アート・バーゼルが開幕! フェアの花形「アンリミテッド」セクションで必見の7作品
スイスのバーゼルを舞台に開催されるアートフェア、アート・バーゼルが始まった(6月12日はプレビュー、一般公開は13日~16日)。中でも大規模なインスタレーションが集結する人気の「アンリミテッド」セクションから、必見の7作品を紹介する。
1970年から続く老舗であり世界屈指のアートフェア、アート・バーゼルが始まった(6月12日はプレビュー、一般公開は13日~16日)。メイン展示はもちろんだが、通常ブースの限界を超えた大規模なインスタレーションやパフォーマンスが繰り広げられる「アンリミテッド」セクションも見どころだ。2000年から続くアンリミテッドは、毎年楽しみにしている人も多い。
スイスのアートスペース、Kunst Halle Sankt Gallenのディレクター、ジョバンニ・カルミネがキュレーションを務めた今回は、約1万6000平方メートルの会場で、76の展示のほか、セバ・カルフケオ、レスト・プルファー、アンナ・ウッデンベルグらによるライブ・パフォーマンスが行われる。そして今年初めての試みとして、来場者が気に入った作品を投票して選出する「ピープルズ・ピック賞」が設けられた。受賞者はフェア終了後に発表される。
今年は新作に加え、長年のアートファンには懐かしく、美術史的にも貴重な作品を見ることができるのも特徴。例えば、2015年のヴェネチア・ビエンナーレの台湾館に展示されたWu Tien-Changの《Farewell, Spring and Autumn》や、キース・ヘリングがフリーズに出品するため1984年に制作した長さ46メートルの作品、カール・アンドレの50ユニットからなる《Körners Repose》(1988)などだ。
以下、アート・バーゼルのアンリミテッドで展示されている作品の中から、US版ARTnewsが選んだ最も印象的な作品を紹介しよう。(各見出しは、アーティスト名/ギャラリー名の順に表記)
1. Christo/Gagosian(クリスト/ガゴシアン)
1963年2月、クリストとジャンヌ=クロードは、ドイツのデュッセルドルフにあるギャラリー・シュメラでの個展のためにセージグリーンのフォルクスワーゲン・ビートルを防水シートとロープで覆い《Wrapped Car (Volkswagen)》を制作した。この車はアートディレクターのクラウス・ハーデンから借りたもので、彼は展示後に車を元の状態で返すよう求めていた。数年後にハーデンは、これが人生において最悪の決断のひとつだったと認めている。 2013年、クリストはK20美術館でレクチャーを行うために再びデュッセルドルフを訪れた。そこで彼は、ハーデンの車に似たミント色の1961年製フォルクスワーゲン・ビートルを見つけて購入し、短命に終わった1963年の作品を再現することにした。2014年に完成した作品は、思わず足を止めてしまう存在感を放っている。
2. Chiharu Shiota/Templon(塩田千春/テンプロン)
ベルリンを拠点に活動し、今年9月には出身地大阪での大規模個展を控える塩田千春は、自身の経験から普遍的な問題まで幅広いテーマに取り組むアーティストだ。そのことは、天井から吊るされた総長150キロメートルにもなる赤い糸でできた《The Extended Line》(2023-24)を見れば一目瞭然だろう。糸を張って作られた雨は開いた手のブロンズ像に降り注ぎ、そこから何千もの白い紙が蝶のように空に舞い上がっている。 フロアのほぼどこからでも確認できるぐらい鮮烈なインスタレーションは、塩田のがんサバイバーとしての経験を伝えている。この作品について、彼女はステートメントで「私は、人間であるとはどういうことか?という誰もが生きている間に直面すると思われる疑問を投げかけていますが、私自身明確な結論には至っていません。ですが、私は、そうした問いかけを人々と共有することで生まれる強さを信じています。答えがないとはいえ、人生における苦しみ、後悔、喜びは共通なのです」と説明する。
3. Bettina Pousttchi/Buchmann Galerie(ベッティーナ・プストッキ/ブッフマン・ギャラリー)
