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香港にオープンした現代美術館M+は、テート・モダンやポンピドゥー・センターを超えるか

香港の新しい現代美術館M+エムプラス)が、ようやく完成した。2021年11月12日にオープンを迎えた当館は、香港最大級の美術館であるだけでなく、アジアで最も重要な現代美術館となるだろう。総床面積は6万5000平方メートルに及び、アジアのアートシーンにおける大きな存在として注目される。しかし、開館までにはさまざまな論争があり、その裏側では、計画の延期に次ぐ延期の中で運営陣が突然交代した経緯がある。

香港の現代美術館M+ ©Virgile Simon Bertrand/Courtesy Herzog & de Meuron
香港の現代美術館M+ ©Virgile Simon Bertrand/Courtesy Herzog & de Meuron

M+はどんな美術館で、なぜ注目に値するのだろうか。その歴史、開館にあたり発表された情報、そして開館までの困難な道のりを総括する。

M+が注目に値する理由とは?

香港と中国本土には、大規模な美術館が多数存在する。たとえば上海の龍美術館西岸館は、3万3000平方メートルもの広さだ。M+は、その龍美術館のおよそ2倍にあたる6万5000平方メートルの大きさを誇る(これは、近年増築したニューヨーク近代代美術館にも迫る広さ)。その規模からしても、地元香港の人々だけではなく、世界各国のアートファンにとって訪れるべき場所となるだろう。ロンドンのテート・モダンやパリのポンピドゥー・センターと同様に。しかし、規模だけで美術館の重要性は測れない。もっと大事なのは、その美術館が何を展示するかだ。

M+が注目される大きな理由は、中国政府の検閲からの自由を掲げてきたことだ。中国の多くの美術館は、中央政府に批判的すぎると当局がみなす一部の現代アート作品を展示するうえで、困難に直面している。一方、香港の美術館やギャラリーは、表向きには、政治性がより明確な作品も自由に展示することが許されている。ただし、近年の香港における動きは、アーティストたちにM+が意図した作品をすべて展示できるのかという懸念を抱かせた。これについては後述する。

M+ではどんな作品が展示されるのか?

M+は、20世紀以降に香港とその周辺地域で制作された作品を中心に、近現代アートを幅広く扱う。すでに8000点近くの作品を所蔵しているが、その多くはコレクターによって収集されたものだ。2012年には、スイス人実業家・元外交官であり、90年代に中国美術最大のコレクターとして名を馳せたウリ・シグが、1400点を超える作品を寄贈。美術館を管轄する西九龍文化区当局は、2270万ドルをシグに支払って、さらに47点の作品を購入した。

シグは当時、アート・アジア・パシフィック誌に対し、こう語っている。「香港が重要なのは、中国人アーティストが自国の人たちともコミュニケーションできる場だからです。中国本土から香港を訪れる旅行客は毎年3000万人以上にのぼります。M+は、ショッピングだけにとどまらない香港の大きな存在になるはずです」

同じように考えたコレクターは、ほかにもいる。過去1年間だけでも、M+はハラム・チョウ、ウィリアム・リムとラビナ・リム夫妻などのコレクターから2回の大規模な寄贈を受けている。リム夫妻からはヘグ・ヤンやイ・ブルらの作品90点、ハラム・チャウからはChim↑Pom、梁遠葦(リャン・ユアンウェイ)、塩保朋子らの作品の寄贈があった。

左から、香港特別行政区の曾德成(ツァン・タクシン)民生事務局局長、ヘルツォーク&ド・ムーロン(建築設計事務所)シニアパートナーのピエール・ド・ムーロン、M+の元館長ラルス・ニッティヴェ、林鄭月娥(キャリー・ラム)香港特別行政区行政長官 写真:AP/アフロ
左から、香港特別行政区の曾德成(ツァン・タクシン)民生事務局局長、ヘルツォーク&ド・ムーロン(建築設計事務所)シニアパートナーのピエール・ド・ムーロン、M+の元館長ラルス・ニッティヴェ、林鄭月娥(キャリー・ラム)香港特別行政区行政長官 写真:AP/アフロ

M+が展示できない作品はあるのか?

2021年に入り、中国政府に対して批判的な作品でも展示できるというスハーニャ・ラフェルM+館長の主張に疑いを抱かせるような論争が起きた。美術館の所蔵品に加えられた作品のうち、艾未未(アイ・ウェイウェイ)の写真作品《Study of Perspective:Tiananmen(遠近法の研究:天安門)》(1997)をめぐり、開館日の発表を控えたM+に否定的な報道が巻き起こったのだ。

この写真は、アイ・ウェイウェイの「Study of Perspective(遠近法の研究)」シリーズ(1995〜2017)の1点で、北京の天安門広場(1989年の天安門事件の現場。政治腐敗に抗議する学生運動を中国人民解放軍が武力制圧した)に向かってアーティスト本人が中指を立てているもの。この作品は、シグが寄贈したコレクションの一部としてM+の所蔵品に加わった。

