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ニューヨーク近代美術館(MoMA)の次期館長は誰!? US版ARTnewsが後任を徹底予想!

2025年に退任することがわかったニューヨーク近代美術館(MoMA)のグレン・ローリー館長。その直後から、後任に関する噂が絶えない中、US版ARTnewsでは、これまでの実績とMoMA館長としてのポテンシャルから、後任候補の顔ぶれを予想した。

ニューヨーク近代美術館(MoMA) Photo: Corbis Miguel J. Rodríguez Carrillo/VIEWpress via Getty Images

ニューヨーク近代美術館(MoMA)で30年にわたり館長を務めてきたグレン・ローリーが来年退任する。このニュースを最初に伝えたニューヨーク・タイムズ紙にローリーは、「ここに居座ることはしたくなかった」と語っている。ただ、ローリーの退任は、ニューヨークのアート界に大きな課題を突き付けることになった。1990年代半ば以降、次期館長の人選をしていないこの由緒ある美術館が、新たな時代を迎えるにあたり誰を後任に選ぶかという問題だ。

ローリーのリーダーシップで、MoMAは規模もビジョンも大幅に拡大した。2000年にクイーンズの現代アートセンター、PS1がMoMAに統合され、本館の展示スペースも大幅に拡張。また、MoMAへの寄付金額も、ローリーの館長就任以来、8倍に増加した。2019年のリニューアルでは全館で大幅な展示替えを行い、これまでとは大きく異なる鑑賞体験を提供できるよう改革した功績も大きい。

こうして成長と変化を続けてきたMoMAを率いることになる後任の館長には、大きな責務がのしかかる。では、誰がローリーの後を引き継ぐのか? 1929年の創設以来、MoMAの歴代館長は白人男性のみ。つまり、ローリーがトップの座を退くことで、MoMAにはその歴史を変えるチャンスがある。だが、そのほかの点については不確実な要素が多い。

次期館長になるのは現代アートの専門家だろうか? それとも、就任前はイスラム美術の研究者だったローリーのように、別の分野の専門家が就任するのだろうか? もしかしたら、美術館での勤務経験がない人物かもしれない。たとえば、最近グッゲンハイム美術館では大学の副学長を館長に迎えたが、MoMAがそれに続く可能性もある。

以下、US版ARTnewsが予想するMoMAの次期館長候補5人を紹介しよう。各候補者について、これまでの業績と後任候補に選んだ理由をまとめている。

テルマ・ゴールデン

テルマ・ゴールデン Photo: Disney/Getty Images

テルマ・ゴールデンは、アフリカ系アーティストの作品に特化したニューヨークの美術館、スタジオ・ミュージアム・イン・ハーレムの館長兼チーフキュレーターとして、数々の革新的な活動を続けてきた。この美術館で何世代ものアーティストやキュレーターを育てただけではなく、新しいスタイルの発展にも貢献している。よく知られているのが、黒人であることそのものを明確なテーマとしない「ポスト・ブラック・アート」という概念を提唱したことだ。スタジオ・ミュージアムに入る前、やはりニューヨークのホイットニー美術館でキュレーターを務めていたときには、1994年の展覧会「Black Male: Representations of Masculinity in Contemporary American Art(黒人男性:アメリカの現代アートにおける男性性の表象)」で賛否両論を巻き起こしている。

ローリー館長がMoMAとスタジオ・ミュージアムとの関係強化を重視してきたことから、後任として最も有力視されているのがゴールデンだ。2010年代後半にメトロポリタン美術館(MET)が新館長を探していたときも、ゴールデンは候補者として取り沙汰されている。結果的にマックス・ホレインがMETの館長になったが、候補に名が挙がった裏には、ゴールデンなら大役を任せられると考える有力な美術館理事たちがいたはずだ。

しかし、ゴールデン側がMoMAのオファーを引き受けない可能性もある。現在スタジオ・ミュージアムは新館を建設している最中だが、美術館の館長は通常、拡張工事中はそのポストを離れないという不文律がある。新館の完成までは、ゴールデンが現在の職場を後にすると考えるのは現実的ではないかもしれない。

ジェシカ・モーガン

ジェシカ・モーガン Photo: Don Stahl

現在ジェシカ・モーガンは、ニューヨーク郊外の現代美術館、ディア・ビーコンなど複数のスペースを運営するディア芸術財団のディレクターを務めている。同財団では長年、白人男性のアーティストによるミニマル・アートに対象を絞っていたため、結果としてそれ以外の作家が除外されてきた。モーガンはディアの所蔵作品とプログラムに何が欠けているかを明確にし、それを埋めるために積極的な働きかけを行っている。近年はその成果として、コロンビアの先住民にルーツを持つデルシー・モレロス、映像作家で映画監督のスティーヴ・マックイーン、デトロイトテクノの代表的ミュージシャンであるカール・クレイグといった多様なアーティストに大規模なコミッションワークが委託された。なお、ディアのディレクターに就任した2014年以前は、イギリスのテートで10年以上キュレーターを務めていた。

