パレスチナ支持者はなぜMoMAに抗議するのか。大物パトロンとの関係など、その背景を解説
世界ユダヤ人会議に伴うディナーが開かれたニューヨーク近代美術館(MoMA)の前で、親パレスチナ派が抗議を行った。今回のデモで問題視されたのは、MoMAとそのパトロン、ロナルド・S・ローダーとの関係だ。化粧品大手エスティ ローダーの創業者を母に持つロナルドは、ニューヨークの著名美術館に多額の援助や寄贈をしている。
MoMAに名誉理事長との関係を断つよう求める抗議行動
11月12日夜、親パレスチナ派のデモ隊が、ニューヨーク近代美術館(MoMA)前で抗議行動を行った。MoMAではこの日、世界ユダヤ人会議の年次総会に伴うディナーパーティ開催が予定されていた。世界各国のユダヤ人コミュニティで構成され、大きな影響力を持つこの組織で代表を務めるのが、MoMAの名誉理事長でもあるロナルド・S・ローダーだ。
世界ユダヤ人会議はこれまで、イスラエル支持の声明を繰り返し発表し、反シオニズム(*1)は形を変えた反ユダヤ主義(*2)だと主張してきた。また、2022年に国連に提出した報告書の中で、「イスラエルが人種差別国家だという印象を与えるのは誤り」と非難し、イスラエルがパレスチナにアパルトヘイト国家を築いたと示唆するのは「不当」だとしている。
*1 ユダヤ人国家をパレスチナに再建する運動や現在のイスラエル建国の理念に反対する立場。
*2 ユダヤ人を蔑視する思想。19世紀後半からのユダヤ人排斥や虐殺につながった。
ローダーも個人として世界ユダヤ人会議の見解を反映した発言を続けており、10月にはX(旧ツイッター)でこうコメントした。
「世界中のユダヤ人社会の安全が脅かされている。反シオニズムのように見せかけた反ユダヤ主義の台頭は、全てのユダヤ人にとって直接的な脅威だ」
ローダーは、ネタニヤフ首相が党首を務めるイスラエルの強硬右派政党、リクードと緊密な関係にあり、シリアへのイスラエル側特使を務めたこともある。2019年には、ゴラン高原におけるイスラエルの主権を認めるべきだと表明したトランプ大統領(当時)に感謝の意を示したが、イスラム少数派の一派であるドゥルーズ派住民が暮らすゴラン高原は、国際法上はシリア領とされている。
2021年にMoMAの館内で行われたデモでも、パレスチナ支援団体「Within Our Lifetime(我われが生きているうちに)」の活動家がローダーを名指しで非難。ローダーは同年、世界的な反ユダヤ主義に対抗するため、「強力な広報・情報部門を創設」するよう、イスラエル外務省に強く働きかけていた。
戦争や環境破壊から利益を得る「慈善家」を問題視
12日のデモは、ガザ戦争に反対する作家たちの団体「Writers Against the War on Gaza」(WAWOG)」によって事前に告知され、午後5時にMoMAに集合するよう呼びかけられた。ニューヨーク市警は混乱に備え、午後4時30分には歩道にバリケードを設置。ローダーの名前を冠した建物のドアが開く午後6時頃、西53丁目の歩道に集まったデモ参加者には、ケフィエ(*3)を着用した姿も多く見られた。
*3 ケフィエ(keffiehまたはkafiyyeh)は、中東各地で着用されている伝統的なスカーフ。近年では、パレスチナの民族的アイデンティティや抵抗を象徴するものとして捉えられることが多い。
太鼓や笛、ビラを手にしたおよそ50人の活動家、アーティスト、文化関係者の中には、MoMAの元職員も含まれ、ローダーを「ロナルド・スローター(虐殺者)」と揶揄するビラもあった。そんな中、「MoMAの理事会はジェノサイドやアパルトヘイト、入植者の植民地主義に資金を提供している」と大きく書かれた垂れ幕の端を握りしめた1人はこう叫んだ。
「大量虐殺を否定する世界ユダヤ人会議が今日、MoMAの施設を使用することに抗議する!」
WAWOGはSNSへの投稿やデモの配布資料で、2021年の抗議活動「Strike MoMA(打倒MoMa)」キャンペーンについて触れている。これは、MoMAが(レオン・ブラック前理事長を中心とする)パトロンに依存していることを糾弾するデモ活動で、10週にわたって行われた。活動家たちが問題視したのは、MoMAのパトロンが戦争や環境破壊に関わる事業から利益を得ている点だった。2021年の続編とも言える今回のデモでも、活動家たちはMoMAの幹部に対し、イスラエルとの経済的・文化的なつながりを断つよう要求している。
今回、その矛先が向けられたのがロナルド・ローダーだ。化粧品大手、エスティ ローダーの創業一族で、US版ARTnewsが選ぶTOP 200 COLLECTORSの常連でもあるローダーは、2005年に6500万ドル(約100億円)をMoMAに寄付している。また、メトロポリタン美術館への美術品寄贈や、その向かいにあるノイエ・ギャラリーの創設など、アート関連の慈善活動は多岐にわたり、ニューヨークの美術館界に大きな影響力を持つ人物として知られている。
MoMAでは過去に、パレスチナ支援を訴えて数百人が美術館に押し寄せたこともある。こうした活動と比較すると、12日のデモ参加者は人数こそ少なかったが、抗議の声は大きく、切迫感が感じられた。約1カ月前にはガザ戦争が始まって1年目の節目を迎え、1週間前にはドナルド・トランプがアメリカ大統領選で二度目の勝利を収めたという背景があるからだろう。
