NFTアート市場、最後の輝き? 経営破綻した暗号資産ファンドの所有作品がオークションで合計15億円に
暗号資産市場の不振とともに、一時期の熱狂的なNFTブームはすっかり影を潜めている。そんな中、サザビーズで行われたNFTアートのオークションの表と裏を取材した。
若い世代が集まったオークションで活発な入札
2021年8月、世界最大級と言われた暗号資産(仮想通貨)ヘッジファンド、スリー・アローズ・キャピタル(以下、3AC)の創業者が、当時大人気だったドミトリ・チェルニアックのデジタルアートNFTを580万ドル(約8億円/現在のレートで換算、以下同)で購入。それをプリントアウトしたものが、ビリヤード台が鎮座するシンガポール・オフィスのコーヒーメーカー横の棚に無造作に置かれていたという。
その後、3ACの経営はアートの取り扱い同様に雑であったことが発覚し、2022年7月に米連邦破産法15条の適用を申請すると、創業者のカイル・デーヴィスとスー・チューはアメリカからの送還要請の効力が及ばないバリ島に逃亡した。約35億ドル(約4900億円)に上る負債額削減のため、精算人となったコンサルティング会社のTeneoが現在、NFTアートを含む全資産の売却を図っているところだ。
こうして6月15日の夜、サザビーズの「グレイルズ(Grails)」セール第2部で3ACの所有作品に特化したオークションが行われ、約40点のデジタルアート作品が出品された。その結果、手数料を含めた売り上げは1100万ドル弱(約15億円)と、最高予想落札額の合計480万ドル(6億7000万円)の2倍以上に達した。
オークションの目玉は、カナダ人アーティスト、ドミトリ・チェルニアックの有名なジェネラティブアート《Ringers #879 (The Goose)》。かつてのようなオフィスの片隅ではなく、オークション会場の壁に堂々と掲示されたこの作品に描かれた鳥のような形は、アルゴリズムのランダムな論理に反するようにも思える。10分近い活発な入札の末、620万ドル(約8億7000万円)でこの作品を落札したのは、6529 NFTファンドだった。同ファンドのオーナーは、@punk6529というツイッターアカウントで知られる匿名のコレクターで、高額なNFTアート作品を頻繁に購入している。
会場には、オークション初参加という20代〜30代の若い層が多く現れ、数千ドルから十万ドル(十数万から数千万円)の出品作品に番号札を上げていたという。話を聞いた2人のサザビーズ社員によると、今まで見た中で最も若い参加者で、例えばリネンのジャケットにベージュのビルケンシュトックのサンダルを履いた参加者は、チェーティル・ゴリッドの《Archetype #46》を3万480ドル(約427万円)で落札。だが、「注目されたくない」としてコメントを避けた。
入札者が集まるかどうかを注視していたアートディーラーたちは、満足した様子でオークション会場を後にした。ペースギャラリーのWeb3部門、Pace Verso(ペース・ヴァーソ)の責任者を務めるアリエル・ヒューズは、「会場では加速度的な盛り上がりが見られ、若い世代に支えられたマーケットであることが感じられた」とコメントした。
この1年で様変わりしたNFTアート市場
サザビーズがNFTの大規模オークションを開催したのは1年数カ月ぶりのことだ。前回はクリプトパンクス(CryptoPunks)のオークションで、3000万ドル(約42億円)の売り上げが見込まれていた。しかし、開始が遅れたうえに突然中止が告げられ、混乱と怒りの中でオークション前のパーティがお開きになっている。しかし、今年1月にツイッターを買収したイーロン・マスクが、同社オフィスの家具などを出品した前代未聞のオークションにはコレクターが群れをなして集まった。これでクリプトパンクスの悲惨な記憶は相殺されたようだ。
3AC所有作品のオークションでは、ノスタルジーが売り上げを押し上げたようだ。コレクターたちは、暗号資産市場が3兆ドル(約420兆円)規模を誇った時代を物語る思い出の品を求めたのだ。その後、経済の逆風や、政府の規制強化、組織犯罪との関連が明るみに出たことなどで、市場は3分の1近くにまで縮小。オークションのサブタイトルである「Property from an Iconic Digital Art Collection(象徴的なデジタルアートコレクションの資産)」も、暗号資産を襲った不幸に対する皮肉に思えてくる。このコレクションが「象徴的」なのは、重要作品が出品されたからなのか、それとも、その背景にある企業破産というスキャンダルのせいなのか。
