アート業界初の年俸リポート! トップは5700万円の米ギャラリー営業職
ロンドン、ニューヨーク、ロサンゼルスに拠点を置くアート業界専門の人材紹介会社、ソフィー・マクファーソン・リミテッドが、イギリスとアメリカのアートギャラリーやオークションハウスの給与水準を集計した初の業界リポートをまとめた。
アート業界専門の人材紹介会社が英米の給与事情リポートを発表
ソフィー・マクファーソン・リミテッド(以下、SML)は、「アート業界の給与、昇進、採用には不透明な部分が多い」との見方を示したうえで、2022年1月から12月までの1年間に同社が交渉を行った採用案件の給与条件や、求人の過程で同社に提示された予算額を集計したリポートを発表。同リポートによると、データを補完するものとして、「1万5000人を超える求職者のデータベースと、対象地域を拡げているSMLのネットワークを活用し、主な専門分野で就職(転職)活動中の個人を対象としたアンケート」も行われた。ちなみに、リポートはSMLのウェブサイトから閲覧できる(ただしメールアドレス等の登録が必要)。
SMLのマネージング・ディレクター、ロージー・アランはメール取材にこう答えた。
「リポートで主に使用したのは、雇用側の予算と求職者の希望する条件をマッチングするための当社独自のデータベースです。データ規模は比較的小さいですが、アメリカとイギリス両国における給与の実態を浮き彫りにすることができました。私たちは人材紹介会社として、給与・報酬に関する豊富な知見があります。すでに当社を利用しているクライアントだけではなく、潜在的なクライアントから業界内外の求職者まで、幅広く役立ててもらえると思います」
リポートでは、以下9つのカテゴリーにおける職位ごとの年俸レベルが、基本給ベースで示されている(ギャラリーのセールスディレクター、オークションハウスのスペシャリスト、アートアドバイザー、アートフェアのディレクターに支給される一定割合のコミッションやボーナス、その他の手当は含まれていない)。
1. オークションハウス:ビジネス関連職
2. オークションハウス:スペシャリスト
3. コマーシャルギャラリー:営業職
4. コマーシャルギャラリー:非営業職
5. アートアドバイザリー
6. アートフェア
7. アーティストスタジオ
8. 広報エージェンシー
9. 従来にないアート関連業種およびアートテクノロジー
ここ数カ月の為替市場では英ポンドが強さを取り戻しているものの、上級職でも下級職でも、年俸の最高水準はアメリカがイギリスを上回っている。
年俸5000万円を超えるギャラリーの営業部門トップ
リポート中のデータによると、アート市場全体で最も高収入なのはコマーシャルギャラリーのシニアセールスディレクターとパートナーだ。シニアセールスディレクターの年俸は、アメリカでは22万5000〜42万5000ドル(約3000万〜5700万円)、イギリスでは21万3000〜25万ポンド(約3600万〜4200万円)。また、アメリカではギャラリーのパートナーの年俸は40万ドル(約5400万円)を超えるケースもあるが、イギリスのデータは示されていない。
興味深いのは、「コミッションとボーナスの仕組み」セクションの2つのケーススタディで、英米の中堅ギャラリーに勤務するセールスディレクターの比較が行われていることだ。それによると、ロンドンのギャラリーのセールスディレクターは、基本給10万ポンド(約1700万円)、年間売上目標500万ポンド(約8400万円)。対して、ロサンゼルスでは基本給が16万ドル(約2100万円)、売上目標が500万ドル(約6700万円)で、初年度ボーナスとして最低4万ドル(約540万円)が保証されている。
コミッションによる報酬は、どちらも「ギャラリーが取り扱うアーティストの作品をプライマリーマーケット(*1)で販売して得られた純利益」の5%。一方、ギャラリーから委託されたセカンダリーマーケット(*2)作品の販売については、ロンドンは10%、ロサンゼルスでは5%となっている。
*1 プライマリーマーケットとは、作品が最初に世に出る市場。通常はアートギャラリーや百貨店、アートフェアなどで作家が作品を発表し、売買される。
*2 セカンダリーマーケットとは、プライマリーマーケットで顧客が購入し、所有していた作品を、オークションなどで再販(転売)する市場。
非営業職では、10種類を超える職位での給与水準が掲載されている。その中で最も高いのは、英米ともにコミュニケーションディレクターとファイナンスディレクターだ。また、アーティストリエゾンやエキシビションディレクターの年俸は、イギリスよりアメリカのほうが高い傾向にあり、それぞれ4万〜8万5000ポンド(約670万〜1400万円)、10万3000〜21万3000ドル(約1400万〜2900万円)となっている。
