーティストのダニエル・アーシャム。Photo: Fabian Parkes/ Production: Ornorm Studio

──日本では、百貨店がアート体験のチャネルの1つを担って来ました。アンジェラさんから見て、アートに触れたり購入する場として、百貨店が一定の役割を果たしていると思いますか?

そう思います。百貨店にはそれぞれのテイストがあり、アイデンティティがあります。そんな百貨店がキュレーションするアートも各社のアイデンティティをうまく体現していると面白い。百貨店はファミリーで行くことも多い場所なので、ただ販売する場というよりも、大人と子どもがともに楽しめるインクルーシブなアートスペースになればすごくいいと思います。

また、情報が生活のあらゆる場面に氾濫している時代ですが、そこから自分は何を選べばいいのか、選びたいのか、ということを百貨店という生活に寄り添った空間で考える機会を提供してくれるのはいいことです。百貨店が、アートをキュレーションしてくれる場として機能することは、とても有意義だと思います。

──キュレーションの力が重要、ということですね。

キュレーションのスタイルは、アートセンターそれぞれに異なります。そしてオーディエンスは、様々な展示を見ていくうちに、自分が惹かれるキュレーションのスタイルを自然と感じ取っていきます。私がかつて、いろんなギャラリーのオープニングに通い詰めて見えてきたものは、まさにキュレーションの力なんです。見続けることによって、ギャラリーや美術館のアプローチや哲学が見えてきます。答えは1つではありませんから。

担当する作家バリー・マッギーと共に夜遅くまで作業。Photo: Sean Lam

全ての人にアートを開く

──アートは1点ものですし、ファッションも「エクスクルーシブ」な価値を提供することで、欲望を喚起してきた背景があります。

そうした特別さを演出することは、アートやプロダクトを「販売」することにおいて有効です。ですが、人間がつくったアートを楽しむ場、という意味では、全ての人に開かれた施設であるべきですし、子どもからお年寄りまで、どんな世代に対しても、優しくオープンな存在であって欲しいと思います。

例えば、東急グループのBunkamuraは、鉄道というインフラで地域生活者を支えてきた企業がつくったカルチャースペース。私の生活圏でもあり、とてもインクルーシブな存在なので、今後、渋谷の再開発でアートへの取り組みをどう更新していくか注目です。

──人間的であることが重要ということですね。

わたしが今まで胸を揺さぶられ、大きく感化された作品は、やはり人の心が感じられるものであるように思います。

だから、「ハート」は欠かせない。ギャラリストとして作家や作品を紹介する時は、アカデミックなバックグラウンドを語る必要もありますが、それ以上に、この人の魂はどこなのか? ということにもっとも重点を置いています。

例えば、その作品に含まれる歴史的な言及について話し始めるよりも、作家にとって生き方であるサーフィンの哲学から話した方が伝わることもある。様々なツールを通じてその作家の心を伝えることが、私の仕事だと認識しています。展覧会次第ではありますが、日本では特に、あまり複雑にしすぎず入り口を作ることが大事であると今は考えています。

私自身、アートに出合って人生が変わりました。だからこそ、作家のソウルフルな部分を伝えることが、私の存在意義ではないかと思っているんです。

アンジェラ・レイノルズ(Angela Reynolds)
14歳からモデルとしてキャリアをスタート。ランウェイ、雑誌、CMなどで活躍した後、1999年に自身のルーツでもあるロンドンにベースを移す。2006年に帰国後、ジャーナリストとして活動。現在はモデルと並行してペロタン東京のギャラリーディレクターとして、多くの展覧会に携わる。エディ・マルティネズ、バリー・マッギー、マーク・ライデンの3名を担当。プライベートではヨガやサーフィンをたしなむ。

Text: Mitsuhiro Ebihara Photos: Koki Takezawa Hair&Makeup: Mikako Kikuchi (TRON) Editor: Maya Nago

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