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  • 2023.09.15

活況を呈した2023年アーモリーショーのベストブース10。有色人種、移民、少数民族など、過小評価されてきたアーティストたちに光

9月のニューヨークで見るべきアートイベントは数多くあるが、とりわけ注目を集めた大型イベントといえば、今年もジャヴィッツ・センターで開催された大規模なアートフェアアーモリーショーだ。2021年、初めて会場をジャヴィッツ・センターに移したときには新型コロナウイルスの世界的流行がもたらす不安感が支配していたが、今ではムードは一転して明るくなり、展示されたアート作品も活気に満ちていた。

2023年のアーモリーショーの会場。Photo: Alex Greenberger for ARTNEWS

2021年、初めて会場をジャヴィッツ・センターに移したときには新型コロナウイルスの世界的流行がもたらす不安感が支配していたが、今年のアーモリーショーのムードは一転、展示されたアート作品も活気に満ちていた。

出展ギャラリーは230近くにもおよび、それぞれ、今一番見せたい絵画や彫刻を展示した。アーモリーショーはマーケットイベントであるため、その第一の目的はアート鑑賞ではなく作品を売ること。しかし、2023年の展示はうれしいことに例年よりも野心的な傾向が強く、注目されるべきなのに過小評価されているアーティストの知られざる名作や、じっくりと鑑賞するに値する難解だが優れたコンセプチュアル・アートも少なくなかった。

ハイライトは、キュレーターのキャンディス・ホプキンスによる一人の個展または二人展のブースを集めたセクション「フォーカス」だった。このセクションの多くのギャラリーは、世界の先住民族のアーティストにスポットを当てていて、その中には、ニューヨーク州のバード・カレッジで開催中のホプキンスの展覧会「Indian Theater」に参加しているアーティストも含まれていた。また、新進ギャラリーを特集している「プレゼンツ」セクションにも、力強い作品が集まった。

というわけで、2023年アーモリー・ショーの数あるブースの中でも特に見応えのあった10のブースを紹介する。(作家名/ギャラリー名、または、複数のアーティストの出展の場合はギャラリー名)

1.ソニア・ボイス/アパラッツォ(Apalazzo)

アパラッツォのブースに展示された、ソニア・ボイス作品。 Photo : Alex Greenberger for ARTnews

2022年のヴェネチア・ビエンナーレで金獅子賞を受賞し、今週ハウザー&ワースへの所属を発表したばかりのソニア・ボイスは、絶好調のアーティスト。イタリアでボイスを扱っているギャラリー、アパラッツォのブースでの展示も大盛況だった。今回、ボイスは「髪」をテーマにした作品3点を発表。ボイスは1980年代のイギリス・ブラック・アーツ・ムーブメントの中心人物であり、個人のアイデンティティを決定付けるものとして「髪」を扱っている。

ブースの中心は、ボイスが1997年にマンチェスターのアートスペース、ホームで初めて上演した作品《The Audition》。この作品でボイスは、参加者にアフロのカツラをかぶってもらい、かぶった状態とかぶらない状態で写真を撮った。参加者の多くは白人であり、その2枚の写真はときにまるで別人のように違って見える。そこが、ボイスのコンセプトの一筋縄ではいかない点であり、真に黒人の表現とみなされるべきものは何かという難しい問いを投げかけている。ブースで同時に展示されているビデオ作品《Exquisite Tension》(2005)にも、同じ問題意識が貫かれている。

2. キャシー・ルー/ミッキー・メン(Micki Meng)

キャシー・ルー《Peripheral Visions》(2022) Photo : Alex Greenberger for ARTnews

会場全体で最も視覚的なインパクトが強かったといえそうなのが、キャシー・ルーのインスタレーション《Peripheral Visions》(2022)だ。これは2022年、サンフランシスコのチャイニーズ・カルチャー・センターで展示した作品を拡大した作品。青い壁を背景にし、タマネギの皮で黄色く染まった水流を噴き出す陶器の目が特徴で、ルーによるとこの水流は 「黄色い涙」だという。それぞれの目は、アーティストのルース・アサワ、元フィギュアスケート選手のミシェル・クワン、作家のキャシー・パーク・ホンら、アジア系アメリカ人の有名人をモデルにしている。

ルーのインスタレーションは、アジア系アメリカ人に対する暴力が増加している状況の中で感じた悲しみを表現した作品だと安易に解釈してしまうかもしれないが、実際にはもっと複雑な作品だ。バケツやボウルは、どれもルーの祖母が使っていた台所用品がもとになっていて、その中に注ぎ込まれる水が立てる心地よい音は、混沌とした世界に安らぎを与えてくれる。

3. アーリーン・コレア・バレンシアとステファニー・シジュコ/キャサリン・クラーク・ギャラリー(Catherine Clark Gallery)

キャサリン・クラーク・ギャラリーのブースで、アーリーン・コレア・バレンシアとステファニー・シジュコの作品の展示風景。 Photo : Alex Greenberger for ARTnews

