2021年を象徴するアート作品ベスト15。オバマ元大統領の公式肖像画家もランクイン
新型コロナの感染拡大が始まり世界が激動した2020年を経て、2021年のアート界は少しずつ通常の状態に戻り始めた。その変化とともにアート制作にも予想を超える展開がもたらされ、新しいメディアの台頭やパフォーマンスアートの復活があった。人種差別の横行と向き合い続ける作品や、コロナ時代の人々に癒しを与える力強い作品など、アーティストたちは枯れることのない創造性を発揮した。それは、本記事で取り上げる2021年を代表する15の作品にもよく示されている。
ワクチン接種の広がりで社会活動が徐々に再開されてはいるが、自由に海外旅行ができる世の中はまだ戻ってきていない。そうした状況では、過去の作品を今日的な視点から見直す動きもあった。そのため、リストアップした中には、何十年も前に制作されたものでありながら、今を語る作品も含まれている。
以下、過去1年のアートの現場を振り返り、2021年に制作された作品、また、新たな光を当てられた過去の作品の中から最も重要なものを選んだ。
15.グアダルーペ・マラビジャ《Disease Throwers #13 & #14(病魔を振り払うもの 13番・14番)》(2021)
グアダルーペ・マラビジャの「Disease Throwers(病魔を振り払うもの)」シリーズ。最新の2作品は、ニューヨークのクイーンズ区にある2万平方メートルのソクラテス彫刻公園のどこからでも目に入る大きさだ。ねじ曲がり、空に向かってそびえ立つアルミニウムの作品には、サウンドバス(sound bath、音浴)というヒーリングの儀式に用いられる二つの大きなドラがつるされていた。また、彫刻の足元には、メソアメリカ(メキシコ中部・中央アメリカなどの地域)の社会に欠かせない野菜であるトウモロコシ、カボチャ、豆、そして果物が置かれていた。
神秘的な象徴と薬草園に囲まれた神殿のようなこの作品で、ブルックリンを拠点に活動するエルサルバドル出身のマラビジャは、病気と移民というポストコロナ時代を予見させる二つのテーマを表現した。展示期間中にマラビジャは、サウンドバスの一般向けセッションを行い、1年間の精神的苦痛を癒すホリスティックな方法を提供した。—Tessa Solomon
14.ケヒンデ・ワイリー《A Portrait of a Young Gentleman(若い紳士の肖像)》(2021)
トマス・ゲインズバラが18世紀に描いた《青衣の少年》(*1)は、作品が所蔵されているカリフォルニア州サンマリノのハンティントン美術館(The Huntington Library, Art Museum, and Botanical Gardens)を象徴する作品で、ミュージアムショップではこの少年のクリスマスオーナメントが販売されているほどだ。頬を赤らめ、リボン付きのサテン靴を履いている少年はまさに天使のようで、その靴や完璧な衣装は裕福な特権階級であることを物語る。
2021年、創設者のヘンリー&アラベラ・ハンティントン夫妻がこの作品を収蔵して100年になるのを記念し、同美術館は《青衣の少年》を現代の作品とともに展示するという企画を立てた。そこで選ばれたアーティストが、ケヒンデ・ワイリーだ。バラク・オバマ元大統領の公式肖像画家であるワイリーは、若い黒人の少年が鮮やかなストリートウェアに身を包み、ゲインズバラが描いた少年とまったく同じポーズをとる肖像画《A Portrait of a Young Gentleman(若い紳士の肖像)》を描いた。2枚の絵は向き合うように展示されているが、これについてワイリーは、「絵画の展示の仕方が作品の意味合いに影響することを考慮した」と非営利メディアのNPRに語っている。—Sarah Douglas
13.アンネ・イムホフ《Natures Mortes(静物)》(2021)
アンネ・イムホフは、自らがキュレーションし、パレ・ド・トーキョー(パリ)で5カ月間にわたって開かれた展覧会「Natures Mortes(静物)」の締めくくりとして、10月の8日間、同名のパフォーマンスを行った。待望されていたイムホフのパフォーマンスは、その題名と裏腹に、人と人が直接触れ合う活動をアート界が積極的に再開したことを象徴する作品だ。長く延期されていた二つのアートフェア、「フリーズ・ロンドン」と「FIAC(パリ)」の間で英仏間の移動が起きた時期に重なったこともあり、上演の様子や多くの観客の写真がリアルタイムでインスタグラムを飛び交った。