ドイツ人アーティスト、ベッティーナ・プストッキの 「Vertical Highways」シリーズに使用されているのは交通整理用の防護柵だが、警官が見てすぐにそれと理解出来るかどうか私には分からない。このような既製品の再利用は、マルセル・デュシャンによって打ち立てられた「レディ・メイド」の文脈を汲んでいるが、彼女は単に防護柵を再提示するだけではない。この高さ1メートル50センチの作品は、通常は横長に広げて設置することで公共空間の秩序を保つ防護柵を縦にし、全体を意図的に歪ませている。「この作品は三姉妹なのです」とプストッキは言う。1つは、このシリーズにとって最も居心地が良いであろうベルリンの駅にあり、残りの1点はアーティストが倉庫に保管している。
4. Kresiah Mukwazhi/Jan Kaps(クレシア・ムクワジ/ヤン・カプス)
ジンバブエの若手アーティスト、クレシア・ムクワジは、生まれ故郷の郊外でストライキを繰り返すセックスワーカーたちをテーマにした作品《Nyenyedzi nomwe(プレアデスの七姉妹)》(2024)を発表した。千本以上の伸縮性のあるストラップや布地、使用済みのブラジャーの留め具などで構成された約8メートルにも及ぶ作品は、女性の身体を残酷に拘束する家父長制に対する挑戦だ。作品タイトルは、ギリシャ神話に登場する、レイプされないよう星に変えられてしまった7姉妹を象徴するプレアデス星座にちなんでいる。ムクワジは、虐待され、暴力を受け、周縁化された地球上のすべての女性を守る方法として、そして「神聖な女性の力を回復し、世界を癒す」ために、これらの神話上の人物をここに召喚したのだ。
5. Ali Cherri/Almine Rech(アリ・チェリ/アルミン・レッシュ)
上映室の入り口の前には、武装した2人の男性と従順な(あるいは遊び好きな?)犬の泥でできた彫刻が立っている。上映室では、レバノンのアーティストで映画監督でもあるアリ・チェリによる4部作の最終話『ザ・ウォッチマン』(2023年)の映像が流れている。この非常に美しい26分間のビデオでは、ブルート軍曹という人物が、決して現れることのない敵を待ちながら、監視塔の上で孤独な夜を過ごしている。チェリは、国に奉仕する義務があるという考え、つまり、より広い意味での戦争のレトリックに深く根ざした考えを覆そうと試みる。ブルートの努力には、シーシュポス(ギリシア神話に登場する人物で、コリントスの王。徒労を意味する「シーシュポスの岩」で知られる)の苦闘を思い起こさせ、彼からすべての英雄性を奪っている。同様に、上映室の入り口を警備している兵士たちも、見た目ほどタフではない。
6. Ryan Gander/ Lisson Gallery(ライアン・ガンダー/リッソン・ギャラリー)
「アンリミテッド」セクションの真ん中には、誰も進んで入ろうとはしないオフィスのようなスペースがある。しかし、VIPプレビューがオープンした30分後には人だかりができ、デスクの下に隠れたメスゴリラの写真を撮るしゃがんだ人々で溢れかえっていた。「生きている!」と、ゴリラが動いていることに気づいた若者が叫んだ。幸いなことに、それはただのアニマトロニクス(動物や架空生物の形と動きを精巧に再現したロボット)の彫刻だったのだが、それでも、ゴリラが発する低いうめき声とくねくねと動く手足の指が、この動物を実にリアルに見せている。この作品の解説によれば、ブレンダと名付けられたゴリラは仕事をし、資本主義に奉仕するために必要なスキルである数の数え方を学んでいるのだという。《School of Languages》(2023)と題されたこのインスタレーションには、「かすかな湿気と尿の匂い」を吹き付ける扇風機も含まれるが、正直言って、とくに何も匂わなかった。
7. Henry Taylor/Hauser & Wirth(ヘンリー・テイラー/ハウザー&ワース)
別の角を曲がると、革ジャンを着た頭のない多数のマネキンが、「戦争を終わらせ、人種差別を止めろ!」「ブラックパンサーを支持しろ!」というスローガンが書かれた壁の前にずらりと並んでいた。ブラックパンサーは、1966年から1982年にかけてアメリカで黒人民族主義運動・黒人解放闘争を展開していた急進的な政治組織だ。ロサンゼルスが拠点の具象画で知られるアーティスト、ヘンリー・テイラーが今回発表したインスタレーションは、ブラック・パンサー、とりわけその党員であった兄ランディへのドラマティックなオマージュだ。テイラーは、この作品を初めて発表したロサンゼルス現代美術館(MOCA)での展示の際に、フリーズ誌に「彼は私たち全員の政治意識を高めてくれた」と語っている。「そして私は、彼の読んだものはすべて読みました。なぜなら、私も彼のようになりたかったからです」
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