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おつまみ抜きは世相を反映? 低調のサザビーズ5月現代アートオークションを振り返る

5月のオークションシーズンの皮切りとして、13日夜、ニューヨークでサザビーズの2つの現代アートイブニングセールが開催された。全般的に低調な結果に終わった中で、予想を大きく上回った作品、期待はずれだった作品などを振り返る。

高額落札が期待されていたフランシス・ベーコンの《Portrait of George Dyer Crouching》(1966)は、最低予想価格に届かなかった。Photo: Getty Images

会場をどよめかせたフランシス・ベーコン作品

5月13日夜、サザビーズ・ニューヨークでは、著名アーティストの作品を集めたコンテンポラリーセールと、新進アーティストの作品を扱う「ザ・ナウ(The Now)」セールが開かれた。2つを合わせた事前の予想落札総額は2億4180万〜3億5040万ドル(直近の為替レートで約375億〜543億円、以下同)だったが、結果は2億6730万ドル(約414億円)で、かろうじて最低ラインを上回った。

サザビーズに続き、クリスティーズフィリップスでもオークションが行われるが、今シーズンは市場の低迷に加え、出品数が例年より少ないことが懸念材料だ。予想落札総額の単純比較では、上記3社とも前年の5月セールより18%程度減少している。

中でもクリスティーズは、サイバー攻撃によって前週の9日に公式ウェブサイトがダウンする事態となり、週が明けても復旧しない状況が続いていた。サザビーズは問題なくオークションを実施できたものの、入札は振るわず、市場減速の懸念を払拭するにはほど遠い結果になっている。

そんな中、13日に最高落札額を付けたのはフランシス・ベーコンの《Portrait of George Dyer Crouching(しゃがんでいるジョージ・ダイアーの肖像)》(1966)。これは恋人のジョージ・ダイアーを描いた大型の肖像画10点のうち最初に制作されたもので、完成から4年後の1970年に売り渡されて以来、54年間、同じ持ち主が所有していた。最高予想落札価格は5000万ドル(約77億5000万円)で、ベーコン作品の最高記録を更新する可能性もあると見られていた。

しかし、その期待を裏切り、結果は最低予想落札価格にも届かない2770万ドル(約43億円)に終わった(特に断りのない限り、本記事の金額は全て手数料を含む)。最注目作品が不発に終わったことに驚きを隠せない人が多く、会場にはどよめきが広がった。

109万ドル(約1億7000万円)で落札されたジャスティン・カギアットの《The saint is never busy》(2019)。Photo: Courtesy Sotheby’s

明暗が分かれた新進アーティストの作品

サザビーズではこの夜、まずウルトラコンテンポラリー作品のセール「ザ・ナウ」が行われた。これは新進気鋭のアーティストや、最近のオークションで勢いのある作家を扱うもので、18ロットが出品される予定だったが、セシリー・ブラウンの絵画1点がオークション開始前に取り下げられた。落札されたのは16ロットで、その約半数が手数料込みで予想落札価格を超えるなど、ほとんどが期待に沿う結果を達成している。

「ザ・ナウ」の最高落札額はケリー・ジェームズ・マーシャルの作品で、オークション初登場の《Vignette #6(ヴィネット#6)》(2005)。出品者は2005年にジャック・シェインマン・ギャラリーでこの作品を購入していた。

マーシャルの「ヴィネット」シリーズの別の作品が、2019年にサザビーズで1850万ドル(約28億7000万円)で落札され、マーシャル作品としては2番目に高い金額を記録していたことから、今回保証付きで出品された《Vignette #6》への期待も高かった。しかし、落札額は最低予想落札価格の700万ドルを50万ドル下回る650万ドル(約10億円)、手数料込みで748万ドル(約11億6000万円)に終わっている。

748万ドル(約11億6000万円)で落札されたケリー・ジェームズ・マーシャルの《Vignette #6》(2005)。Photo: Courtesy Sotheby’s

もう1つ残念な結果に終わったのは、4月に開幕したヴェネチア・ビエンナーレのアメリカ代表アーティストジェフリー・ギブソンだ。前回、2022年のビエンナーレでアメリカ代表を務めたシモーヌ・リーの作品価格がその後上昇したことから、ギブソンにも同様の効果がもたらされるとの期待があった。しかし、これがイブニングセールへのデビューだったギブソンの彫刻作品《Always After Now(いつも今の後に)》(2014)には入札者が1人も現れず、今回の「ザ・ナウ」で落札されなかった唯一の作品となった。

