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火事で「寿命が短縮」した絵画に保険金は支払われる? 有名コレクターが保険会社を提訴

2020年から22年にかけ、71点もの一流作品を売却していたことが最近明らかになった実業家でアートコレクターのロナルド・O・ペレルマンが、現在、火事に見舞われた絵画の保険金をめぐり、保険会社に対する訴訟を起こしている。その争点はどこにあるのか。

火災前のダイニングルームに飾られた著名アーティストの作品。左からサイ・トゥオンブリー《Untitled》(1971)、アンディ・ウォーホル《Campbell’s Soup Can》、ブライス・マーデン《Letter about Rocks #2》。Photo: New York State Supreme Court

問題の5作品は火事で本当に損傷を受けたのか

5月29日、マンハッタンのニューヨーク州最高裁判所で行われた略式判決の審議で、ジョエル・コーエン判事は、実業家のロナルド・ペレルマンが複数の保険会社に対して起こした訴訟の一部について裁判を行う決定を下した。ペレルマンは、持ち株会社のAGPホールディングスを通じ、ロイズとAIG傘下の業者など複数の保険会社を提訴しており、同判事は3つの申し立てに関して審議した。

ペレルマン側の提出書類によると、アンディ・ウォーホル作品2点、エド・ルシェ作品2点、サイ・トゥオンブリー作品1点の計5点の絵画について、2020年に損害保険金を請求したものの、支払いを拒否されたという。訴状では、ロングアイランドのイースト・ハンプトンにあるペレルマンの自宅(通称「ザ・クリークス」)に飾られていたこれらの作品は、2018年に起きた火災のために「力強さ」が失われ、「5点全部から輝きや深み、精細さ、個性が失われた」とペレルマンは主張している。一方、保険会社側は、作品には「火災によるものと特定できるような損傷は見当たらない」と反論した。

3つの申し立てのうち最も重要なのがこの点で、火災で実際に作品への損害があったかどうかが審議された。コーエン判事は、損害の有無が明確にならないことが裁判を行う決定に至った理由だと述べている。

ペレルマンの弁護団や、数年にわたる保険調査でペレルマンが雇った専門家たちの主張は、「目に見える損傷はないかもしれないが、火災にあったという事実だけで損害を受けたことに当たる」というもの。弁護団はまた、作品の科学的な分析を委託したサイエンティフィック・アナリシス・オブ・ファイン・アート社のジェニファー・マス社長の証言を提出。マスは、全ての作品は保護ケースに入っていたものの火災に関連する損傷を受けたとする一方、その損傷がどんなものかをはっきりと示すことはできないと説明。その上で、「火災が起きたことで、必然的に絵画の寿命が短くなった」と主張している。

2019年8月3日、ニューヨーク州イーストハンプトンのロナルド・ペレルマンの自宅で開催された第10回アポロ・イン・ザ・ハンプトンズのパーティに参加する俳優のアンドリュー・ガーフィールド(写真左)と作家のヴィト・シュナーベル。写真には火災後も部屋に飾られ続けるアンディ・ウォーホルとブライス・マーデンの作品が写り込んでいる。 Photo: Rebecca Smeyne/Getty Images

明らかな損傷が存在しないのに、どうして絵画が損傷を受けたと言えるのかというコーエン判事の質問に対し、ペレルマンの弁護団はマスの証言を用いて回答した。それによると、火災の炎と消火に使われた水が(通常の条件でも自然に発生する)化合物の形成を促進した結果、知覚も数値化もできない程度に絵画の寿命を縮めたという。判事はこれを受け、作品が本当に損傷を受けたかどうかを判断するにあたり、裁判で原告側と被告側双方の専門家による証言を求めるとした。