反対に、給与水準が最も低いのはギャラリーアシスタント(一般にギャラリーの受付に座っているスタッフ)で、その年俸はイギリスで2万3000~3万ポンド(約380万~500万円)、アメリカでは4万~7万ドル(約540万〜940万円)。これより少しだけ給与水準が高いのが、営業職で最もランクが低いセールスアシスタントで、イギリスでは2万8000〜4万ポンド(約470万〜670万円)、アメリカでは4万3000〜7万ドル(約580万〜940万円)だった。
年俸の傾向が職種で大きく異なるオークションハウス
一方、オークションハウスのビジネス関連職の給与水準を見ると、アメリカとイギリスでほとんど変わらない。たとえば、ビジネスディレクターはイギリスで5万〜13万ポンド(約840万〜2200万円)、アメリカでは9万〜18万ドル(約600万〜2400万円)。エグゼクティブアシスタントでは、イギリスの4万5000〜6万ポンド(約750万〜1000万円)が、アメリカの4万8000〜7万ドル(約640万〜940万円)をやや上回っている。
しかし、オークションハウスのスペシャリスト職では大きな格差がある。アメリカのシニアバイスプレジデント(レポート中の最高職位)の年俸は、少なくとも35万ドル(約4700万円)であるのに対し、イギリスのシニアディレクター(米のシニアバイスプレジデントと同等レベル)は最低13万ポンド(約2200万円)だった。
SMLのロージー・アランは、リポートが示す結果について「ほとんどの役職で給与水準は予想通り」とし、こう説明した。「レポートの発表以来、オークションハウスのビジネス関連職でイギリスとアメリカの年俸水準がほぼ同等であるという事実に、特に大きな関心が寄せられているようです。その背景として考えられるのは、当社が顧客としているオークションハウスの多くが国際的な企業であることでしょう」
アランはまた、同じような職種・職位で英米に差があることを額面通りに受け取れない可能性についても指摘した。「数字上の差が大きいことについては、アメリカとイギリスでは職種の転換や給与調整のタイミングが異なることを差し引いて考える必要があります。それに加え、アメリカでは肩書き上の昇進が頻繁に行われるのに対して、イギリスでは同じ職位・職種に長くとどまる傾向があり、肩書きが上がらなくても年功序列や権限に応じて給与が上昇することがあるのです」
リポートでは簡単に触れられているだけだが、予想外の動きとしてアランは、「ニューヨーク以外のアメリカの都市における採用人数の増加」を挙げた。200%もの増加は、「主にロサンゼルスに集中している」というが、実際、第3回フリーズ・ロサンゼルスの開催に先立つ2022年初頭から、数多くのギャラリーがロサンゼルスへの進出計画を発表していた。
透明性の改善が求められるアート界の報酬体系
SMLは今後、アート業界の給与に関する新しいレポートを2年ごとに発表する予定で、将来のレポートには、同社の成長に沿ってアメリカとイギリス以外の地域も集計に含めたい意向を示した。特に、国際的なアートフェアを開催しているソウル、台北、シンガポールを中心とするアジアは、「ギャラリーやコンサルティング会社が活動の幅を広げ、新たなビジネスチャンスを獲得しようとする」中で、大きな関心を集めている。また、ブレグジット後のヨーロッパ大陸諸国も同様だ。
アート界の給与の透明性をめぐっては、2019年に「Art/Museum Salary Transparency 2019(アート業界・美術館の給与の透明性、2019)」というGoogleスプレッドシートがオンラインで拡散したことで、ようやく表だった議論が行われるようになっている。このスプレッドシートのデータの多くは自己申告で、主に非営利組織おける給与を示すものだったが(SMLのレポートはアート市場の営利企業が主な対象)、アート業界の給与について活発な情報交換が行われるきっかけになったとして注目された。
SMLも、今回のリポートをまとめた理由の1つとして、求人広告に給与水準を記載することを義務付ける法令がニューヨーク市で昨年施行されたことを挙げている。アランは、こうした一連の流れについて次のように語った。
「給与面の透明性が注目される中、雇用や人材育成という重要な問題に関する有益な情報と、20年にわたる当社の専門知識をみなさんと共有したいと考え、そのための理想的な方法としてこのリポートを発表することを決めました」(翻訳:清水玲奈)
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