速報!2024年フリーズ・ロンドンは良作揃い。必見の6ブース
10月10日、ロンドンのリージェンツ・パークを会場にフリーズ・ロンドンがスタートした(10月13日まで)。今年は世界各国から169ギャラリーが参加した。良作揃いという今年のフェアから特に注目の6ブースを紹介する。
ロンドンのリージェンツ・パークを会場に、今年で21回目となるフリーズ・ロンドンが始まった(10月13日まで)。同フェアはサッカーコート6面分に相当する緑豊かな公園を舞台に開催される。今年は芸術監督であるエヴァ・ラングレが会場のテントを全面改装し、大きな窓や木々の梢の間にあるエントランスなど、ロケーションの魅力を最大限に引き出した。
9日に行われたVIPプレビューは満員というわけではなかったが、通路には活気があった。まるでハロウィンのトリック・オア・トリートのように4人から5人のグループが、アートディーラーが掘り出し物を持ってきてくれることを期待しながら、あるブースに立ち止まり、すぐに次のブースへと移動していた。彼らが簡単な挨拶の後に話題にするのが「アートバーゼル・パリには行くのか?」だ。フリーズ・ロンドンの翌週、10月18日から20日までお隣のフランス・パリでは「アートバーゼル・パリ」が初開催される。多くの人がアート・バーゼルによる新参のフェアに対してフリーズ・ロンドンが独自性を保てるかどうかについて注目しており、「両方のフェアに行く」という意見も多い。
様々な懸念があるが、今年のフリーズ・ロンドンは各ギャラリーが時間をかけて見る価値のある商品を持って参加したということをお伝えしたい。その中でも特にじっくり見てほしい6つのブースを紹介する(各見出しはアーティスト名/ギャラリー名の順に表記)。
1. Noé Martinez/Patron(ノエ・マルティネス/パトロン)
フリーズ・ロンドンは、今年新しいセクション「スモーク(Smoke)」を設けた。これは、ロサンゼルスのハマー美術館のキュレーター、パブロ・ホセ・ラミレスが企画を担当しており、ディアスポラと先住民の歴史をテーマにした様々なアーティストの陶芸作品を集めている。
中でもメキシコシティを拠点に活動するアーティスト、ノエ・マルティネスのパトロン・ギャラリーでの展示は、彼の陶芸作品の力強さだけでなく、その展示方法においても際立っていた。床に作られた砂の山の上に作品数点が展示されており、もっとよく見たいと思う参加者は、立てひざで腰をかがめ、作品に敬意を払うような姿勢で向き合うことが求められる。マルティネスの芸術は主に、彼の祖先であるメキシコ中東部ワステカ族の精神性や、彼らが作る陶器に影響を受けている。作品の数は決して多くはないが、力強さと重厚さを感じる。パトロン・ギャラリーのアソシエイトディレクター、ルチアーノ・メドラノは、マルティネスの創作は祖先の霊を活性化させることを目的としているという。その理由についてメドラノは、「過去は、現在がそれを活性化させようと試みることによってのみ生き続けることができるのです」と説明した。
2. Umar Rashid/Tiwani Contemporary(ウマル・ラシッド/ティワニ・コンテンポラリー)
アートの世界は、時にシリアスになり過ぎてアートファンを遠ざけてしまうことがある。アーティストのウマル・ラシッドの作品は、そういう問題とは無縁そうだ。ティワニ・コンテンポラリーのアデレード・バナーマンによると、ラシッドは「帝国と植民地主義などの歴史的な物語を、独自の漫画的なひねりを加えて語り直すことが大好き」なのだそうだ。
彼の作品《Terror in the Alps》(2024)には笑ってしてしまった。スイス・アルプスの麓で植民地時代と思しき人々がピクニックしている。そこにUFOが現れ、光線で馬に乗った一人の男を襲っている。おそらく、彼と彼の付け髷は、まもなくUFOの中であらゆる種類の検査を受けることになるだろう。ピンクのドレスを着てケンタッキーフライドチキンのバケツを持った若い黒人女性が、この混沌とした状況の中心で比較的冷静に立っており、一方、背景では赤い帯を身に着けた兵士たちが、UFOに向かってマスケット銃をむなしく撃ち続けている。絵画に登場する皆さんにはUFOとの戦いを頑張ってもらいたい。だが、このブースは笑いばかりではない。エマ・プレムペの《From Sunset to Sunrise》(2024)は、故郷と離散した人々の思い出について瞑想する作品で、ダイナミックなプレゼンテーションに悲しみと親密さを加えている。
3. Carol Bove/Gagosian(キャロル・ボヴェ/ガゴシアン)
ガゴシアンのブースではキャロル・ボヴェの新作の大規模な個展が開催されているが、その壮大さは言葉では言い表せない。もはやブース自体が「ステートメント」のようでもある。高さ3メートルほどの細長い彫刻がいくつも垂直に展示されているが、ブースには壁がないため、ボーヴェの意図通り彫刻作品は伸び伸びとしていた。まるで金属の森のような空間で、ステンレススチールをカラフルな黄色に着色した作品がアクセントになっている。ブースの中は人がいっぱいで、半径5メートル内にいるほぼ全員がセルフィーを撮っていた。
