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  • 2023.10.13

フリーズ・マスターズが20世紀の女性アーティストを紹介するセクションを新設。その試みをレポート

2023年10月15日まで開催中のアートフェア「フリーズ・マスターズ」に今年、20世紀の女性アーティストに焦点を当てたセクション「The Modern Women」が新設された。15のギャラリーがそれぞれ1人のアーティストをフィーチャーする新たな試みの模様を、現地からレポートする。

Photo: Reina Shimizu

数千年にわたる美術史に現代ならではのユニークな視点を提供することをミッションに掲げるアートフェア「フリーズ・マスターズ」。現代アートを扱う「フリーズ・ロンドン」と同時開催されているこのフェアに今年、「The Modern Women」と題した新たなセクションが加わった。

「The Modern Women」がスポットライトを当てるのは、1880年から1980年までの女性アーティスト15人。フリーズ・マスターズの会場の一角に設けられた15のブースで、それぞれの所属ギャラリーが個展というかたちで作品を紹介している。

ドローイングから水彩画、油彩、彫刻、さらにはキルトや写真、パフォーマンス、デジタルアートまで、媒体はさまざま。女性の権利運動やフェミニズムが盛んになった時代の作品ではあるが、アーティストが活動していた時代や社会を反映しつつ、自然や神話から人種問題、LGBTQIA+まで幅広いテーマが扱われている。個々の作品を間近に見ながら順にブースをめぐっていけば、近代アートを築き上げてきた女性アーティストの豊かで多様な世界を鳥瞰することができる贅沢な企画だ。その一部を紹介しよう。

(各見出しは、アーティスト名/ギャラリー名の順に表記)

アンナ=エヴァ・バーグマン(Anna-Eva Bergman)/ペロタン

《無題》(1967)Courtesy Perrotin / Photo: Tanguy Beurdeley

ノルウェー出身で、パリで活動したアンナ=エヴァ・バーグマン(1909-1987)。紙にテンペラ絵具と銀箔をあしらった作品《無題》(1967)は、月の出を思わせる抽象画。工芸の技術を取り入れて金箔、銀箔を紙に貼り、故郷ノルウェーの氷河など崇高な自然の風景や宇宙空間と、抽象の間を行き来するような独自の絵画を切り拓いた。

フェイス・リングゴールド(Faith Ringgold)/ACAギャラリーズ

《Moma (Harlem Series)》(1978)Photo: Reina Shimizu

アフリカ系アメリカ人フェイス・リングゴールド(1930-)による高さ96センチの彫刻《Moma (Harlem Series)》(1978)は、布や人造の髪の毛、カーラーなどを素材にした人形で、彼女が母親とともに制作した作品だ。人形が手にしているのは「BEING MY OWN WOMAN」というタイトルが書かれた布の本。油彩やキルトを用い、黒人や女性の権利を主張する自伝的要素のある作品を手がけているリングゴールドだが、この作品は普遍的な誇り高い女性像を表している。

チョン・カンジャ(Kangja Jung)/アラリオ・ギャラリー

《To Repress》(1968)Photo: Reina Shimizu

今回の「The Modern Women」唯一のアジアのアーティスト、チョン・カンジャ(Kangja JUNG、1942–2017)は、ニューヨークのグッゲンハイム美術館で開催中の韓国の近代アート展Only the Young: Experimental Art in Korea, 1960s-1970sで展示されている数少ない女性アーティストだ。インスタレーション作品《To Repress》(1968)は、大きな柔らかいわたの上に硬くて重い鉄パイプが置かれ、圧迫される女性の存在を表している。1969年に韓国日報社で展示されたのち失われたが、今回の展示のために写真資料から再現した。

エテル・ウォーカー(Ethel Walker)/ピアノ・ノービレ

《Decoration: Evening》(1933-36) Courtesy of Piano Nobile, London

エジンバラの裕福な実業家の娘として生まれ、作家ヴァージニア・ウルフの姉妹とも交流のあったイギリス人画家、エテル・ウォーカー(Dame Ethel Walker、1861-1951)。神話の世界や、ヌードを含む女性のポートレート、女性どうしの親密な関係を描いた作品で「イギリスの最も重要な女性画家」として国際的な名声を誇る。ロイヤル美術アカデミー会員になり、王室からデイムの称号を与えられた。死後は同性愛の表現がタブー視されたこともあり埋もれていたが、2018年にテート・ブリテンの展覧会「Queer British Art 1861–1967」に取り上げられて以来、クィアアートの先駆者として再び脚光を浴びている。

リゼッタ・カルミ(Lisetta Carmi)/キアッチャ・レヴィとマルティーニ&ロンケッティ

《I travestiti》(1965-1970)© Archivio Lisetta Carmi, Genoa. Courtesy Ciaccia Levi, Paris - Milan and Martini & Ronchetti, Genoa

イタリア人写真家リゼッタ・カルミ(1924-2022)は、イタリアでLGBTQIA+のテーマを扱った最初のアーティストとされる。1965年から1971年にかけて、ジェノヴァの旧ユダヤ人ゲットーに集っていたセックスワーカーや女装男性、トランス女性とともに時を過ごし、その生活を記録するポートレートを撮影した。1972年にローマで出版された写真集は、ジェンダーの議論がタブー視されていた時代にあって、大きな議論を引き起こした。

ヴェラ・モルナール(Vera Molnár)/ヴィンテージ・ガレリア

《Interruptions, 1968》© Tous droits réservés

ハンガリー出身のヴェラ・モルナール(1924~)は、1947年にパリに移住した頃から伝統的な美術の原則に反して、数学的なパターンやルール、偶然性を取り入れた作品に取り組みはじめた。1959年から「想像上の機械」という手法を打ち出し、最初期のI BM社製コンピュータが登場するとアルゴリズムによる作品を制作するようになった。デジタルアートの開拓者として近年熱い注目を集めている。今回の展示では、キャリアの初期にあたる1954年から1979年の作品に焦点を当てる。

過去の女性アーティストに正当な評価を

「The Modern Women」のキュレーターを務めたのは、フランスの美術史家カミーユ・モリノー。2014年からパリを拠点に、過去と現代の女性アーティストについての情報普及活動を行う組織AWARE(Archives of Women Artists, Research and Exhibitions)を運営しており、今回の展覧会もAWARE のチームとともに企画した。

AWAREの活動目的は「これまで男性のものだった美術史を、女性の美術史にもすること」。モリノーは美術史家として、女性アーティストは同時代には脚光を浴びても死後には忘れ去られがちだという負のパターンがあったと指摘し、それを断ち切るために、過去の女性アーティストを正当に評価するべきだと考え、アート市場に直結するアートフェアに出展することを重視している。

各ブースではプレビュー初日から来場者が熱心に鑑賞し、ギャラリーの人たちに経歴や活動の背景、さらには作品の価格を含む詳細について尋ねる姿が多く見受けられた。作品の質もさることながら、同時代には高い評価と名声を誇っていたのに、その後忘れ去られてしまっていた事実に驚かされる。

これらの女性アーティストたちが近年、出身国だけではなく世界各地の美術館で個展やグループ展で取り上げられたり、評伝やインタビュー集、作品集といったかたちで再発見されつつあるのはうれしい動きだ。

Edit: Asuka Kawanabe

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