ARTnewsJAPAN

NYでアーティストの子育て支援がスタート。年間約400万円の助成金で「キャリアに空白期間を作らない」

ニューヨークで、子育て中のアーティストのための助成金プログラムがスタートした。非営利団体「Artists & Mothers(アーティスツ&マザーズ)」が運営する同名のプログラムは、ニューヨークを拠点にアーティスト活動をする母親を対象に育児費用の援助を行う。この助成金発足の経緯や第1回の対象アーティスト、そして資金調達などの運営面について取材した。

育児支援の助成対象に選ばれたアーティスト、カリッサ・ロドリゲスの映像作品《Imitation of Life (04/09/24)》(2024)のスチール画像。Photo: Courtesy the artist

ニューヨークの非営利団体「Artists & Mothers(アーティスツ&マザーズ)」を創設したのは、アーティストのマリア・デ・ヴィクトリアとアートコンサルタントのジュリア・トロッタ。トロッタによると、2人は以前から「子を持つ母であるアーティストを支援する仕組みついてアイデアを練っていた」という。

当初のアイデアは、スタジオと託児所を提供するレジデンスプログラムのような形にしようというものだった。しかし、「インパクトを最大化できる方法、人々が本当に必要としていることは何かを煮詰めていったところ、託児所やベビーシッターなど個々のニーズに合わせられるチャイルドケアサービスへの助成が最適なのではないか」という結論に達したとトロッタは振り返る。

助成金の額は、ニューヨークでフルタイムの保育サービスを1年間利用した際にかかる平均的な費用に基づき、年間2万5000ドル(400万円弱)。トロッタはこれを実現したことについて、こう胸を張る。

「やるからには本当に意味のあるものにしたいと考えました。これはかなりの金額だと思います」

記念すべき第1回の助成対象者に選ばれたのは、写真・映像・彫刻などの作品を手がけるカリッサ・ロドリゲス。今後1年間にわたって助成金を受け取ることになる彼女は、声明で次のように述べている。

「社会的再生産──もっと簡単に言うならば、人々を家族やコミュニティとして結びつけるケアワーク──が、アートを可能にする重要な要素だと認識してくれたアーティスツ&マザーズに感謝します。私たちの多くがケアワークをめぐる危機的状況に直面していますが、それに対処しようとするこのプログラムは、アート界で長い間見過ごされてきた問題に光を当て、多くの人々が待ち望んでいた支援を提供するものです」

アーティストのカリッサ・ロドリゲス。Photo: Courtesy the artist

成功の機会を子育てで諦めないために

ロドリゲスは、アート界のさまざまな構造と、それらがどのように創作活動を促進しているかを考察するリサーチベースの作品で知られるアーティストだ。また、リーナ・スポーリングス・ファイン・アート(Reena Spaulings Fine Art)というアートコレクティブの創設メンバーの1人として、10年以上にわたり同団体とのコラボレーション活動を続けている。

代表作の1つである《The Maid(メイド)》(2018)は、ニューヨーク・クイーンズの非営利アート団体、スカルプチャーセンターからの依頼を受けて制作された映像作品で、2019年のホイットニー・ビエンナーレをはじめアメリカ各地で展示された。その中でロドリゲスは、シェリー・レヴィーンの「Newborn(新生児)」という抽象彫刻シリーズを取り上げている。美術館や個人コレクターの家など、さまざまな場所に置かれた彫刻を撮影し、同じ1日の中で別々の環境にあるそれらがどう存在しているかを描いた作品だ。

5月には、ヨーロッパの美術館での初個展「Imitation of Life(生命の模倣)」が、ドイツ・ミュンヘンにあるクンストフェライン・ミュンヘンで始まった(8月18日まで)。この展覧会には第一子が生れた年にロドリゲスが制作した新作映像作品が展示されているが、トロッタによると、必ずしも母性をテーマとした作品を制作することが助成金の条件になるわけではない。

トロッタはまた、この展覧会がロドリゲスのキャリアにおいて「重要な転換点」になるだろうと指摘。そうしたタイミングも、この助成金の受賞者を選ぶ際の重要な基準の1つだとして、彼女はこう説明した。

「多くの場合、アーティストが子どもを持つのはキャリアの最初期ではなく、ある程度の成功を収めて注目され、軌道に乗り始めた頃です。まさにこれからという時に、人生においてもう1つの非常に重要かつ時間と労力のかかる要素が加わります。そんな中でもアーティストたちがキャリアに空白を作ることなく仕事を続け、チャンスを活かして注目に応えられるよう支援したいのです」

助成金の対象をニューヨーク在住のアーティストに絞った背景には、この街で子育てをしたアーティスツ&マザーズ創設者たちの体験がある。ケアサービスにかかる費用も含め、「この街で子育てをする莫大なコスト」を考慮に入れながら、さまざまな決断をしなければならないのだとトロッタは言う。

ニューヨーク市には3歳からの無料保育プログラム「3-K」がある。そのため、今のところ助成対象者は3歳未満の子どもを持つアーティストに限定されているが、対象をより幅広い年代の子どもを持つ母親へ広げられるよう、組織の成長とともにプログラムの拡充を検討していきたいとトロッタは抱負を述べた。

カリッサ・ロドリゲスの映像作品《Imitation of Life (04/09/24)》(2024)のスチール画像。Photo: Courtesy the artist

「ケアの心で業界をリードする」支援者たち

デ・ヴィクトリアとトロッタは、自分たちの構想を実現するにあたり、アーティストのカミーユ・アンロとマイア・ルース・リー、ギャラリストのブリジット・ドナヒュー、コミュニケーションストラテジストのサラ・グーレット、出版社の共同設立者エリザベス・カープ=エヴァンスなど、アート界の専門家たちからなる諮問委員会を組織した。彼女たちについてトロッタは、「ケアの心を持って業界をリードする」重要人物だと評している。

また、創設者を含む理事会のメンバーは、全員がボランティアとして活動しながら積極的に資金集めを行っている。第1回目である2024年の助成金にはアーティストのニキ・ド・サンファルが設立したニキ・チャリタブル・アート財団が資金を提供し、2025年の助成金はジェームズ・ファミリー財団が支援。そのほか、アーティストのサム・モイヤー、ヒラリー・ペシス、アーリーン・シェシェ、キュレーターのルミ・タン、ローリング・ランドルフ、キャロリン・ラモ、アートディーラーのハンナ・ホフマン、マーサ・モルドヴァンらも資金提供者に名を連ねている。トロッタは寄付金集めについてこう語った。

「とてもシンプルなミッションなので、すぐにその意義を理解してもらえますし、世の中には支援を必要としている人が大勢います。そして、当然ながら、より多くの資金を集められれば、より多くの助成金を出せるようになります」

初年度の助成金プログラムは試験的に企画されたもので、次年度以降は別の形で進めていくことになる。初回は、決定プロセスを迅速化するために諮問委員会がアーティストを推薦し、その中から受賞者を選出する方法を取った。「少しでも早くプロジェクトを立ち上げたいという思いがあった」からだ。

今後は公募された中から匿名の審査員が選考を行い、2025年には少なくとも2名のアーティストに助成金が与えられる予定だが、3名に増える可能性もある。委員会や推薦者は「どのアーティストが子どもを持っているのか把握しているわけではない」ため、公募制にすることが重要で、それによって幅広い人々にリーチすることができるとトロッタは述べ、こう続けた。

「このプログラムに応募しようという人は皆、仕事と家庭を両立させるために多忙を極めているはずなので、手続きが煩雑にならないよう配慮するつもりです」(翻訳:野澤朋代)

from ARTnews

あわせて読みたい