保険調査で明らかになった虚偽申告

残る2つの申し立ては保険調査に関するものだ。第2の申し立てで被告の保険会社は、ペレルマンが火災後、保険金請求をする前に多くの絵画を売ろうとしていた事実を隠しており、結果的に嘘をついていたのだから請求は無効だと主張している。保険会社側の弁護団は、ペレルマンが5作品の保険金を請求する前の2020年に、やはりTOP 200 COLLECTORSの1人である有力コレクターケン・グリフィンと、両コレクターを顧客に持つアートディーラーのラリー・ガゴシアンが「ザ・クリークス」を訪問した証拠を示し、その訪問の事実こそペレルマンが虚偽の申告をした裏付けになると強調した。

訪問の後、グリフィンは実際にペレルマンから複数の絵画を購入。そのうち1点は、ブライス・マーデンの《Letter about Rocks #2(岩についての手紙 #2)》で、3000万ドル(直近の為替レートで約47億円、以下同)だったとされる。この作品は火災の際、トゥオンブリーの作品や2点のウォーホル作品と同じ部屋に飾られていた。最終的に、この件についての申し立ては却下された。

第3の申し立てでペレルマンの弁護団は、保険会社の対応が不誠実であったとし、通常契約で定められている30日の期間を大幅に超えて調査を長引かせた上に、調査結果と請求を却下することはあらかじめ決まっていたと主張。それに対しコーエン判事は、「しかし状況は複雑であり、特別な考慮が必要だったと思いませんか」と弁護人に問いかけた。さらに、ペレルマンが問題の5作品について保険金請求を出すまでに火事から2年が経っていたことを指摘。この件についての略式判決を認め、事実上、保険会社は不誠実な行為をしていないとの裁定を出している。

保険契約の特殊な追加条項とは

この訴訟では、ペレルマンと保険会社との契約内容が一般的なものではないことがポイントになっている。ほとんどの場合、損傷した絵画は保険会社の費用負担で保存修復士による修復が行われるのみで、修理が絵画の価値に影響を及ぼす場合は、その差額が保険金によって支払われる。しかし、ペレルマンの契約には、保険価額の全額を受け取って損傷した絵画を保険会社に引き渡すことを選択できるという追加条項があり、その額が市場価格の4〜5倍になる場合もある。

作品の1つ、ウォーホルの《Campbell’s Soup Can(キャンベルのスープ缶)》の適正な市場価格は1250万ドル(約20億円)とされているが、保険価額は1億ドル(約157億円)にのぼる。また、トゥオンブリーの《Untitled(無題)》(1971)は、市場評価額5000万ドル(約70億円)に対し、保険価額は1億2500万ドル(約196億円)。このほか、ウォーホルの《Elvis 21 Times(エルヴィス 21タイムズ)》は保険価額7500万ドル(約118億円)、エド・ルシェの《Box Smashed Flat, Vicksburg(平く潰された箱、ヴィックスバーグ)》(1960-61)と《Standard Station(スタンダード・ステーション)》(1966)の保険価額はそれぞれ5000万ドル(約79億円)と6000万ドル(約94億円)となっている。

ペレルマンは、1985年に17億4000万ドル(約2730億円)で化粧品メーカーのレブロン社を買収したが、コロナ禍でサプライチェーンの混乱に見舞われた同社株は大幅に下落し、2022年に経営破綻。それに先立つ2020年から、ペレルマンはサザビーズのオークションやプライベートセールで、融資の担保にしていた優良作品71点を9億6300万ドル(約1512億円)で売却している。

2023年6月の米ブルームバーグの報道によると、「アートコレクション、イースト・ハンプトンの邸宅、航空機といったペレルマンの資産の債権者には、少なくとも9つの銀行が名を連ねていた」という。2020年に多数のアート作品やプライベートジェット、企業数社の株を売却したことについて、ペレルマンの広報担当者は「強制されたものではない」と発表していた。

しかし、別のブルームバーグの記事では、1996年にペレルマンに関する著書を出版したリチャード・ハックが単刀直入にこう言っている。

「彼は現金を必要としているのです」

(翻訳:清水玲奈)

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