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ドクメンタ15にまたもや反ユダヤ主義疑惑。アルジェリア女性コレクティブの作品に撤去要請

5年に1度ドイツのカッセルで開催される国際美術展ドクメンタに、またもや反ユダヤ主義疑惑が浮上した。今年のドクメンタ15では開幕直後に撤去された作品があったが、7月下旬、新たな作品撤去が政治家から要請された。参加アーティストの一部はこれに反発。検閲的思考であるとして、ドクメンタ15の首脳陣に謝罪を求めている。

ドクメンタ15より  Photo Thomas Lohnes/Getty Images

今回、反ユダヤ主義疑惑の槍玉に上げられているのは、アルジェリアの女性アーティストコレクティブ(集団)「Archives des Luttes des Femmes en Algérie(アルジェリア女性の闘いのアーカイブ)」の作品だ。ドクメンタ15の公式サイトによると、展示されているのは、アルジェリアの女性活動家たちによる文書などの断片的な記録をまとめたものだという。

問題の作品では、アルジェリアの独立闘争が他国の解放運動と重ね合わせられ、その中にイスラエルやパレスチナの紛争を取り上げた《Presence des Femmes(女性の存在)》がある。これは、シリア人アーティスト、ブルハン・カルクトリが1988年に制作したドローイングの小冊子だ。

小冊子には、猿のような風貌で、ユダヤ民族を象徴するダビデの星の付いたヘルメットをかぶったイスラエル兵らしき人物が登場する。しかも、1人の女性がその兵士に膝蹴りをくらわせているのだ。このシーン以外にも、デフォルメされた顔でヘルメットにダビデの星を付けた兵士が描かれている。

この作品に対し「明らかに反ユダヤ的だ」と最初に主張したのはドイツのユダヤ人団体Werteinitiative(価値観イニシアチブ)だ。この団体は、反パレスチナの立場で以前から論争に加わっていた。また、カッセル市があるヘッセン州のユダヤ人団体RIAS Hessen(ヘッセン州の反ユダヤ主義に関する調査情報局)は、作品がパレスチナを舞台にしていると断じている。

ドイツのデル・ターゲシュピーゲル紙によると、カッセル市とヘッセン州の代表が作品の撤去を求めたという。また、クラウディア・ロート文化相も7月28日の記者会見で、「ドクメンタをホストする自治体の代表が、キュレーターチームに作品撤去を要請したのは正しく適切なことだ」と、撤去要請支持を表明している。


ドクメンタ15に展示されているArchives des Luttes des Femmes en Algérie の文書コレクション(1990年代~2020年) photo: Hichem Merouche, courtesy Archives des luttes des femmes en Algérie 画像引用元:https://documenta-fifteen.de/en/lumbung-members-artists/archives-des-luttes-des-femmes-en-algerie/

一方、ディ・ヴェルト紙は、ドクメンタはすでに作品の調査を行い、反ユダヤ主義的ではないと判断したと報じた。ドクメンタの広報担当者は同紙に対し、「確かにイスラエルとパレスチナの紛争に言及しているが、ユダヤ人をそのような意味では描いていない」とコメントしている。

ドクメンタの関係者は、ARTnewsへの電子メールで、カルクトリの小冊子《Presence des Femmes》に関する声明も会場に展示されることになると述べ、アルジェリアの女性コレクティブとともに活動する学者らによる文書を送ってきた。

そこにはこう書かれている。「この小冊子は、あらゆる性差別に反対し、平等を勝ち取ろうと闘うアルジェリア女性の立場から見た現代アルジェリア史を伝えるものだ。また、その闘いは、パレスチナ人を含むあらゆる民族への抑圧に対抗するものでもある。首都アルジェは、60年代から70年代にかけて起きた南アフリカの反アパルトヘイト運動の活動家や、アメリカで黒人解放闘争を展開していたブラックパンサー党などの逃亡先だった」

小冊子作品をめぐる論争は、インドネシアのアーティストコレクティブ、ルアンルパが芸術監督を務めるドクメンタ15の新たな火種だ。これまでに、政治家からの抗議で反ユダヤ主義的とされた作品が撤去されたり、総監督の辞任を余儀なくされたりしている。

開幕当初、カッセルの中心にある広場に、インドネシアのアーティストコレクティブ、タリンパディの巨大作品《People's Justice(民衆の正義)》(2002)が展示してあった。そこに豚の頭をしたイスラエル兵が描かれていたことから、たちまち反ユダヤ主義だと抗議を受け、ドクメンタは作品を撤去。タリンパディとルアンルパは後に謝罪を行った。しかしその後も論争は続き、ドクメンタの参加アーティストの1人、ヒト・シュタイエルが展示を中止し、総監督のザビーネ・ショルマンは辞任した

ショルマンの後任として暫定総監督となったアレクサンダー・フォーレンホルツは、ほかに反ユダヤ主義的な作品がないかについて全面的な見直しはしないとしている。しかし、ドイツのユダヤ人団体は、アルジェリアの女性コレクティブに対する疑惑が浮上したため、広範な調査を再度要求している。

ドクメンタ15の開催前、ユダヤ人団体はクエスチョン・オブ・ファンディング(Question of Funding)というパレスチナ人コレクティブの参加を非難し、同コレクティブのメンバーがBDS運動(イスラエルに対するボイコット、投資引き揚げ、制裁)に関与していると主張していた。また、ユダヤ系イスラエル人アーティストを排除して、パレスチナ人コレクティブを起用するのは反ユダヤ的だとも抗議していたが、芸術監督のルアンルパは、参加アーティスト1500人の中にはイスラエル人もいると反論している。

クエスチョン・オブ・ファンディングをめぐる騒動では、後に、展示スペースが脅迫的な落書きで汚される事件が起きた。ドクメンタ側は、これを殺人予告に等しいと述べている。

ドクメンタ15の参加アーティストたちは7月末、ドクメンタの首脳陣に送った書簡をアートプラットフォームe-fluxで公開した。書簡では、5月にクエスチョン・オブ・ファンディングの展示スペースで起きた破壊行為や、ドクメンタ開催後に発生した複数の暴力事件について問題提起されている。

その中には、ニューデリーを拠点とするクィアのアートスペース、パーティー・オフィスのメンバーが、トランスフォビア(*1)の人種差別主義者から襲撃された事件がある。また、パレスチナ自治区のラマラとブリュッセルを拠点に活動するグループ、Subversive Film(サブバーシブフィルム)の展示会場が、作家やキュレーターへの連絡なしに一時閉鎖されたことも挙げられている。


*1 トランスジェンダーへの否定的な言動や嫌悪を意味する。

ルアンルパ、タリンパディ、クエスチョン・オブ・ファンディング、アルジェリアの女性コレクティブをはじめとする60名のアーティストが署名した書簡には、以下のような主張が述べられている。

「人種や性自認をめぐる直接行動的な事件に加えて、参加アーティストは構造的差別やネグレクトを経験している。具体的には、ビザ取得やホスピタリティ面、BIPOC(黒人、先住民、有色人種)・ノンバイナリー・トランスジェンダーの作家や労働者への対応に問題がある。こうした問題は、作家や作業員の心身の健康や制作活動を阻害するものだ」。

この書簡に関してコメントを求めたが、ドクメンタ側は応じなかった。(翻訳:鈴木篤史)

※本記事は、米国版ARTnewsに2022年7月28日に掲載されました。元記事はこちら

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