独自の感性を生かして所蔵作品の幅を広げてきたモーガンの実績は、大幅な展示替え以降のMoMAの理念とシンクロする。また、MoMA館長のようなポジションの必須条件ではないが、美術史の専門知識が豊富なことも見逃せない。それを裏付けるように、これまで彼女が企画した展覧会では、過小評価されてきたアーティストに焦点を当て、ポップ・アートのムーブメントをグローバルな視点から見直し、戦後ドイツで最も影響力のある作家の1人とされるマーティン・キッペンベルガーなどの再評価を行っている。さらに、ヨーロッパでMoMAに匹敵する美術館であるテート・モダンで要職に就いていた経験も貴重だ。ただし、過去10年間ディアでの活動に没頭してきた彼女に、新たなポストへの異動を説得するのは簡単ではないだろう。

レベッカ・ラビノー

レベッカ・ラビノー Photo: Selcuk Acar/Anadolu Agency/Getty Images

METに26年間在籍していたレベッカ・ラビノーは、2016年に同館の現代アート部門キュレーターを退き、自身のルーツである南部に戻ってヒューストンのメニル・コレクションの責任者に就任した。メニル・コレクションは、20世紀半ばに活躍したイヴ・タンギー、マックス・エルンストジャクソン・ポロックマーク・ロスコらの作品を所蔵するテキサス州で最も権威のある文化施設の1つだ。ラビノーは、METでキュビスムとマティスの展覧会を企画して注目を浴びた経験を活かし、メニル・コレクションを現代にふさわしい美術館に変革・拡大させた。2018年には1億2100万ドル(現在の為替レートで約170億円、以下同)の資金を集めてメニル・ドローイング・インスティテュートを開設したほか、財団の基金を5000万ドル(約70億円)増額させている。

長年METに勤務していたラビノーはニューヨークの有力なパトロンたちと親交があり、この点でMoMAの館長として適任だと言える。また、METのモダンアート部門を強化した実績があるため、MoMAでも同じ貢献ができると見られている。さらに、MET在職中の2014年には、化粧品業界の重鎮であるレナード・ローダーの40年来のアートコレクションを一般に公開する画期的な展覧会を実現した(ローダーは前年の2013年にこのコレクションをMETに寄贈している)。メニル・コレクションでも同様の展覧会を実施しているラビノーの強みは、まさにここにある。長年、個人が慈しんできたアートコレクションを美術館で公開する機会は滅多になく、それを経験したことのある同業者は少ないからだ。

フランクリン・サーマンズ

フランクリン・サーマンズ Photo: Jason Koerner/Getty Images for PAMM

フランクリン・サーマンズは、ヒューストンのメニル・コレクションで近現代アートのキュレーターを務め、ニューオーリンズのプロスペクト・トリエンナーレの企画に携わったのち、2010年にロサンゼルス・カウンティ美術館(LACMA)の現代アート部門長兼キュレーターに着任。2015年にペレス美術館マイアミ(PAMM)の館長に抜擢され、現在に至る。サーマンズが就任する前のPAMMは、基金額の目標として掲げていた7000万ドル(約98億円)を大きく下回る資金不足が慢性化しており、歴代の館長は状況改善に苦労していた。PAMMの理事会がサーマンズを館長に選んだのも、重要なパトロンを見つけてくることを期待していたからだ。彼はLACMAで成功した手法を応用し、現代アート作品の取得を目指す委員会を立ち上げてパトロンを集め、見事その期待に応えている。

サーマンズは、PAMMの財政面を安定させるという約束以上のことを成し遂げ、寄付金額の増加に貢献した。また、ブラック・アートとラテンアメリカ系アートの作品をコレクションに加えるために設立された2つの基金によって、PAMMの知名度を大きく高めている。MoMAも近年、こうした分野のコレクションを充実させようとしていることから、サーマンズも有力な館長候補になりそうだ。

コートニー・J・マーティン

コートニー・J・マーティン Photo: Paul Bruinooge/Patrick McMullan via Getty Images

コートニー・J・マーティンはこの2月、ニューヨークのロバート・ラウシェンバーグ財団のエグゼクティブディレクター(MoMAのアソシエイトディレクターだったキャシー・ハルブライヒが務めていたポスト)に就任した。ラウシェンバーグ財団の前は、イェール大学ブリティッシュ・アート・センターのディレクターを務め、ブリジット・ライリー、マーク・クイン、ジデカ・アクーニーリ・クロスビーなどの展覧会を開催。同センターのコロナ禍後の再オープンを指揮した。さらに、ニューヨークのディア芸術財団でチーフキュレーターと副館長を務めていたときには、1960年代のミニマル・アートが中心だった同財団のプログラム刷新に取り組み、それ以降の時代の作品を取り上げる機会を増やしている。

マーティンはまた、ブラウン大学やヴァンダービルト大学などで教鞭をとった経歴の持ち主だ。学術界での経験は美術館館長としての必要条件ではないものの、美術史研究における美術館の役割について深い理解があることは評価の対象となるだろう。さらにマーティンは、博士号を取得しているほか、20世紀イギリス美術に関する著作もある。一般市民と美術史家双方との関係を強化しようとするMoMAにとって、マーティンは特に大きな貢献ができそうだ。(翻訳:清水玲奈)

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