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映画『ブーリン家の姉妹』ゆかりのヒーヴァー城が当時の姿に。悲劇の王妃アンが暮らした空間を再現

ロンドンの西約32kmに位置するヒーヴァー城は、13世紀に建てられ、後にブーリン家の主要な居城となった。チューダー朝第2代のイングランド王ヘンリー8世(1491-1547)の6人の妻の中で最もよく知られるアン・ブーリン(1501-1536)の生家としても知られているが、このほど、城内のインテリアが当時そのままに復元された。

アン・ブーリンの生家であるヒーヴァー城。Photo: Nik Wheeler/Corbis via Getty Images

王の寵愛をめぐるブーリン家のアンとメアリー姉妹の確執と数奇な運命、そして絆を描いた映画『ブーリン家の姉妹』でナタリー・ポートマンが演じたのが、のちにエリザベス一世の母となるアン・ブーリンだ(アンの妹で王に最初にみそめられたメアリー役は、スカーレット・ヨハンソン)。

そんなアンの生家として知られるのが、イギリス・ロンドンから30kmほどの場所にあるヒーヴァー城。荘厳な二重屋根が特徴的なこの城は、アンの曽祖父ジェフリー・ブーリンが1462年に取得し、1505年に彼女の父トーマスが相続した。

アンは1513年にベルギーのメヘレンにあったオーストリア公女マルグリット・ドートリッシュの私設学校に送られるまで、幼少期のほとんどをこの城で過ごした。その後フランス宮廷に移り、1522年にイングランドに戻ったアンは、ヘンリー8世の最初の妻キャサリン・オブ・アラゴンの侍女となった。1526年、王はアンを誘惑し始めたが、彼女は愛人になることを拒み、宮廷生活のドラマから逃れるためにしばしばヒーヴァー城に逃げ込んだ。

当時の様子を、ヒーヴァー城の歴史家兼学芸員補佐のケイト・マカフリーは、アートネットに次のように語った。

「1520年代に国王との関係が熱を帯び始めると、アンは宮廷の詮索好きな目から逃れる場所としてヒーヴァー城を利用しました。ヘンリーがアンに送ったことがわかっている17通のラブレターのうち、数通はここに送られているのを確認しています。ヘンリーは手紙を書くのが嫌いだったので、当時彼はかなり頑張っていたのでしょう」

アンはおそらく、最上階の寝室でこれらの手紙を読み、返事を書いたのだろう。アンはヒーヴァーでヘンリーとの結婚を決断し、イギリスの歴史を劇的に変えた。国王はキャサリン妃との離婚を成立させるためにイギリス国王を教会の首長とする宗教改革を断行、イギリス国教会を創始するなど、多くの犠牲と長い年月を費やしたことは有名だ。アンとヘンリーは1532年に密かに結婚し、その後1533年に正式な結婚式を挙げた。こうしてアン・ブーリンは同年にイングランド女王の座に就いたが、その後、姦通罪、近親相姦罪、魔術を用いた罪で逮捕され、無実を訴えたにもかかわらず有罪となり、1536年に斬首された。

そんなアン・ブーリンとも縁の深いヒーヴァー城を当時のままに蘇らせようと、歴史家と学芸員による5年にわたる研究プロジェクトが実施された。これには、1903年にこの城を購入したアメリカの大富豪ウィリアム・ウォルドーフ・アスターの貢献が大きかったという。当時彼は職人に依頼して可能な限りチューダー朝やエリザベス朝の職人たちと同じ材料や道具を使って城を修復・拡張させていたのだ。研究プロジェクトの中で、建築史家のサイモン・サーリー博士は、ヒーヴァー城が16世紀から構造的に変わっていないことを突き止めた。その上で専門家チームは、アンの時代の邸宅の正確な内容を記録した目録がない中、同時期に活躍した画家ホルバイン(1497-1543)の絵画などを参考にしながら当時の典型的なインテリアを復元した。

子ども部屋には壁一面に鮮やかな緑と赤のカーテンが掛けられ、寝室には騎士や馬が描かれたタペストリーが張り巡らされている。「私が驚いたのは、裕福なチューダー朝の人々がどれほど多くの色彩と活気に囲まれて暮らしていたかということです」とマカフリーは言う。また、今回のプロジェクトに携わった研究者たちは、チューダー朝時代のテーブルの上には絨毯が敷かれていることが多かったということ、そして、貴族でさえ、現代人よりずっと少ない家具で暮らしていたことに驚いたという。

今回のプロジェクトついてマカフリーは、「私たちは、部屋を通して当時にタイムスリップするような体験ができるよう心がけました。例えばスイートルームに一歩足を踏み入れると、床一面に500年前と同じ種類のハーブで編んだござが敷いてあり、そこから素晴らしい香りが漂ってきます」と説明する。ヒーヴァー城は現在、見学のほか、宿泊することも可能だ。同城には、「ナショナル・ポートレート・ギャラリーに次ぐ、肖像画の最高のコレクションのひとつ」と評されるチューダー朝期の24枚の肖像画や、アン・ブーリンが所有し、彼女の碑文と署名が記された2冊の祈祷書も展示されている。

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