活動家の拘束で一瞬緊張が高まったMoMAの入口
2023年10月7日のハマスによる大規模攻撃以来、ガザ地区に対するイスラエルの空爆や地上攻撃でのパレスチナ人犠牲者は4万人を超え、その半数以上が子どもと女性であることが明らかになっている。9月には、イスラエルがヒズボラや親イラン勢力を標的にした攻撃をシリアやレバノンに拡大。レバノンでは各地で壊滅的な被害を受け、世界遺産も危機に晒された。
MoMA前にバリケードが並ぶ中、次々とディナーにやってくるタキシード姿のゲストに向かって、抗議者たちは「恥を知れ」と叫んでいた。この日のイベント、「2024年テオドール・ヘルツル賞記念ディナー」は、今日のシオニズムの概念を理論化したハンガリー生まれのユダヤ人作家、テオドール・ヘルツルにちなんで名付けられている。
今年の受賞者は、外交官として各国のアメリカ大使を歴任したジョン・ハンツマンと、グラフィックデザイナーのタル・フーバー。ハンツマンは、ペンシルベニア大学がパレスチナ文学祭を主催したのを受け、ローダーとともに同大学への資金援助を停止すると発表したことで知られる。一方のフーバーは、昨年10月7日のハマスによる襲撃で多数のイスラエル人が連れ去られた後、世界中に広まったゲリラアートプロジェクト、「Kidnapped from Israel(イスラエルからの誘拐)」のポスター制作に携わった。
ゲストの中には、金属製のゲートに押し寄せた抗議者たちの群れの前を進まず、背を向けて引き返す人や、議論を仕掛けたが未遂に終わった人もいた。しかし、目についたのは、ゲストが抗議者を、あるいは抗議者がゲストを撮影する姿だった。警察官はデモ参加者とほぼ同じ人数が配備され、バリケードが増えるにつれ活動家との距離が狭まっていった。
そうこうするうち、MoMAは今にも暴発しそうな張り詰めた空気に包まれた。WAWOGの広報担当者サラ・ニコール・プリケットがニューヨーク市警の警官に手錠をかけられ、覆面パトカーの車内に押し込められると、抗議者たちが駆け寄り、何が不法行為だったのかと問いただす。一瞬、緊迫した空気が流れ、数人がパトカーの進路を塞いだが、逮捕されるのを避けるためすぐにその場を離れていた。その後、罪状は信号無視での横断(10月現在ニューヨーク市では犯罪ではない)だという話も、警察の嫌がらせだという主張も聞かれた。逮捕現場に居合わせた警察官に聞いてみたが、答えは「わからない」だった。
US版ARTnewsはMoMA、ニューヨーク市警、ローダーにコメントを求めたが、記事執筆時点で回答は得られていない。
「アートは権力者の視点に異議を唱える手段」
MoMAをはじめとしたニューヨークの美術館関係者は、ガザ戦争で増加した抗議活動への対応に苦慮しており、中には抗議を完全にシャットアウトするケースもあった。MoMAは今年3月、ケフィアを身につけていた来館者が警備員に入場を断られたことで炎上し、ケフィアを禁止する方針はないと謝罪。また、クイーンズ地区にあるイサム・ノグチ美術館では、新たに「政治的な服装」を禁止する内部規定を導入し、ケフィアを身につけて出勤した従業員を解雇したことで非難を浴びている。
環境活動家のグループ「Planet Over Profit(利益よりも地球を)」の中心メンバーで、WAWOGと協力しているリヴ・センゴールは、12日の抗議活動の現場でUS版ARTnewsの取材に応じ、次のように答えている。
「文化施設に資金を提供する大富豪たちが、その施設の運営方針や支援すべきアーティスト、さらには価値がないと見なす作品について、発言権を持たないと考えるのは甘いと言わざるを得ません」
12日にデモ参加者が配布した資料の一部には、2021年の「Strike MoMA」キャンペーンの書簡から次の一節が引用されていた。
「こうした複雑なしがらみがあるのだとすれば、我われは美術館(MoMA)の実態を見極めなければならない。美術館は、億万長者たちの多目的経済資産であるだけでなく、大がかりなイデオロギーの戦いの場でもある。そして裕福な彼らは、自らの評判を『磨き上げる』ためにそれを利用しているのだ」
今回の抗議活動ではローダーが標的にされたが、活動家たちは、美術館でも、生活の中でも、権力のヒエラルキーは一人の人間だけによって維持されることはなく、その解体にも多くの時間と、アーティストを含む人の力が必要であると強調していた。センゴールとともに活動の戦略策定を担当する務めるエレン・カン・リエリはこう言った。
「アートは権力者の視点に異議を唱える手段になり得ます。この戦いに勝つためにはアートが必要で、美術館に対して異議を唱え続ける必要があります。MoMAやホイットニー美術館、メトロポリタン美術館、ブルックリン美術館といった著名な施設の外側にあるアートを支援しなければなりません」
彼は人々でごった返す歩道に目をやり、こう付け加えた。
「そして、抗議を行う人々を支える必要もあります」
(翻訳:清水玲奈)
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