一方、大きな注目を浴びたのが、ニューヨークを拠点に活動する若手画家ジャスティン・カギアットの《The saint is never busy(聖人は決して忙しくない)》(2019)だ。カギアットの抽象画は過去に2度しかオークションに出品されたことがなかったが、サザビーズは作品にポテンシャルがあると考えたようで、最も入札が集まりやすいロット1の枠を与えていた。その期待通り、この作品は6分間の入札合戦の末、最高予想落札価格30万ドル(約4650万円)の3倍を上回る109万ドル(約1億7000万円)で決着。カギアット作品の新記録を樹立した。

34歳のルーシー・ブルも、このセールで記録を更新している。過去のオークションでも抽象画が高値で落札されていたが、今回出品された2020年の作品《16:10》は、最高予想落札価格の70万ドル(約1億850万円)をあっという間に超えた。ただし、昨年10月にサザビーズ香港で176万ドル(約2億7000万円)の落札額を達成したことを考えれば、予想の設定が低すぎたとも言えそうだ。オークショニアのフィリス・カオは相次ぐ入札をさばくのに大忙しで、100万ドルの大台を超えたときには笑顔を会場に向け、「順番はみなさんに回ってきますよ」と言ったほどだ。最終的な落札額は予想額の2倍を超える181万ドル(約2億8000万円)で、ブルの新記録となった。

フランク・ステラの《Ifafa I》(1964)の落札額は1530万ドル(約23億7000万円)。Photo: Courtesy Sotheby’s

著名作家のコンテンポラリーセールは物足りない結果に

「ザ・ナウ」にはそれなりの勢いが見られたが、後半のコンテンポラリーセールは前半1時間の盛り上がりを維持することはできなかった。不調に終わったフランシス・ベーコンの作品をはじめ、他の注目ロットも期待外れだったと言わざるを得ない。

リチャード・ディーベンコーンの「オーシャンパーク」シリーズの抽象画《Ocean Park #126(オーシャンパーク #126)》は、最高予想落札価格2500万ドル(約38億7500万円)で出品されたが、1人も買い手がつかなかった。アートネットニュースによると、出品者のロレンツォ・フェティータは、2018年にクリスティーズ・ニューヨークでこの作品を2390万ドル(約37億円)で購入。これは当時、ディーベンコーン作品の最高記録だった。しかし今回は、オークショニアのオリバー・バーカーがなんとか入札を引き出そうと努力しても、最低予想額の1800万ドル(約28億円)すら達成できなかった。

ラチョフスキー・コレクションから出品されたルーチョ・フォンタナの《Concetto spaziale, La fine di Dio(宇宙の概念、神の終わり)》(1964)は、フォンタナ作品のオークション記録を塗り替えることが期待されていた。しかし、2000万〜3000万ドル(約31億〜46億5000万円)の予想落札価格に対し、最低ラインを下回る1970万ドル(約30億円)で決着。手数料込みで2300万ドル(約35億6500万円)弱となり、フォンタナの作品としては最高レベルを維持したものの、サザビーズの期待には及ばなかった。

昨年11月、故チャラ・シュライヤーが所有していたフランク・ステラの《Honduras Lottery Co.(ホンジュラス・ロッタリー社)》(1962)が、1870万ドル(約29億円)で落札され、ステラ作品としては当時史上2番目の高値を記録した。一方、今回サザビーズのセールに登場した変形カンバスの《Ifafa I(イファファ I)》(1964)は、アートネットニュースのカティア・カザキナによると、ディーラーのアーヴィング・ブルムから出品されたもの。ブルムは、ステラが名声を獲得した1960年代に自らが運営するフェラス・ギャラリーでステラ作品を扱っていた。しかし、《Ifafa I》の落札額は最低予想価格ちょうどの1400万ドル(21億7000万円)に終わっている。今月初めにステラが亡くなったという話題性も、作品への関心には直結しなかったようだ。