パフォーマンスの主演は、イムホフの公私におけるパートナーであるアーティストのエリザ・ダグラス。ダグラスは、2017年にヴェネチア・ビエンナーレのドイツ館で金獅子賞を受賞したイムホフの作品《ファウスト》でも主役を演じている。《Natures Mortes(静物)》では、ダグラスが印象的なメロディを歌う中、パフォーマーが代わるがわる体をくねらせ、練り歩く。パフォーマーの多くは、女性の妊娠中絶の権利を主張するTシャツを身に着けていた。上演の一部はコロナ時代にふさわしく屋外で行われ、パレ・ド・トーキョーの前にある噴水の中でパフォーマーが踊り回る場面もあった。—Sarah Douglas
12.グレン・ライゴン《A Small Band(小さな一団)》(2015)
グレン・ライゴンのネオン作品、《A Small Band(小さな一団)》が最初に発表されたのは2015年。21年にはニュー・ミュージアム(ニューヨーク)で開かれたグループ展「Grief and Grievance: Art and Mourning in America(悲しみと怒り:アメリカにおけるアートと哀悼)」で美術館正面の外壁に設置され、新たな反響を呼んだ。このグループ展は、名物キュレーターだった故オクウィ・エンヴェゾーが構想した最後の展覧会であり、エンヴェゾーが19年に亡くなった後、未完成のままになっていた企画を実現するため、ライゴンもチームの一員として参加した。エンヴェゾーは、15年のヴェネチア・ビエンナーレでライゴンに《A Small Band》の制作を依頼した人物でもある。
《A Small Band》は、「blues blood bruise(ブルース 血 打撲)」という三つの単語が示唆するように、人種差別や警察の暴力をテーマにしている。この言葉は、1964年にニューヨークのハーレムで起きた暴動で警官から暴行を受けた10代の黒人少年グループの一人、ダニエル・ハムが発したもので、スティーブ・ライヒがテープフェーズ技法で作曲した画期的な実験音楽作品《Come Out(カム・アウト)》(1966)にも使われている。悲しいことに、今もなおこのテーマは当時と同じ共鳴を呼ぶ。しかし、過去2年間、社会的・文化的に変容した世界で(少なくともある意味で、どれほど小さく不十分であっても)、この言葉は新たな意味を持つようになった。—Andy Battaglia
11.デビッド・アジャイ《Asaase(アサース)》(2021)
2021年夏、ニューヨークの大手ギャラリー、ガゴシアンで開催されたグループ展「Social Works(ソーシャルワークス)」で、ギャラリーディレクターのアントワウン・サージェントは、タイタス・カファー、アレクサンドリア・スミス、キャリー・メイ・ウィームスら黒人アーティスト12人に、「コミュニティ構築のツール」としての公共空間をテーマにした作品制作を依頼した。
その一人でガーナ系イギリス人の建築家・彫刻家であるデビッド・アジャイは、トゥイ語(ガーナの言語の一つ)で「土」を意味する《Asaase(アサース)》というタイトルをつけた迷宮状の立体作品を発表した。制作には、何千年も前から使われている自然素材である土を圧縮したブロックによる建築手法が用いられている。ガゴシアンに展示された作品には、ニューヨーク州北部の石灰岩の採石場から採取した60トンの土に水とセメントを混ぜ、叩いて成形したものが使われた。アジャイが制作にあたって参照したのは、ニジェールの都市アガデスにある泥レンガの巨大なミナレット(モスクの尖塔)と、ブルキナファソのティエベレの王宮という二つの建築的偉業だ。アジャイは、「ヨーロッパ的感性の古典的規範の中で、素材が何らかの意味を持つことに、かねてから疑問を抱いていました」とサージェントに語っている。「そこにはアパルトヘイト、つまり物質のヒエラルキーが存在するのです」—Tessa Solomon
10.ヨランダ・M・ロペス《Guadalupe Triptych(グアダルーペ三連祭壇画)》(1978)
2021年9月にヨランダ・M・ロペスが逝去したことは、チカンクス(メキシコ系米国人)コミュニティの人々の心に大きな穴を開けた。ロペスはチカンクスアート第一世代の女性アーティストの一人で、チカンクスのコミュニティ、特にチカーナ(チカンクスの女性)のための社会的活動に根ざした幅広い作品を生み出した。中でもよく知られているものに、「グアダルーペの聖母」をテーマとした作品群がある。