サザビーズのデジタルアート・NFTの責任者であるマイケル・ブハナは、作品の質こそが今回のオークションに注目が集まった理由だと主張。「これらの作品を購入するチャンスはとても貴重です」と語ったが、同時に「その出所も影響している」と認めた。
今回出品されたのは、一世を風靡したのちに無責任な破産劇を引き起こした3ACの所有物だった。それが熱心な暗号資産愛好家を惹きつけ、クリプトパンクスやタイラー・ホッブス、エリック・カルデロン、ジェフ・デイヴィスといったアーティストのジェネラティブアート作品を、ウォレットに残った暗号通貨を使い果たしてでも手に入れたいと思わせたのは間違いない。ブハナによると、オークション開始前の事前入札は数百件にも上り、ほぼすべてのロットが予想落札価格帯の中に収まるか、それを上回ったという。
好結果が出るような演出が行われた?
オークション開催日はアート・バーゼルの会期中で、著名コレクターの多くはスイスのバーゼルでアペリティフを楽しんでいた。そのため、このセールはマーケットが静まっているところを狙って開かれ、予想を超える結果を出すように演出されたのではないか、という憶測も飛び交っていた。
エミュレーション技術を使って入札システムの要素を調べたところ、サザビーズのウェブサイトでは、入札が始まる前にオークションの最重要ロット《Ringers $879 (The Goose)》に270万ドルの入札額が掲示されていたという情報が得られた。作品の最高予想落札価格をほんの数十万ドルほど下回るこの数字は、マーケットの真の需要を示すというより、オークションの成功を最初から保証していたようなものだ。この情報をUS版ARTnews に提供したのは、オークションの内部事情に詳しいある人物で、匿名での取材協力となった。しかし、サザビーズの広報担当者は、この数字に特別な意味はないと述べている。
ブハナは、「オークション会場に人が少ないことが懸念材料だとは思いません」と話していた。「オンラインでの参加者もいますし、会場には入札登録者が20人いて、見学者も多くオンライン参加するでしょうから、オークションの成功には影響しません」
実際、オークション会場では活発な入札が行われた。これは、電話で入札を行うコレクターが多い春の大規模な近現代アートオークションとは明らかに様子が異なる。たとえば、ジェネラティブアーティスト、タイラー・ホッブスの《Fidenza #216》を約61万ドル(約8500万円)で落札したのは、テキサス州からニューヨークのサザビーズまで足を運んだカップルだ。
サザビーズの広報担当者によると、アーティストは収益の中からロイヤリティ(*1)を受け取ることになる。オークション会場を訪れたアーティストも何人かいたが、チェルニアックもその1人だった。彼は後方の席に座り、《Ringers $879(The Goose)》が数百万ドルの値をつけて落札されるのを眺めていた。2021年に3ACがこの作品を購入したのがチェルニアックの転機となり、生計を立てるためにしていた別の仕事をやめ、各地の美術館館長と話をするようにもなった。
*1 NFTの二次流通の際、販売価格の一部が制作者にロイヤリティ(手数料)として還元される。
しかしチェルニアックは、自分が制作しているジェネラティブアートとあまり関係のないクリプトパンクスなどと一緒にオークションに出品されたことについては、むしろ釈然としない様子だった。「十把一絡げのようなプロジェクトには批判的。《The Goose》がもう二度と転売されずにただ楽しんでもらったり、美術館に寄贈されるのが自分の理想です」
しかし、作品は清算人企業のウォレットを経て、結局に競売にかけられた。チェルニアックいわく、「それが社会の仕組みであり、現実なのです」(翻訳:清水玲奈)
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