ウォーホルとバスキアのコラボ作や草間作品が気を吐く

今回のコンテンポラリーセールでは35ロットのうち25ロットが保証付きで出品された。つまり、多くの作品はプリセールが行われていたわけで、出品者にとってはリスクの少ないオークションだった。しかし、それを差し引いても、盛り上がりに欠けたというのが正直なところだ。

とはいえ、例外もある。その1つがアンディ・ウォーホルジャン=ミシェル・バスキアの共同制作による絵画《無題》(1984)で、予想落札価格1500万〜2000万ドル(約23億2500万〜31億円)の最高ラインに近い1940万ドル(約30億円)で落札された。ウォーホルとバスキアによる共同制作シリーズのこれまでの最高落札額は、2014年に樹立された1140万ドル(約17億7000万円)だったので、大きく記録を塗り替えたことになる。

ロンドンのヘリー・ナーマド・ギャラリーのディレクターでアートアドバイザーのロック・クレスラーは、13日のポッドキャスト、ノータ・ベネ(Nota Bene)で、この作品はシリーズ中の最高傑作の1つだと語っていた。ちなみに、出品者がこの作品を2010年にサザビーズで手に入れたとき、価格はわずか270万ドル(約4億2000万円)だったという。

また、保証付きで出品されたジョアン・ミッチェルの絵画4点のうち3点が予想額を超え、最も高かった抽象画《Noon(正午)》(1969頃)は落札額2260万ドル(約35億円)を達成している。こちらも、出品者が8年前にクリスティーズで落札したときの価格は、今回の半額以下だった。

フェイス・リンゴールドの《Dinner at Gertrude Stein’s: The French Collection Part II, #9》(1991)は、157万ドル(約2億4000万円)で落札され、リンゴールド作品の最高記録を塗り替えた。Photo: Courtesy Sotheby’s

今年4月に亡くなったフェイス・リンゴールドの《Dinner at Gertrude Stein’s: The French Collection Part II, #9(ガートルード・スタイン家の晩餐:フレンチコレクション パートII, #9)》(1991)も、彼女の落札額新記録を達成。人気の高い「フレンチコレクション」シリーズのキルティング作品で、最初のロットとしてスタンリー&ミッキ・ワイトホーン夫妻のコレクションから出品された。

この作品は最近行われたリンゴールドの回顧展にも貸し出されており、予想落札額は70万〜100万ドル(約1億850万〜1億5500万円)。最高予想額は、2015年にスワン・オークション・ギャラリーで記録された従来の最高落札額46万1000ドル(約7100万円)のほぼ2倍にあたる。サザビーズが新記録を期待していたのは明らかだが、それに応える人気を見せたこの作品は、157万ドル(約2億4000万円)で落札された。

しかし、リンゴールドに入札が殺到したのは、この夜のセールでは例外的な光景だった。全般に買い控えの傾向が強く、たとえば詩人で写真家のジェラード・マランガを描いたアリス・ニールの肖像画が登場する頃には、オークショニアのバーカーは会場を盛り立てようと躍起になっていた。ニールの作品は予想落札価格の範囲に収まる242万ドル(約3億7000万円)で落札されたものの、買い手が決まる前にバーカーは「歯を抜くくらい大変だ」と漏らしていた。この言葉は、この夜のセールの多くのロットに当てはまる。

それでも、最後に登場した草間彌生の《パシフィック・オーシャン》(1958)は、最高予想落札価格の3倍にあたる466万ドル(約7億2000万円)で落札され、オークションは明るい雰囲気で幕を閉じた。この作品は、元の所有者だったキュレーターのアリス・デニーが昨年101歳で亡くなったのち、売りに出されることになったもの。バーカーは「これからもずっと、最後のロットは草間彌生で決まりだ!」と興奮気味に叫んだが、既に帰路についていたかなりの数の参加者は、この貴重な瞬間を見逃すことになった。

開始から3時間、セール終了まで会場に残った人たちは、おそらく空腹だっただろう。なぜなら、これまでのようにチーズ、クラッカー、ハムなどのつまみが振る舞われることはなく、テーブルには空のシャンパングラスだけが並んでいた。

これについてUS版ARTnewsがサザビーズのスタッフにたずねると、「マーケットの状況が変わったので」と、そっけない答えが返ってきた。(翻訳:清水玲奈)

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