これほど注目を集めたということは、ガゴシアンの向かいに出展していたデヴィッド・ツヴィルナーの目にも留まらなかったはずがない。何を言いたいのかというと、先月、ボヴェは12年間にわたって在籍したツヴィルナーを離れ、ガゴシアンに移籍したのだ。ガゴシアンがフリーズの展示を計画した際に、ギャラリーが、あるいは彼女がツヴィルナーの向かいであることを念頭に置いていたかどうかは誰にもわからない。 だが私にはガゴシアンの大胆不敵さが垣間見えた。
4. Billy Childish/Lehmann Maupin(ビリー・チャイルディッシュ/リーマン・モーピン)
あるカンバスで素早く筆を走らせたと思えば、別のカンバスに小さな点を打つ──リーマン・モーピンのブースでは、イギリス人アーティストのビリー・チャイルディッシュが複数の作品を同時に公開制作していた。この「仮スタジオ」では2人のアシスタントが下準備を手伝い、近づいて見ようとする来場者が木のはしごを跨いだり、絵の具にまみれたアンティーク風の作業台に寄りかかったりするなど賑やかだ。ギャラリーの担当者はこう言った。「ビリーは観客の前で制作をするのが好きなので、こういう形を取ることはよくあります。それに、彼の仕事はとても直感的かつスピーディなので、フェアのペースに合っています。今仕上げようとしている絵はすでに売約済です」
これは人目を引くための派手な演出と言えるかもしれないが、アートフェアとはそもそも、注目を集めて販売につなげる場だ。担当者は、「ピカソも同じように複数のカンバスを並べ、歩き回りながら描いていたと読んだことがあります」と教えてくれたが、その比較はやや大げさすぎるだろう。しかし、ピカソとチャイルディッシュに共通点があるとすれば、制作をショーアップすることで見る者の関心を高めることができる才能だ。
5. Hurvin Anderson/Michael Werner(ハーヴィン・アンダーソン/マイケル・ウェルナー)
見どころ満載なのがミヒャエル・ウェルナーのブース。たとえば、A.R.ペンクの《Zeichen der Realität - Realität der Zeichen(現実の兆候 - 兆候の現実)》(1981)は、擦るように塗られた明るい紫色の絵の具に重ねて、ペンクのトレードマークである謎めいた記号が鮮やかな赤で描かれている。真っ白な背景と相まって明るくパンチの効いた作品だ。また、イッシー・ウッドのベルベットに油彩を施した《Caving(ケイビング)》(2024)も、艶やかな質感が印象的な作品になっている。
しかし、このブースの本命と言えるのはハーヴィン・アンダーソンの初期作品《SS Booker T. Washington(SS ブッカー・T・ワシントン)》(1996)だ。港で足場に囲まれている軍艦を描いたシンプルな構図で、霧に包まれた背景には大都市の喧騒が漂っているように感じさせる。この作品は、20世紀後半に活躍したイギリスの画家、マイケル・アンドリュースによる船の絵に着想を得ているが(アンダーソンはアンドリュースの大ファンだった)、ジャマイカ系イギリス人のアンダーソンは、題材に第2次世界大戦中に就役したアメリカの軍艦を選んだ。その理由は船の名前にある。奴隷から身を起こし、教育者として称賛されたアフリカ系アメリカ人、ブッカー・T・ワシントンの名を冠した船を描くことで、アンダーソンは黒人の歴史とイギリス絵画史の融和を図ったと言えるだろう。
6. Paul Anthony Smith/Timothy Taylor(ポール・アンソニー・スミス/ティモシー・テイラー)
今年のフリーズ・ロンドンが掲げた多文化性を最もよく表しているのが、ポール・アンソニー・スミスの新作を並べたティモシー・テイラーのブースだ。スミスはジャマイカ生まれ、ニューヨーク在住のアーティストで、その現代的な風景画は性別や人種などのアイデンティティを感じさせない。しかし注意深く見れば、豊かな物語性や視覚的な美しさに溢れているのが分かる。
遠くから一瞥すると、雑草が伸びきったニューヨークの公共庭園を思わせるが、同時に彩り豊かで美しくさえあり、放置された公共空間特有の自然が表現されている。一方、近づいて観察すると、オイルスティックによるスミスのエネルギッシュな筆致が起伏のあるテクスチャーになっているのが見てとれる。少しピントがぼけたような菱形の金網を草花の手前に描いたものもあるが、これはニューヨークの荒れた公園によくある風景だ。ギャラリーディレクターのロス・トーマスはこう説明する。
「アメリカンドリームに対する一種の批評と言えるでしょう。そこに到達したいと思わせる美しい場所がある。けれども、いざ近づいてオイルスティックの層を削り取ってみると、その下にあるのは荒れ果てた駐車場だったというような」(翻訳:編集部、石井佳子)
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