ARTnewsJAPAN

米国のSNSで大騒ぎ ビルバオ・グッゲンハイム美術館が盗作を展示? 注目すべき解決策

7月上旬の週末、ティックトックとインスタグラムの目ざといユーザーたちが、ビルバオ・グッゲンハイム美術館に展示されている絵画数点と、クィアの黒人アーティストが撮影した映像がそっくりなことを発見。盗作ではないかという話題で盛り上がった。

デイデイの映画「Blue(ブルー)」のスチル写真(左)とガラ・ノールの《Young Cowboy Gazing(若いカウボーイの視線)》(2020) Courtesy Guggenheim Bilbao

問題の絵はバスク出身のアーティスト、ガラ・ノールによるもので、黒人のカウボーイの様々な姿がストップモーションフィルムの1コマのように描かれている。たとえば、カウボーイの背中が描かれた絵では、その視線は牧歌的な風景に向けられ、別の絵ではカウボーイは後ろを振り向いている。

同美術館はノールについて、「過去に重要な役割を果たしたにもかかわらず、大衆文化の中で忘れ去られてしまった人物をよみがえらせ、米国の西部の歴史を問い直している」とプレス資料に書いている。また、カウボーイの絵については次のように説明していた。「馬に乗った若いアフリカ系アメリカ人女性、ブリアナ・ノーブルのイメージに想を得たもの。このイメージは、ジョージ・フロイド殺人事件後、米国で起きたブラック・ライブズ・マターの抗議運動の写真から見つけられた」

しかしネット上では、この絵はニューヨークのブルックリンを拠点とするマルチアーティスト、デイデイ(dayday)の短編映画「Blue(ブルー)」の画面をそのまま切り取ったものだとする批評家の反論が広がった。「Blue」は、若い黒人カウボーイ、エゼキエル・ミッチェルがブルライド(ロデオ)の世界に入った経緯を、米国西部における黒人の歴史と絡めて語るもの。冒頭の数分間、黒人カウボーイは自分の前に広がる緑の風景を見つめ、その後ふいに背後のカメラに気づいて振り向くシーンがある。グッゲンハイムのノール作品に関する資料には、デイデイの映画についての明確な説明はない。

アートコンサルタントでキュレーターのアレクシス・ハイドは、この論争にいち早くネット上で言及。ハイドは、インスタグラムのユーザーたちがノールと美術館に盗作疑惑を知らせようとしていることを取り上げ、「この白人女性アーティストは、消された黒人の歴史をテーマにしていながら、自分も積極的に黒人の歴史を消そうとしている」とティックトック上で指摘した。ノールとデイデイの作品に関する投稿が9万以上の「いいね」を獲得したユーザー、ボナ・ボーンズがこの動画に賛同していたが、ティックトックに中傷だと判断され、のちに動画が削除されたことをハイドは明らかにしている。

アレクシス・ハイドのティックトック画面 引用元:https://www.tiktok.com/@hydeordie/video/7118462520481926442?is_copy_url=1&is_from_webapp=v1&lang=en

ノールが所属するニューヨークのギャラリー、パブロズ・バースデーは、盗作疑惑問題についてインスタグラムに次のような投稿をした。「アートスペースとして、個人として、私たちは時間をかけて事実を把握し、互いに尊重し合い公平性を重んじるためにギャラリーが果たすべき役割について考えてきた。さらに、私たちは(デイデイに)謝罪し、その作品の存在を認めたいと考えている」。ARTnewsはノールとデイデイの双方にコメントを求めたが、回答はなかった。

パブロズ・バースデーのインスタグラム投稿画面 引用元:https://www.instagram.com/p/Cf6lQcjMTLa/

7月半ば、ビルバオ・グッゲンハイム美術館は、展覧会のキュレーター、ノール、デイデイの三者協議で、この問題が解決したと発表。同美術館の広報担当者はARTnewsに対し、デイデイの「Blue」とアーティストステートメントをノールの絵画と並べて展示し、ノールがインスピレーションを受けたことをはっきり示す」と説明した。さらに、「双方の作品を目に見える形で結びつけることで、バスク地方とアフリカ系アメリカ人が、どちらも歴史上疎外されてきたことについての議論を始められる」と付け加えている。

絵画、デッサン、彫刻など有形の美術作品は、著作権法によって保護されている。しかし、どのような形の作品であれ、インスピレーション、流用、盗作の区別は困難で、特に悪質な場合は別として、意見は出されても決定的な基準は存在しない。この10年間、著名なアーティストが相次いで著作権侵害で批判を受けてきたことも、この問題に本腰を入れた取り組みが求められている状況を示している。

長年、アプロプリエーション(*1)による制作を行ってきたアーティスト、リチャード・プリンスは、2009年にパトリック・カリウの写真集『Yes Rasta(イエス・ラスタ)』(2000)の画像を複製し、「Canal Zone(カナル・ゾーン)」というコラージュのシリーズに使用したとして提訴された。プリンスは一審で敗訴したが、控訴審では勝訴している。


*1  「流用」「盗用」の意。過去の著名な作品、広く流通している写真や広告の画像などを作品の中に文脈を変えて取り込むこと。

プリンスはまた、他人のインスタグラムのスクリーンショットを拡大・印刷し、独自の注釈をつけた2014年の連作でも再び訴訟を起こされたが、表現の自由の一環として特定の著作物の利用は許されるという法的抗弁で、フェアユース(*2)だとの主張を貫いている。


*2  「公正利用」の意。一定の条件を満たしていれば、著作権者から許可を得なくても著作物を再利用できることを示した法原理。
リチャード・プリンスに自身のインスタグラム投稿を使用されたドゥ―・ディアのインスタ投稿画面 Courtesy Doe Deere

現在は、壁にバナナを粘着テープで貼りつけたマウリツィオ・カテランの作品《Comedian(コメディアン)》が、米国のアーティストから自作の盗作だと訴えられ、話題になっている。マイアミにある連邦裁判所は7月6日、申し立ての棄却を求めるカテラン側の請求を却下した。ちなみに、カテランの作品は2019年のアート・バーゼル・マイアミ・ビーチで賛否両論の大論争を巻き起こしている。

盗用かどうかについては、新しい作品が利益を生んだか、元の作品の市場にどのような影響を与えたかなど複数の判断基準が存在するが、ほとんどの場合は元の作品にどんな変更が加えられたかに基づいて判断が下されてきた。盗用アーティストの先駆的存在であるロバート・ラウシェンバーグが最初に反論を唱え、最近ではポップスターのプリンスを描いたアンディ・ウォーホルによる作品をめぐる訴訟でも同様の議論が行われている。ウォーホルの作品に関する訴訟は、間もなく米連邦最高裁判所で審理される予定だ。

しかし、リチャード・プリンスの勝訴が示すように、フェアユースの原則は、確信犯的な利用には弱いところがある。今後は法廷で繰り返し審理されることによって、議論が進展していくだろう。

一方、今回ビルバオ・グッゲンハイム美術館が打ち出した解決策は、法によって勝者と敗者をはっきりさせることを避け、不当な扱いを受けた側に発表の場を与えたという点で注目に値する。グッゲンハイムの声明は、「デイデイとガラ・ノールが、関係修復につながる解決策に協力してくれたことを感謝する」と結ばれている。(翻訳:清水玲奈)

※本記事は、米国版ARTnewsに2022年7月12日に掲載されました。元記事はこちら

あわせて読みたい