キャサリン・クラーク・ギャラリー(サンフランシスコ)は、アメリカでの移民としての体験に伴う苦痛や喪失感を鋭く表現した2人のアーティスト、アーリーン・コレア・バレンシアとステファニー・シジュコの作品を展示した。喪失感は、単に肉体的なものだけでなく心理的なものでもあるとアーティストたちは示唆している。メキシコ生まれで現在はカリフォルニア州ナパ・バレーを拠点に活動するアーリーン・コレア・バレンシアは、出稼ぎ農業従事者の労働風景を通して、このテーマに切り込んでいる。葉が空白で残された木の後ろに描かれた1人は農場の風景に溶け込み、その顔は木の後ろに消えていく。残るのは着ているオレンジ色のベストだけで、そのファスナーがキャンバスからぶら下がっている。

一方、マニラ生まれのアーティスト、ステファニー・シジュコの作品は、フィリピンにフォーカスを当てる。複数の写真は、19世紀にフィリピンの植民地化に貢献したアメリカ人、ディーン・コナント・ウースターが犯した過ちを示すように修正された公文書を撮影したもの。シジュコはこれらの写真とともに、黒い薄布にプリントされた半透明のアメリカ国旗を並置してみせる。アメリカの誇りの象徴である星条旗は、透けて見えるほどに薄くなっている。

4. ジオ・ポモドーロとジョアン・ウィテク/セッチ・ギャラリー(Secci Gallery)

セッチ・ギャラリーのブースで、ジオ・ポモドーロとジョアン・ウィテクの作品の展示風景。 Photo : Alex Greenberger for ARTnews

セッチ・ギャラリーの大きなブースの目玉は巨大な黒い立方体であり、その側面は内側にへこんでいる。光沢感のある素材で作られたミステリアスな物体は、まるで宇宙人の文明の産物のようにも見えるが、実際にはもちろんこれもアート作品で、イタリアの前衛アーティスト、ジオ・ポモドーロの60年代の彫刻。同じブースでは、ほかにもポモドーロによる金属板をジグザグに折り曲げたような形のブロンズ彫刻が出展されていた。

ポモドーロの彫刻のそばには、あまり知られていないアメリカの画家、ジョアン・ウィテクの魅惑的な作品が紹介されていた。絵画の多くには黒いカプセルのような粒がずらりと並んで描かれていて、くっきりと描かれている粒と、揺れたりぼやけたりするように描かれている粒がある。注目すべきは、これらの黒い粒に添えて描かれているくっきりした直線だ。よく見ると、ところどころで、粒の先端が直線を少し超えるくらい伸びている。秩序と混沌をテーマに、両者の間に心地よいコントラストを生み、それらが必ずしも相反する概念ではないことを表現している。

5. 抽象表現主義の女性アーティスト特集/ベリー・キャンベル(Berry Campbell)

ベリー・キャンベルのブース。 Photo : Alex Greenberger for ARTnews

抽象表現主義をめぐる男性中心的な概念は、過去数十年の間に徐々に崩壊してきた。ジョアン・ミッチェル、ジャネット・ソーベル、リー・クラスナーをはじめとする女性アーティストたちを支持してきたフェミニスト美術史家の努力のおかげだろう。それでもまだやるべき仕事は多く残されている。ベリー・キャンベルのブースで紹介されている作品を見ると、今でも数多くの優れた抽象表現主義の女性アーティストたちを再評価する必要があることがわかる。

たとえばパール・ファインは、どこかの美術館で回顧展を開催するべきではないか。整然とした直線に割り込むように記号が配置されたすばらしい構成の油彩画を見れば、そう思わずにはいられない。アリス・ベイバーも同様だ。ベイバーの《The Green Red》(1966)は、赤、オレンジ、黄色の円が、エメラルドグリーンのきらめきの中に屈折して配置されている絵で、ソニア・ドローネーを思わせる(ベイバーの歓喜を表現したような作品は、会場内のルクセンブルク・アンド・カンパニーの「Independent 20th Century」と題したブースでも展示された)。ベリー・キャンベルは他にも、バーニス・ビング、リン・ドレクスラー、グレース・ハーティガンらによる珠玉の作品を多数展示している。

6. アベル・ロドリゲスとゼ・カルロス・ガルシア/インスティチュート・デ・ビジオン(Instituto de Visión)とガレリア・マリリア・ラズック(Galeria Marilia Razuk)

インスティチュート・デ・ビジオンとガレリア・マリリア・ラズックのブースに展示されたアベル・ロドリゲスとゼ・カルロス・ガルシアの作品。 Photo : Alex Greenberger for ARTnews

世界の国際美術展に登場している新鋭アーティスト、アベル・ロドリゲスの作品は、動物が低木や樹木に囲まれて生息している美しい熱帯雨林を描いている。ロドリゲスの出身地であるアマゾン川流域の風景であり、人間の介入はほとんど見られない。作品には、ロドリゲスが西洋社会での名前に加えて、生まれ育ったムイナネ・コミュニティで付けられた名前であるモガジェ・ギフー(Mogaje Guihu)のサインも入れていることに注目したい。