3世代のチカーナ(祖母、母、アーティスト)を聖母に見立てた《Guadalupe Triptych(グアダルーペ三連祭壇画)》(1978)は、とりわけパワフルな作品で、メキシコ系やラテンアメリカ系の女性たちが、自らを見つめる新たな方法を提示する力強い表現であり続けている。かつてロペスはこの作品について、チカンクスの女性活動家エリザベス・マルティネスによるインタビューでこう語っている。「メキシコのナショナリズムの象徴だった聖母という宗教的アイコンが、私たち女性に何をもたらしたのかを探ったものです」—Maximilíano Durón
9.ルーシー・レイヴン《Ready Mix(レディ・ミックス)》(2021)
1987年にニューヨークのチェルシー地区でギャラリーを開いたディア美術財団は、後にギャラリー街となったこの地区の先駆的な存在だ。2021年には22番街のギャラリーで、リノベーション後の再開を記念してルーシー・レイヴンのインスタレーションが展示された。催眠術のような、そして鋭い洞察力を感じさせる《Ready Mix(レディミックス)》は、巨大な没入型スクリーンに投影される45分間の映像作品で、鑑賞者を作品内で進行する事象の観察者のように巻き込んでいく。そこにはアイダホのコンクリート工場で繰り広げられる破壊と創造のプロセスが映し出され、壮観でありながら恐怖を感じさせる映像からは様々な意味合いが読み取れる。
この映像は、チェルシー地区を日々変化させている建築・開発ラッシュとも重なる。また、ディアと言えば思い浮かぶのは、手つかずの砂漠に設置されたランドアート作品だが、そうしたレガシーと自己批判的な思索とともに向き合う作品でもある。過去にディアが世に送り出してきたランドアートの象徴的な作品には、ウォルター・デ・マリアの《The Lightning Field(ライトニングフィールド)》、ロバート・スミッソンの《Spiral Jetty(スパイラルジェティ)》、ナンシー・ホルトの《Sun Tunnels(サントンネル)》などがある。—Andy Battaglia
8.艾未未(アイ・ウェイウェイ)《Study of Perspective: Tiananmen Square(遠近法の研究:天安門広場)》(1995)
この2年間に艾未未(アイ・ウェイウェイ)は、2本のドキュメンタリー映画(武漢での新型コロナウィルス感染拡大と、香港での抗議活動に関する作品)を発表したほか、自身の家族が中国政府から受けた抑圧についての回顧録を出版した。しかし、2021年、アイが14年前に制作した写真作品ほど物議を醸したものはなかった。その作品、《Study of Perspective: Tiananmen Square(遠近法の研究:天安門広場)》(1995)には、1989年に学生の反乱が流血の事態に至った北京の天安門広場を背景に、アイ自身の中指を突き立てた握りこぶしがぼやけて写っている。
2021年11月にようやくオープンした香港の現代美術館M+では、この作品の展示が一時期待された。しかし、結局とりやめになったというニュースが流れるや否や、美術館に対する大論争が起きた。香港の国家安全維持法に配慮して、アイ・ウェイウェイの写真やそれに類した作品を展示するというかねてからの約束が反故にされたからだ。この論争は、規模、意気込みともに、ニューヨーク近代美術館(MoMA)やポンピドゥー・センター(パリ)、テート・モダン(ロンドン)に匹敵すると自らを位置づけるM+もまた、香港が直面するアートへの検閲を免れないことを示すものだった。—Alex Greenberger
7.パメラ・カウンシル《A Fountain for Survivors(サバイバーのための噴水盤)》(2021)
ニューヨークの住民が、観光客で混雑するタイムズスクエアを避けることはよく知られている。しかし、パメラ・カウンシルによる高さ5.5メートルの立体作品《A Fountain for Survivors(サバイバーのための噴水盤)》が登場した時、アートファンたちはミッドタウンの中心にあるこの場所に行かないわけにはいかなかった。タイムズ・スクエア・アーツの依頼で制作されたこの作品の外側は、魅惑的なピンクと紫のアクリル製つけ爪でびっしり覆われている。内部には噴水盤があり、多感覚的な体験ができる。
すべてのサバイバーの記念碑となることを意図した作品(「サバイバーは自分がサバイバーであることを知っている」とカウンシルは述べている)はイベント会場にもなり、コメディ、キャバレー、黒人ファミリーの財産設計に関するディスカッションなど、さまざまな企画が行われた。カウンシルのアーティストステートメントには、次のように述べられている。「ソーシャルディスタンスの時代に構想・制作したこの期間限定の作品に、多くの人が体験し、今では生活の一部になっている遮蔽(しゃへい)と内面性を反映させることがねらいでした」—Maximilíano Durón
