数字で見るアート市場のジェンダー・パリティ。若手と故人は評価向上の一方、高額作品トップ500で女性の作品は7点のみ【WORLD ART REPORTS #2】
世界のアートレポートを読み解く連載「WORLD ART REPORTS」第2回は、「オークション市場と女性アーティストの評価」がテーマ。近年美術館での展示や国際展のなかでジェンダーバランスやジェンダーバイアスが問われる機会は増えているが、果たして女性アーティストはアートマーケットのなかでどのように価値づけられているのだろうか。
オークション市場に占める女性作家の売上はわずか9.3%
今年3月にArtsyが発表したレポート「The Women Artists Market Report 2023」は、3つのパートから構成されている。ひとつめの「The State of the Market for Women Artists’ Work」は、現状を概観するものだ。本パートはこれまでのアートマーケットがもっぱら白人男性アーティストによってつくられてきたことを指摘しつつ、いまなおオークション市場はジェンダー平等から遠い状況にあることを明かしている。
たとえば2022年のオークション市場の売上は110億ドルとされるが、うち女性アーティストによる売上は10億ドルをわずかに超える程度で、全体の9.3%に過ぎない(*1)。高額作品トップ100のうち、女性アーティストによるものはジョージア・オキーフとルイーズ・ブルジョワの2点のみ。ジョージア・オキーフの《White Rose with Larkspur No. I(1972)》が1,050万ドルで落札されたのに対し、最も高額で落札されたアンディ・ウォーホルの作品は1億9,500万ドルと価格の差も非常に大きい。
ただし、それでも2022年はそれ以前の10年間と比べるとかなり状況が改善されたようだ。2012〜2022年に落札された高額作品トップ500のなかで女性アーティストの作品は7点のみであり、販売額を見ても女性アーティストの占める割合はわずか6%。オークションで販売された作品の合計価格は、2012年から2022年で194%増加している。
2022年は、多くの女性アーティストがオークションでの販売最高価格を更新した年でもあった。バーバラ・ヘップワース(860万ドル)、メアリー・カサット(750万ドル)、エイブリー・シンガー(530万ドル)、ジデカ・アクーニーリ・クロスビー(470万ドル)、クリスティーナ・クォールズ(450万ドル)、フローラ・ユクノヴィッチ(360万ドル)、レオノーラ・キャリントン(330万ドル)……こうしたラインナップは、現代アートマーケットにおけるある種の“ニーズ”を反映してもいる。それは、「超現代(Ultra-Contemporary)」と呼ばれる1975年以降に生まれた女性アーティストと、すでに亡くなった女性アーティストへの注目だ。
過去3年間で「超現代」作家の売上は3倍以上に
つづく2つめのパート「The Ultra-Contemporary Women Artists at the Forefront of the Art Market」は、「超現代」と呼ばれる若手女性アーティストにフォーカスしたもの。セカンダリーマーケットにおいても若いアーティストが注目されはじめていることを受けて『Artnet News』がつくった「超現代」というコンセプトは、2019年春に同メディアが発行した『Intelligence Report』を通じて広く知られるようになった。
このカテゴリに属するアーティストらにとって、2022年は記録的な年だった。2012年は528万ドルだったオークションでの作品販売額が4,071%成長し2億2,024万ドルに達したのだから。若い世代への注目はこの3年で急速に高まっており、2020年と2022年を比べても売上額は349%増加しているという。
注目すべきは、とくに女性アーティストの評価が高まっていることだろう。Artsyのデータは、世代が下がるほどオークション市場のジェンダーパリティ(ジェンダーの公正)が高まることを示している。たとえば1975年以降に生まれたアーティストの割合を見ると、男性が56.1%に対し女性は43.6%、1985年生まれ以降のより若いアーティストに着目すると、男女比が逆転し男性36%に対し女性は63.8%にものぼる。
こうした動きは、若い世代への期待の高まりを反映したものと言えそうだ。現時点では若手アーティストの作品は価格が低いことが多いものの、今後成長に伴って価格が上昇していくことが期待される。ましてやこれまで発表の機会も少なく注目されづらかった女性アーティストの作品は、今後評価が高まっていくチャンスもその分多いと言えるのかもしれない。
本レポートは、今後オークションで高く評価されうるアーティストとして、3人の名前をあげている。まずひとりめはサンフランシスコ出身のタミー・グエン。彼女は2021年以降とくにArtsyでのフォロワーが増加しているほか、2021年にMoMAの展示プログラム「Greater New York」で取り上げられたのち、世界各国のギャラリーで展示を行っている。
二人目はタニア・マルモレホ。ドミニカ出身の彼女はファッション誌やライフスタイル誌のイラストからキャリアをスタートさせ、2005年以降にアーティストとして本格的な活動を展開してきた。自身のアートピースをつくるのみならず、テキスタイルデザインや児童向け書籍の出版にも携わるなど、活動の幅の広さが印象的だ。
最後のアン・バックウォルターは、近年Artsy上での問い合わせが急増しているという。2021年からの1年でArtsy上のコレクター数は倍増、フォロワーは344%増加した。Rachel Uffner GalleryやMicki Meng and Rebecca Camacho Presents、Pentimenti Galleryなど、アメリカのギャラリーを中心に活動の領域を広げている。
進む故人の再評価。売上は4億ドル超へ
本レポート最後のパート「The Late Women Artists Garnering Art Market Attention」は、すでに亡くなった女性アーティストがどのように注目されているのか明らかにするものだ。
実は、オークション市場に限らず故人の女性アーティストへの注目が近年高まっているのだという。2022年に開催された第59回ヴェネツィア・ビエンナーレにおける展示「The Milk of Dreams」で取り上げられた213人のアーティストのうち、男性はわずか10%であり、残り192人のうちほぼ半数となる89人が故人の女性アーティストだった。さらに近年、美術館でも、故人の女性アーティストを再評価したり回顧したりする展示が増加している。
こうした展示がコレクターの関心を高めることになり、アートフェアやオークションにおける価格も上昇しているようだ。2012年と2022年を比較すると、故人の女性アーティストの総売上額は、2億2,800万ドルから4億7,700万ドルへと増加した。他方で、市場の注目は一部のアーティストにとどまっており、西洋の女性アーティストばかりが注目されていることも事実だという。
本レポートは、現在マーケットが注目している作品のジャンルとして「シュルレアリスム」と「抽象表現主義」を挙げている。2022年にはPeggy Guggenheim Museumでの「Surrealism and Magic: Enchanted Modernity」や2021年のMetropolitan Museum of Artでの「Surrealism Beyond Borders」など、シュルレアリスムについては、美術館やコマーシャルギャラリーでも20世紀の女性シュルレアリストを取り上げる展示が増えているようだ。
シュルレアリスムと並んで現在注目される抽象表現主義については、この10年で女性と黒人のアーティストの再評価が進んでいったという。2022年に売れた女性アーティストによる抽象表現主義作品の売上は、1億660万ドルにのぼった。
もっとも、単にオークション市場で高い値段がつけられたり総売上額が上がったりすればいいわけではなく、一過性のブームやマーケットの論理で女性アーティストの作品が消費されてしまう可能性もあるだろう。
本レポートも「マーケットの動向を考えると、今後も女性アーティストへの関心が高まっていくことが期待される」と述べつつ、「その関心がマーケット全体で女性アーティストの表現をサポートする触媒となるかはわからない」とレポートを締めくくっている。女性アーティストの再評価はまだ始まったばかりなのかもしれない。