ロドリゲスの作品を展示しているギャラリー、インスティチュート・デ・ビジオン(ボゴタ)は、単独ではなくサンパウロのギャラリー、ガレリア・マリリア・ラズクと共同で参加。後者はゼ・カルロス・ガルシアによる木彫りの彫刻を展示していて、変態の途上にあるサナギを思わせる形の作品などが見られた。

7. ヨニー・スカースとジョナソン・ワールド・ピース・ブッシュ/ディス・イズ・ノー・ファンタジー(This Is No Fantasy)

2023年アーモリーショーで、ジョナソン・ワールド・ピース・ブッシュの作品の展示風景。 Photo : Alex Greenberger for ARTnews

意外なことに、過去のアーモリーショーに参加したオーストラリアのギャラリーはごく少数だ。メルボルンのフィッツロイ地区のギャラリー、ディス・イズ・ノー・ファンタジーは希少な存在として、ジョナソン・ワールド・ピース・ブッシュの絵を中心に、期待に応える展示を行った。懺悔する聖人、聖書を持って後光を浴びる男性など、古くから親しまれてきたカトリックの図像を描きながらも、伝統的な西洋の様式を踏襲するのではなく、自身が所属するティウィ族コミュニティに伝わるボディペインティングの技術であるジラマラを模したベージュと白のストライプで表現している。ブッシュの作品がニューヨークで展示されたのは初めて。これが最後にならないことを祈りたい。

ブッシュの作品とともに、ヨニー・スカースの《Point Pearce, South Australia》(2023)も展示された。19世紀にイギリス人入植者によって、アボリジニの部族であるナルンガ族が土地から強制退去させられた事実をテーマにした作品だ。ナルンガ族にちなんだ標識のある建造物の写真の大きなスクリーンプリントの下に、ツララのようなガラス棒を入れた古い箱が置かれていて、この地域での核実験で自然が壊滅的に破壊されるまで、ナルンガ族が豊かな森から採集していた食料を暗示している。

8. サガリカ・スンダラム/ネイチャー・モルト(Nature Morte)

サガリカ・スンダラム《Iris》(2023)。 Photo : Alex Greenberger for ARTnews

有名なマルセル・デュシャンの作品を模したジティシュ・カラットの作品や、焦がした油絵の具を使ったマルタンド・コスラの興味深い作品など、ネイチャー・モルトのブースには注目すべき作品がたくさんあった。中でも目を引いたのは、若手アーティスト、サガリカ・スンダラムの作品《Iris》(2023)だ。からし色のウールの布を切り裂いた下から、重ねられた赤と白の布があふれるようにはみ出しているという手の込んだもので、スンダラムの巧みな手仕事が光る。ありふれた素材を使っていながら、赤いテキスタイルがこの上なく肉感的に見える。

9. ジゼラ・マクダニエル/ピラー・コリアス(Pilar Corrias)

ピラー・コリアスのブースで、ジゼラ・マクダニエルの作品の展示風景。 Photo : Alex Greenberger for ARTnews

アーモリーショーには、アート市場での売れ筋である具象絵画がたくさん出展されていた。これは今日のトレンドを反映していると言える。会場を埋め尽くした数多くの具象絵画の中でもとりわけ際立っていたのが、チャモロ族の若手アーティスト、ジゼラ・マクダニエルの超大型の肖像画。マクダニエルの絵画は多感覚的な鑑賞体験をもたらすもので、オンライン画像ではその価値は十分に伝わらない。花や貝殻が描かれた作品もあれば、音を発する要素が隠された作品や、詩が添えられた絵もあった。

ブースで展示された作品の中でも、《Bigger Than Me》(2023)は、一見2人の人物の肖像画のように見えるが、実は同じ人物が繰り返し描かれている。見る対象を単純化しようとする視線を避けるようなやり方で女性を表現し、あっけなく目をあざむく作品だ。マクダニエルの才能が明らかに現れている。

10. デザイア・モヘブ=ザンディ/ディオ・ホリア(Dio Horia)

ディオ・ホリアのブースの展示風景。 Photo : Alex Greenberger for ARTnews

ディオ・ホリアのブースには、アーティストのデジレ・モヘブ=ザンディ自身が登場した。VIPプレビューの間、織機を持ち込んでブースを即席アトリエに変身させ、編んだり、結び目を作ったりする手法で立体作品を制作する様子を披露した。ドイツ生まれのアーティストであるモヘブ=ザンディ自身、幼い頃に、トルコで祖母が機織りをしている姿を眺めたといい、機織りが伝統的に女性の仕事とさられてきた事実をテーマにしながら、美を生み出すことのできる過酷な肉体労働として表現した。より合わせたループで繊維をつないで作られた壁掛け作品の数々は、どれも賞賛に値する見事な出来だった。(翻訳:清水玲奈)

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