アート・バーゼルと同時開催! 新進ギャラリーが集まる「リスト・アート・フェア」で必見の6ブース
アート・バーゼル開催中には、スイス・バーゼルで様々な小中規模のフェアが同時開催されている。中でも注目すべきは、若手ギャラリーに特化した「リスト・アート・フェア」(6月16日まで)。エッジの効いた作品が集結する同フェアから、US版ARTnewsがベスト6を紹介する。
アート・バーゼルと同会場で開催されている「リスト・アート・フェア」(6月16日まで)は、若手ギャラリーがよりエッジの効いた作品を持ち寄る、まさに未来のアート界を占うアートフェアと言える。それは裏を返すと、まだ実績の少ないアーティストの作品を世に出す実験的な場ともいえ、同フェアに出展するギャラリーからは、昨今の市場の低迷による売り上げの不調を懸念する声も。それゆえ、展示のラインナップが保守的になっていると指摘する来場者もいた。しかし実際には、フェア3日目の13日には予想以上の好評を得たという意見が多く聞かれた。
同フェアが始まった6月10日、新アーティスティック・ディレクターにニコラ・ディートリッヒが就任するというニュースも飛び込んできた。彼女はドイツのケルニッヒャー・クンストフェラインのディレクターであり、バーゼル美術館の現代美術部門長を務めた人物だ。
35カ国から91のギャラリーが参加した2024年の展示の中から、US版ARTnewsが選んだベストブースを紹介しよう。(各見出しは、アーティスト名/ギャラリー名の順に表記)
1. Edith Karlson and Flo Kasearu/Temnikova & Kasela(イーディス・カールソン、フロ・カセアル/テムニコワ&カセラ)
エストニアのタリンを拠点とするテムニコワ&カセラのブースにそびえるのは巨大なシャンデリア。よく見ると、胸や脚、顔など人体のパーツを象った陶のレリーフで構成されたものだと分かる。これは、タリンを拠点に活動するイーディス・カールソンが「出産」のメタファーとして制作した彫刻《Doomsday》(2017-24)だ。レリーフは、自身の身体を型取りしたという。今年のヴェネチア・ビエンナーレにエストニア代表として参加しているカールソンは、そこでも母性と子育て、そして身体の変化をテーマにした作品をいくつか発表している。
同じくタリンを拠点に活動するアーティスト、フロ・カセアルは、自宅の模型を「石鹸」で制作した大きな彫刻作品を出品した。そのうちの1つはシンクの中に置かれ、蛇口から流れ落ちる水に打たれている。そのほか、UFOに照らされた重厚な美術館が崩れ落ち、今にも消え去りそうな様子を描いた「ディストピア」的なドローイングも印象深かった。
2. Louis Morlæ/Rose Easton(ルイス・モルレ/ローズ・イーストン)
ローズ・イーストンでは、ロンドンを拠点に活動するアーティスト、ルイス・モルレが3Dプリンター、そしてCNC木工機械を駆使して制作した新作彫刻5点を発表する展覧会「Purgatorio」を開催していた。いずれも一種の有機的な質感を持っており、一見アバターのような未来的な生き物を連想させる。だがそれぞれに異なる美学や制作方法、美術史上の文脈を持っているため、見れば見るほど深みを増していく。また、多くの作品にはユーモアがあり、特に排水溝などの隙間からまるで球根のように鼻が覗いている作品は、ヒエロニムス・ボスやピーテル・ブリューゲル(父)の絵画に描かれた人物像から引用されているのが分かる。
3. Abi Shehu/Voloshyn Gallery(アビ・シェフ/ヴォロシン・ギャラリー)