6.フェリックス・ゴンザレス=トレス《Forbidden Colors(禁じられた色)》(1988)
《Forbidden Colors(禁じられた色)》は、フェリックス・ゴンザレス=トレス(1957〜96)の代表作であるミニマルなスタイルの絵画で、白、緑、赤、黒に塗られた四角い面で構成されている。タイトルの「禁じられた」とは、パレスチナの国旗が同じ色使いであることに由来する。パレスチナは、イスラエルによる人権侵害を受けているとされている(1967〜93年までの間、イスラエルの占領地域でこれらの色を並べて表示すると逮捕される可能性があった)。
長い間、イスラエルとパレスチナの対立について、おおっぴらに議論するのはアート界のタブーだった。しかし、2021年5月、この作品がアーティストや批評家たちの間で思いがけないセンセーションを巻き起こした。同月、イスラエルの裁判所が東エルサレムのシェイクジャラ地区からのパレスチナ人の立ち退きを認め、パレスチナ人100人あまりとイスラエル人十数人が死亡する激しい対立が起きたのだ。これに対する国際的な抗議の高まりはアート界も巻き込み、ゴンザレス=トレスの作品はパレスチナ支持の声として多くの人に共有されるようになった。さらに、ブルックリンに拠点を置く左派雑誌、ジューイッシュカレンツの2021年秋号の表紙を飾るなど、アート界の枠を超えて幅広い人の目に触れることとなった。—Alex Greenberger
5.ダウード・ベイ「In This Here Place(この場所で)」シリーズ(2021)
ダウード・ベイは、アフリカ系アメリカ人の歴史を掘り起こす作品で広く知られているが、新作の写真シリーズ「In This Here Place(この場所で)」では、それを超える新境地を開いた。同シリーズは、ルイジアナのかつてプランテーションのあった場所を撮影したものだ。ただ、この心に残るモノクロの写真の被写体は、ミシシッピ川の西岸に見られる奴隷小屋の雰囲気とは少し異なる。ベイは、このような写真を今の時代に展示することで、過去の抑圧と現在行われている黒人への暴力的な取り締まりを結びつけることを意図したと説明している。彼はまた、T:ザ・ニューヨーク・タイムズ・スタイル・マガジンのインタビューで、「私にとって、プランテーションからジョージ・フロイドまでの歴史は、1本のまっすぐな線でつながっているのです」と語っている。—Angelica Villa
4.ロバート・コレスコット《George Washington Carver Crossing the Delaware(デラウェア川を渡るジョージ・ワシントン・カーバー)》(1975)
ロバート・コレスコットの1975年の作品《George Washington Carver Crossing the Delaware: Page from an American History Textbook(デラウェア川を渡るジョージ・ワシントン・カーバー:米国史の教科書の1ページ)》(*2)が、サザビーズのオークションで1530万ドルで落札された。その落札者が、ロサンゼルスで開館準備中のルーカス・ミュージアム・オブ・ナラティブ・アートだったということは、この売買の重要性を物語る。この絵は、ワシントン初代米国大統領を描いたエマヌエル・ロイツェの《Washington Crossing the Delaware(デラウェア川を渡るワシントン)》(1851)を引用したもの。コレスコットの作品では、ロイツェが描いた白人のかわりに、米国の歴史で使われ続けてきた人種差別的風刺画のような黒人像が描かれている。
1997年のヴェネチア・ビエンナーレで黒人アーティスト初の米国代表に選ばれたコレスコットは、美術史において重要な作家だが、米国の大手美術館による評価は遅れていた。再評価の兆しが表れたのは2019年のこと。この年、シンシナティのコンテンポラリー・アーツ・センターで、2009年のコレスコットの死後初の回顧展が開催された。同展のキュレーターはローリー・ストークス・シムズだ。さらに、2021年にはクリスティーズで行われたオークションで、コレスコット作品の最高価格が更新された。これにより、これスコットは落札価格が1000万ドル以上を記録した数少ない黒人アーティストの仲間入りを果たしている。—Angelica Villa
3.ウー・ツァン《Anthem(賛歌)》(2021)
