なぜ女性アーティストは自画像を描かなかったのか。【見落とされた芸術家たちの美術史 Vol.7】

大和絵の時代から近代に至るまで、なぜ日本史や美術の教科書に登場する巨匠は男性ばかりなのか? その社会的な理由と数少ない女性画家たちの歩みを、ジェンダー美術史を専門とする吉良智子が紐解く連載。第7回は、女性と画題(モチーフ)について話を聞いた。

上村松園《菊寿》東京富士美術館蔵 「東京富士美術館収蔵品データベース」収録 (https://www.fujibi.or.jp/collection/artwork/06547/)

──今回は画題をテーマにお話を伺えればと思います。明治から昭和にかけての尋常小学校の時代に、子どもたちに描かせるテーマが男女で異なっていた場合もあったというお話を以前伺いました。アーティストの画題にもジェンダーによる違いはあったのでしょうか?

特に日本画において「女性による作品と言えば美人画」という認識が広まった時期がありました。そのきっかけとなったのは日本画家の上村松園です。女性として初めて文化勲章を受賞した彼女は女性画家のなかでも特に有名で、日本近代美術史を専門とする児島薫さんは『女性画家の全貌。』という本のなかで、彼女が美人画を描き始めたことをきっかけに「女性=美人画」という流れが始まったという説を唱えています。

──西洋の女性画家たちの間にも、流行りの画題があったりしたのでしょうか?

西洋の女性画家たちも女性を多く描いていますが、それ以外にも花と子どもといった画題が好まれました。西洋画が日本に入ってくるタイミングで、西洋的なジェンダー規範や価値観も同時に入ってきました。その価値観において、花や子どもは家を守る女性にとってふさわしい画題であると認識されていたのです。

一方で、風景画のように一人で遠方まで外出しなければ描けないような画題は、必然的に女性の画家たちに扱われることが少なくなります。子どもや花であれば家に居ながらにして作品を描けますし、モデルを雇う必要もないので経済的でもあるんです。また、自画像も女性にとっては描きづらい題材でした。

──自画像を描きづらい、女性特有の理由があったということですか?

そもそも自画像は、社会のなかで自分がどう見られているか、あるいは見られたいかを意識せざるを得ないものだからです。外見ひとつとっても、美人過ぎれば思いあがっているように思われるかもしれないし、逆に自分の顔を貶めて描いたとしてもそれが作品の評価につながってしまう。女性が画題になった瞬間に、外見の醜悪によってよしあしが判定されやすくなるわけです。それがよくわかる例が、島成園の「無題」という自画像です。島成園はこの作品で、自分の顔に実際にはない痣を描きました。これは、あえて痣を描くことで画家としての覚悟をしめしたものだったのですが、展覧会評で「求婚広告」という言葉を使った批評を書かれたのです。「本人には痣はないが、こんな作品を描く女だから嫁の貰い手がいないだろう」という揶揄としてですね。そうした揶揄の可能性がある時代に、自画像がいかに女性にとって描きづらいものだったかは想像に難くありません。

──社会のなかでの生きづらさがそのまま反映された状況であるようにも思えます。

そうですね。例えば、男性画家の自画像には、画家としてのアイデンティティを表現するためにパレットや筆といった画材のモチーフが登場することが多いのに対し、女性画家の場合はほとんどありません。それは、自分を画家として社会に提示することの難しさの現れとも言えるでしょう。

もちろん、細かな気遣いのもとで自画像が描かれる場合もあります。例えば、梶原緋佐子の『静閑』という作品は自画像と考えられているのですが、右にアジサイが咲いているのに対し、女性が着ている着物に描かれているのはアサガオです。これは季節を先取りするという着物の基本をしっかり押さえていることを表しています。さらに姿勢は書道を嗜むように美しく、部屋は質素で道具は整然と整っていることが伺えます。

──ちなみに、女性の画家たちが多く描いた花や子ども、女性といった画題を、近代日本の男性画家たちは描かなかったのでしょうか?

男性も描いていました。これは美術史学者の若桑みどりさんが『隠された視線』〈岩波書店〉で指摘していることなのですが、「日本近代洋画の父」とも呼ばれる黒田清輝は、当時の西洋においては印象派の女性画家が描いていた「台所」「編み物」「読書」といった画題も多く描いていたんです。それもあって、日本の西洋画界では男性がこうした画題を扱うことも多かったのです。なので、そこは男女で領域が重なっていたんですよね。

若桑さんの分析では、それによって日本の男性洋画家たちは家庭的主題を描かざるをえなくなり、潜在的な不満を抱えていたところに出てきたのが戦争画だったとしています。戦争画こそ西洋の男性画家たちが手がけてきた主題でした。

──西洋においての男性的な画題というと、例えばどのようなものがありますか?

特に戦争や政治ですね。歴史の教科書に出てくる戦争画は、意外と有名な画家が描いていることも多いんです。例えば、日本でも有名なマネは『キアサージ号とアラバマ号の海戦』『シェルブールの戦い』、『皇帝マキシミリアンの処刑』など戦争や政治に関連した作品を多く残しています。もちろん日本も合戦絵が多く残っているのですが、近代ではそれを主要な画題とする画家は少なくなっていきます。この期間で政治や戦争と芸術の間に大きな乖離が見られるように思います。ただ、それが戦時中に日本の男性たちを戦争画に向かわせるきっかけにもなったという議論もあります。

──ありがとうございます。次回からは戦時中のアートと女性について伺えればと思います。

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