香港の英字新聞、サウスチャイナ・モーニング・ポストによれば、オープニング展で展示される予定すらなかったこの作品を、親中派の報道機関が槍玉にあげたという。M+が中国の国家安全維持法を遵守するかどうかの論争において、西九龍文化区当局の唐英年(ヘンリー・タン・インイェン)局長は、同地区が「合法性を維持し、基本法、現地法、国家安全維持法に従う」と述べた。

これを受けて、M+は写真を展示しないことに同意。その後、9月になってM+は公式サイトから《Study of Perspective:Tiananmen》を削除した。アートネットニュースに掲載された随筆の中でアイ・ウェイウェイは、「M+は中国政府に迎合するのに躍起で、台頭する権威主義大国の前に頭を下げ、ことあるごとに媚(こ)びへつらう」と述べている。

M+の舞台裏に関わってきたそのほかの人物は?

M+のスハーニャ・ラフェル現館長は、ニュー・サウス・ウェールズ州立美術館(シドニー)やクイーンズランド州立美術館(ブリスベン)の上層部で活躍し、オーストラリアのアートシーンに変革を起こしてきた人物だ。しかし、10年前にM+開館プロジェクトが始まったときには、別の人物が館長を務めていた。

初代の館長は、ストックホルム近代美術館、フムレベック(デンマーク)のルイジアナ近代美術館で指導的立場にあったラルス・ニッティヴェで、2012年から、M+の所蔵品の大幅拡充に尽力した人物。2015年、開館を2019年に延期することを発表して間もなく、ニッティヴェは館長の座を去る決断をして周囲を驚かせた。美術館の完成や増築の完了を待たずに館長が辞任するのは異例のことだからだ。彼は、「5年間勤務したが、M+の開館までさらに今後4年間、激務が続くことを受け入れなければならなかった」とM+の準備作業が予想外に困難に満ちたものだったことをほのめかした。

実際、M+の開館は今年に至るまで不透明な状態が続いていた。2015年の延期決定(当時は2017年の開館予定とされた)は、建設の遅れが理由だった。2019年が過ぎても、なお開館は実現しなかった。そして2020年には、世界的な新型コロナウイルスの感染拡大を受けて再度の延期が決定した。度重なる延期と同時に、関係者の辞任も相次いだ。2015年、M+のシニアキュレーター、トビアス・バーガーが辞任。2019年にはさらに幹部クラスの5人が職を辞している。

張曉剛(ジャン・シャオガン)の《Bloodline – Big Family No. 17(血縁-大家族No.17)》(1998)も、ウリ・シグがM+に寄贈した作品。シグのコレクションを集めたM+のオープニング展で展示される ©Zhang Xiaogang/M+ Sigg Collection
張曉剛(ジャン・シャオガン)の《Bloodline – Big Family No. 17(血縁-大家族No.17)》(1998)も、ウリ・シグがM+に寄贈した作品。シグのコレクションを集めたM+のオープニング展で展示される ©Zhang Xiaogang/M+ Sigg Collection

M+はどこにある?

M+がオープンする西九龍文化地区には、香港故宮文化博物館や、演劇やオペラが上演される戯曲中心などの文化施設が集まっている。設計を担当したのは、ロサンゼルスの美術館ザ・ブロード、ペレス・アート・ミュージアム・マイアミなどを手掛けているヘルツォーク&ド・ムーロン。コンペには、やはりアート界で人気のある建築事務所で、サンフランシスコ近代美術館の増築などで知られるスノヘッタも参加していた。

ヘルツォーク&ド・ムーロンの設計による建築はT字を逆さにした形で、ビクトリアハーバーに面している。ジャック・ヘルツォークは10月にガーディアン紙に対し、ミニマルな形でそびえ立つ美術館は“テート・モダンのアジア版”で、より先鋭的であることを意図したと語っている。16階建てで、当初から216億香港ドル(28億ドル)もの巨額な予算だったが、建設の過程で費用は3倍に膨れ上がった。M+には33の展示室のほか、映画館と屋上庭園も併設されている。11階にオフィスが設けられ、美術館スタッフが香港の絶景を望みながら勤務している。

M+の開館時に展示される作品は?

2021年11月12日のオープニングから始まった最大の展覧会は、シグの寄贈作品を中心に構成したものだ。「From Revolution to Globalisation(革命からグローバル化へ)」と題された展示では、黄永砅(ホアン・ヨンピン)、張曉剛(ジャン・シャオガン)らの作品が、1970年代以降の中国の発展を描き出している。そのほか、香港の建築に関する調査や、アジア全体のアート関連ネットワークをテーマにした展覧会もある。館内にはさらに、アントニー・ゴームリーのインスタレーション《Asian Field(アジアンフィールド)》も展示されている。これは、アーティストと広州市の住民が共同で作った素焼きの粘土像20万体を並べた作品だ。

M+の展示作品のあまりの多さには圧倒される。ありがたいことに、香港市民には開館後1年間は無料で入場できる特典が設けられている。(翻訳:清水玲奈)

※本記事は、米国版ARTnewsに2021年11月1日に掲載されました。元記事はこちら

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