波打つように揺れる巨大なスクリーン。ウー・ツァンの作品《Anthem(賛歌)》は、グッゲンハイム美術館(ニューヨーク)のらせん状の展示空間を、ビバリー・グレン=コープランドの感動的な映像で満たした。70代後半で黒人トランスジェンダーの作曲家であるグレン=コープランドは、最近になってアンダーグラウンドな音楽シーンから浮上した人物だ。
作品は、グレン=コープランドがカナダ・ノバスコシア州の自宅でピアノを弾きながら歌う映像を高さ約26メートルの紗幕(しゃまく)に投影し、マルチチャンネルのスピーカーを多数並べて魅惑的なサウンドを流すというもの。シンプルな形式だが、非常に迫力ある効果を生み出していた。ツァンの被写体に対する優しさと尊敬の念が十分に感じられると同時に、グレン=コープランドの存在感は圧倒的で、かすかな表情や体の動きが感情を揺さぶる。さらに、館内のらせん状の通路を移動しながら見ると、全体が変化していくのが体験できる。それが伝えているのは、つかの間の一瞬、そして常に一種の移行状態にある隠された歴史に注目することの重要性だ。—Andy Battaglia
2.ドレッド・スコット《White Man for Sale(白人男性売ります)》(2021)
《White Man for Sale(白人男性売ります)》は、ドレッド・スコットにとって初のNFT(非代替性トークン)作品だが、アート界を席巻したNFTブームを茶化したものでもある。スコットは1980年代以降、米国におけるアフリカ系アメリカ人の体験をテーマに、パフォーマンスや彫刻を発表してきた。2021年10月にクリスティーズのオークションに出品された《White Man for Sale(白人男性売ります)》は、これまでとは違った方法で同じテーマに取り組んだローテクな作品。ループして流れる映像は、喧騒に包まれたブルックリンの交差点で、木箱の上に立つ白人男性をとらえている(*3)。
スコットはこの作品に関し、アーティストステートメントで次のように述べている。「代替可能という言葉は、奴隷制の歴史を研究する学者が使っていることから、私の耳には別の意味合いに響きます。人間は本来、代替不可能です。しかし、奴隷制が資本主義の発展に不可欠なものになると、奴隷商人たちは人間を代替可能な存在にしてしまったのです」。ありとあらゆるものがNFTとして売買できるかのように思われ、NFTの売買が主に白人男性によって行われている今、それが本当に意味することは何かについてスコットは力強い問題提起を行ったと言える。—Maximilíano Durón
1.ビープル《Everydays: The First 5000 Days(エブリデイズ:初めの5000日)》(2021)
ビープル(Beeple、本名:マイク・ウィンケルマン)のNFT作品《Everydays: The First 5000 Days(エブリデイズ:初めの5000日)》が6900万ドルで落札されたのは、新しい時代の到来を告げる事件だった。この作品は、ビープルが過去5000日間に毎日制作したデジタルペインティングを組み合わせたもの。目に入るのはネオンカラーの色合いと茫漠とした形で、個々の絵ははっきり見えない。しかし、一つひとつの部分を拡大すると、かなり衝撃的だ。政治家、マンガのキャラクター、宇宙飛行士などが、しばしばグロテスクなやり方でマッシュアップ(混ぜ合わ)されているのだ。たとえば、《Feeding Time(えさやりの時間)》というタイトルの絵では、トランスフォーマーのようなヒラリー・クリントンの股間から出たチューブが、ドナルド・トランプの顔につながっている。
極めてオンライン的で奇妙なビープルの作品は、NFTという新興市場の顔となり、彼は一夜にして時代の寵児になった。インスタグラムでは有名だったものの、アート界ではほとんど知られていなかったビープルだが、2021年3月にクリスティーズがこの作品をオークションに出品したとたん、存命のアーティスト中で最も高価な作品の作者になったのだ。これがきっかけで生じたNFTアートのブームが、17世紀のチューリップ・バブル(*4)のような現象であるにせよ、アートをコレクションすることの未来を示すものであるにせよ、《Everydays: The First 5000 Days》がデジタルアートの取引方法に新たな道を開き、新しいメディアの台頭をもたらしたことは間違いない。このような偉業を成し遂げられるアーティストは、そう多くはないだろう。—Shanti Escalante-De Mattei (翻訳:清水玲奈)
*4 17世紀にオランダで起きたチューリップ(特にその球根)の高騰
※本記事は、米国版ARTnewsに2021年12月6日に掲載されました。元記事はこちら。