ハウザー&ワースが18拠点目をパロアルトにオープン。競合撤退のベイエリアに勝機はあるのか?

ハウザー&ワースが2026年春、カリフォルニア州パロアルトに新たなギャラリーを開設する。富裕層の居住率が高く、美術館などの文化施設が集まるこの街にメガギャラリーが加わることで、若手コレクターの育成や地域のコミュニティ活性化に対する期待が高まっている。

2026年春にオープンするパロアルト拠点の完成予想図。Photo: Courtesy of Hauser & Wirth
2026年春にオープンするパロアルト拠点の完成予想図。Photo: Courtesy of Hauser & Wirth

アート市場は不安定な状況にあるかもしれないが、メガギャラリーの勢いは衰えることを知らない。現在世界に17拠点をもつハウザー&ワースが、2026年春にカリフォルニア州パロアルトに新ギャラリーを開設する計画を発表した。

パロアルトにオープンする新ギャラリーは、同社がカリフォルニア州内に展開している農場直送レストラン「マヌエラ」を併設するロサンゼルスの複合施設(2016年)と、ウェストハリウッドのギャラリー(2023年)に加え、3つ目の拠点となる。今回の発表に際して、ハウザー&ワースのプレジデントを務めるマーク・ペイヨは次のように語る。

「北カリフォルニアには熱心なコレクターが多く、彼らの支援によって設立された美術館も存在します。文化基盤の強さはロサンゼルスに匹敵し、環太平洋地域に面した立地や代々にわたり意欲的なパトロンが集うベイエリアは、アーティストや地域社会に根ざした新たな拠点を築くにはうってつけの場所です」

広さおよそ240平方メートルに及ぶパロアルトのギャラリーは、スタンフォード大学のキャンパスから徒歩圏内にある、ハミルトン・アベニュー201〜225番地の元郵便局を改装する。リノベーション工事を手がけるのは、同ギャラリーのロンドン拠点などを手がけてきた建築事務所ラプラスの代表を務めるルイ・ラプラスだ。

Paceが2022年に拠点を閉じて以来、ハウザー&ワースはベイエリアに進出する初のメガギャラリーとなった。全米でも有数の富裕地域でありながら、これまで大手ギャラリーが定着してこなかったこの地が再び注目されている点は興味深い。これらとは別に、ガゴシアンはサンフランシスコ近代美術館の近くに4年ほど拠点を構えていたが、2020年12月に撤退している。

ロンドンに拠点を構えるコンサルティング会社、ヘンリー&パートナーズによる「U.S. Wealth Report 2024」によれば、ベイエリアにはニューヨーク市と同程度のミリオネア(資産100万ドル[約1億5000万円]以上の富豪)やセンチミリオネア(資産1億ドル[約150億円]以上)が存在し、ビリオネア(資産10億ドル[約1500億円]以上)に関してはわずかに上回っているという。

この地域には、故スティーブ・ジョブズの妻ローレン・パウエル・ジョブズや投資家のマーク・アンドリーセンとローラ・アリラガ=アンドリーセン夫妻、オラクル創業者ラリー・エリソン、ギャップ元会長のロバート・フィッシャー、そしてインド系アメリカ人コレクターのコーマル・シャーなどをはじめとする、US版ARTnewsが発表しているTOP 200 COLLECTORSに名を連ねる人物が数多く居住している。

シャーは、ハウザー&ワースがベイエリアに拠点を構えるのは理にかなっていると語る。彼女はまた、ベイエリアには「所有物やコレクションについて多く語らない傾向」がある一方で、実際には活発なコレクター・コミュニティが存在すると指摘する。ギャラリーが地域のコレクターとの関係や、スタンフォード大学とのつながりをすでに築いていることに加え、今後育てていくべき若いコレクター層が増えている点にも触れたうえで、こう付け加える。

「ハウザー&ワースなら、アートに加えて多彩なプログラムや書籍の出版、イベントなどを展開しながら、コミュニティと真摯に向き合ってくれると思います。彼らはその地域に入り込み、活気をもたらす方法をよく心得ていますから」

ベイエリアにおけるメガギャラリー進出の最後の波は2010年代半ばに訪れた。2014年にPaceがパロアルトに、2016年にはガゴシアンがサンフランシスコに拠点を構えた。当時、こうした動きは、地域のアートシーンが成熟しつつあることを示す兆しであると同時に、増加するテック系コレクター層を取り込もうとする戦略的な一手とも受け止められていた

Paceがパロアルトに最初に構えたギャラリーは、もともとテスラのショールームとして使われていた建物を転用したもので、PaceのCEOを務めるマーク・グリムシャーはこれをポップアップとして位置づけていた。物件は、シリコンバレーの不動産開発で知られ、ローラ・アリラガ=アンドリーセンの父でもある故ジョン・アリラガから借り受けたものだ。2018年には、近隣にある旧映画館を改装した、より小規模ながら恒常的なスペースへと移転。その後、2022年8月には西海岸の事業再編を理由に、パロアルト拠点を閉鎖する方針が発表されている。

2022年にPaceがパロアルトの拠点を閉鎖すると発表した背景には、地域における支援構造の変化も影響していたようだ。発表の約1カ月前、長年Paceと親密な関係にあったパウエル・ジョブズが、支援先をハウザー&ワースに切り替えたとArtnet Newsは報じている。ちょうどその頃、彼女はPaceとともに立ち上げた体験型アートセンター「スーパーブルー」からも距離を取り始めていた

ハウザー&ワースがかつてのPaceと同じ課題に直面する可能性についてシャーに尋ねてみると、同ギャラリーはより慎重かつ計画的に動いているようにみえるという。多様なプログラムを展開する同ギャラリーであれば、「非常に国際的なコミュニティ」を要するベイエリアともうまくかみ合うはずだと述べた。

「もしパロアルトの拠点が上手くいけば、コミュニティにとって良い影響が及ぶでしょうし、成功すると私は信じています」とシャーは語り、スタンフォード大学のカンター・アート・センターやアンダーソン・コレクションといった地域の文化施設に対する地元コレクターたちの強い支持をその根拠に挙げている。「この地に拠点をオープンするのは絶好のタイミングであると同時に、やらなければならないことのように思えます」(翻訳:編集部)

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