1993年にアルバニアに生まれたアビ・シェフは、幼少期に同国の独裁者、エンヴェル・ホッジャが失脚し、一家で亡命を試みた経験を持つ。展示されていた力強いマルチメディア・インスタレーション《See, once more the stars》には、その経験が反映されている。インスタレーションはアルバニアのヴョサ川沿いの洞窟を撮影した大きなモノクロ写真を取り囲むように、歪んだ土の彫刻が配置されているという構成で、モノクロ写真は亡命の厳かな旅のメタファーだ。土の彫刻1つひとつには「入れ歯」が入れられており、それは、彼女の父親が逃げようとしたときに警察に歯をへし折られたことを暗喩している。また、廃墟と化したアルバニアのスパチ政治刑務所の壁に描かれた落書きの写真から作られた、一連のビデオ・アニメーションも展示されている。
4. Melissa Joseph/Margot Samel(メリッサ・ジョセフ/マーゴット・サメル)
メリッサ・ジョセフは、まるで羊毛を絵の具のように扱いフェルトの彫刻を制作するアーティスト。今回は、古い救急箱や拾ったアコーディオンをフレームにして、家族や友人、ミュージシャンの写真をフェルトで表現した作品を数点発表している。フェルトで描かれたこれらのイメージは奥行きとリアリティを欠くが、豊かな表現力を備えている。輪郭は曖昧で、人物を認識するのに時間がかかることもある。ジョセフはかつて、US版ARTnewsに「幼い頃、近くに美術館もなければファインアートに触れる機会もありませんでした」と語っているが、彼女の家族は陶芸、キルト、クロスステッチなどの工芸品を作っていた。彼女はこうした家族の伝統と記憶を羊毛にぎゅっと絡ませ圧縮して容器に詰めることで、保存しているのだ。彼女は言う、「まるで、そうすれば安全でもあるかのように」。
5. Brian Dawn Chalkley/ Lungley Gallery(ブライアン・ドーン・チョークリー/ラングレー・ギャラリー)
ブライアン・ドーン・チョークリーは、1980年代から90年代にかけて「ドーン」名義で活動し、ロンドンのトランス・クラブシーンの中心的存在だった。また、パフォーマンス・イベント「サロン」を主催していたことでも知られる。以後、数十年にわたってジェンダーというテーマを探求してきたアーティストだが、ギャラリーによれば、チョークリーが「ドーン」を自分の分身として受け入れたのは1996年のこと。すぐに、その変化をアート活動に取り入れるようになり、画家として出発したチョークリーだが、今回はコットンの枕カバーをキャンバスに、鮮やかで非現実的な情景を刺繍で表現している。チョークリーの巧みな技術によって、縫い糸の線は刺繍ではなく、マーカーで落書きしたかのように見える。夢を見ているような、あるいは記憶の1シーンのようなこれらのタブローの多くに、チョークリーはテキストを用いている。その中には、「Antonin Artaud on the beach(海辺のアントナン・アルトー)」や「Wolf men having a break from Freud(フロイトと一息ついている狼男たち)」などといった解読しやすいフレーズもある。
6. Sevina Tzanou/Kendall Koppe(セヴィナ・ツァヌー/ケンダル・コッペ)
今回のアート・バーゼルが開幕してから、「リスト」を「無難」と呼ぶ声も聞かれるが、それが意味するのはおそらく、フェアに出品される作品の多くが絵画作品であり装飾的であるということだろう。しかし今回の「リスト」には、無難と呼ぶにはあまりに印象的で力強い絵画作品がいくつかある。ギリシャ人アーティスト、セヴィナ・ツァヌーの鮮やかな油彩とアクリルの作品はその好例だ。ツァヌーの作品を一度でも見た人は、きっと心を鷲掴みにされるに違いない。ドイツのボンを拠点に活動するこの作家は、バーレスク・ダンサーやドラァグクィーンたちの退廃的なシーンや、迫りくる悪夢と混沌のはざまにある日常生活を描いた作品を発表している。ツァヌーの表現は、どこまでも自由で豊かだ。絵筆をささっと優雅に動かしただけで(少なくともそう見える)、ツァヌーはテーブルの上に乗せた骨ばった手(その先端は赤く尖っている)を描き出してしまうのだ。絵画はとても詩的であり、まったく新しい物語を紡いでいる。
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