サザビーズの手数料改革は大ギャンブル──メリットと問題点をオークション関係者に聞く
オークションの手数料体系は長い間、微積分や錬金術のようなものだった。サザビーズが発表した2024年5月20日からの手数料改革について、マーケットの関係者たちの「本音」を取材した。
世界三大オークションハウスのサザビーズが、2024年5月20日から手数料を引き下げると発表した。サザビーズとクリスティーズが1975年にこの手数料制度を導入して以来、初の見直しとなる。
オークション落札者が支払う手数料は「バイヤーズ・プレミアム」と呼ばれるが、今回の改革により、600万ドル(約8億7800万円)以下のハンマープライス(落札金額)のバイヤーズ・プレミアムはこれまでの26%から20パーセントに、ハンマープライスが600万ドルを超える場合は20パーセントから10パーセントに引き下げられる。これにより、ほとんどのロットが26パーセントの支払額削減になる。
同社はまた、売り手の手数料率も同様に引き下げる。
サザビーズ最高経営責任者(CEO)のチャールズ・スチュワートは、この価格改訂は以前から検討されてきたことであり、これまでの「オーダーメイドの価格体系」を脱却し、より恒久的で透明性の高い仕組みへの改善を目指したものだと話す。
一方でこの発表が、ロシアの大富豪ドミトリー・リボロフレフがサザビーズを詐欺ほう助で訴えた裁判でサザビーズに有利な判決が出たわずか2日後に行われたことは、あまりにタイミングが良すぎると言わざるを得ない。これについてスチュワートは、今回の変更と訴訟は何の関係もないと主張した。
US版ARTnewsが匿名のオークションハウス関係者たちに取材したところでは、サザビーズの手数料改訂を支持する声が多かった。バイヤーズ・プレミアムは、特に2008年のリーマンショック以来、ずっと上昇の一途をたどってきた。クリスティーズは、2016年から2019年までの間に3回も値上げしている。そのため、ある関係者によれば、中には落札したい作品よりも手数料のほうを気にする買い手も少なくないと語る。
「例えば、予想落札額が10万ドルから15万ドル(約1500万円~2200万円)の作品の入札を10万ドルで行った場合、12万6000ドル(約1890万円)を支払うことになり、予想落札額の中央値に匹敵します。それにさらに税金が加わるわけです」
サザビーズの改革は、買い手にとっての満足度を押し上げるものだ。そうすることで彼らはより購入に意欲的となるため、ひいては売り手の満足度を上げることになる。しかし、その戦略が期待通りにいくかどうかについては、議論の余地がある。
なぜなら、オークションビジネスにおけるハードルは、売り手を見つけることだからだ。改定後の手数料体系では、売り手は、1ロットのハンマープライスが500万ドル(約7億3000万円)以下の場合、最初の50万ドル(約7500万円)の10パーセントを手数料として支払う必要がある。関係者の多くは、これを嫌う売り手も出てくると見ている。ちなみに、委託品の最低価格が500万ドル(約7億3000万円)を超えると、その手数料は免除される。さらに2000万ドルから5000万ドル(約29億円から約73億円)の間の委託品の場合、売り手はハンマープライスに加えて、買い手が支払う手数料の40%を受け取ることになる。
しかしサザビーズは、それが良い取引だと考えているようだし、実際そうかもしれない。しかし、美術品販売のビジネスは長期的な関係の上に成り立っている。これまでは、オークションハウスとの取引において、売り手の手数料は最も交渉しやすい部分だった。特に高額な作品や大規模なコレクションの場合、交渉によってゼロにすることさえできた。
「アートを売るということは、常に戦争なのです」
そう語るアートアドバイザーのラルフ・デルーカは、「素晴らしい作品や不動産を手に入れるためには、常に報酬と報道の量が勝負になります。手数料ゼロを提供することができなくなったサザビーズは、売り手の矢筒から矢を引き抜いたも同然です」と続ける。
ロンドンを拠点とするサザビーズのグローバル・ファインアート担当マネージング・ディレクター、セバスチャン・フェイヒーにこの変更に対する反発はなかったかと聞くと、こんな回答が返ってきた。
「変化が必要であるということ、そして市場の健全性にとってバイヤーズ・プレミアムの縮小と簡素化は良いことであるという圧倒的な合意がありました」
フェイヒーが競争について話しているのなら、それは正しいと言える。オークションハウスとアートディーラーが互いに与え合う影響はますます大きくなっている。ディーラーの中には、この新体制によって市場が有利に傾くと考える者さえいる。
「オークションハウスと競合するセカンダリーギャラリーは、これまでのサザビーズによる手数料を引き上げを大歓迎していました」
そう語るのは、カスミンの販売責任者であるエリック・グリーソンだ。グリーソンはこう続ける。
「歴史的にギャラリーは、二つの点においてオークションハウスよりも優位に立ってきました。一つは慎重に作品を提供するということ。そしてもう一つは、たとえ作品が売れなかったとしてもその事実を公の記録として残す必要がないという点です。しかし現在では、ギャラリーも手数料の割合をこれまでよりも柔軟に設定できるようになっています」
もちろん、サザビーズの競合であるクリスティーズの存在を無視することはできない。クリスティーズはサザビーズへの対抗策として自社の手数料を改訂するかどうかまだ明言していないが、悪い賭けではないだろう。過去10年間、この2つのオークション・ハウスがバイヤーズ・プレミアムの値上げで競い合ってきたことは周知の事実だ。クリスティーズの広報担当者はサザビーズの手数料改訂についてどう考えるかという質問に対し、「ノーコメント」とだけ答えた。
手数料を払いたくない売り手に今できることとしては、今年の5月以降はクリスティーズに行くしかなさそうだ。あるマーケットの専門家は、「アート業界は、とにかく変化を拒絶しがちです」と語る。
一方、別の専門家が「サザビーズが地面に杭を打ち、変化を推進しはじめたという事実には好感が持てる」と言うように、サザビーズが大胆な一歩を踏み出したと見る人もいる。「サザビーズは長い間、底辺の競争をしてきた。オークションハウスのコストは下がっていません。むしろ上がっているのです」
メディアやオークション・ウォッチャーは、大物出品や10億ドル(約1500億円)にもなる遺産の売却に注目しがちだが、サザビーズが昨年売却した6万7000点の大半は、10万ドル(約1500万円)未満だった。そしてこれらの全てに対し、積み込みや積み下ろし、評価、ときに額装、そして展示のためのコストがかかる。オークションハウスは、そうした全ての経費を手数料で賄わなければならない。
結局のところ、今回の改訂はサザビーズが独自性を打ち出すために必要な手段なのだ。これがうまくいくかどうかを証明するのは簡単ではないはずだ。市場に解決すべき問題があるのは確かだが、このやり方が正しいのか、最終的に得をするのは誰なのか、今はまだ誰もわからない。
from ARTnews