マグナス・レンフリューに聞く、ART SGとアジアのアート市場

アートフェア業界を知り尽くした起業家であり著述家、そしてシンガポールで初開催されたART SGの共同設立者であるマグナス・レンフリュー。国際的なアート市場で20年もの経験を持つ彼がここ10年の間に最も注力してきたのが、ほかならぬアジア。レンフリューに、ART SGとアジアのアートシーンについて聞いた。

ART SGの共同設立者、マグナス・レンフリュー。Photo: Courtesy ART SG

マグナス・レンフリューは、ART SG以前にも2007年に香港でART HKを設立し、2012年にはアート・バーゼルと組んでアート・バーゼル香港を創設した。2017年には、その経験を記録した著書『Uncharted Territory: Culture and Commerce in Hong Kong’s Art World』がペンギン社から出版されている。

2019年には台北當代を立ち上げ、さらにイベントオーガナイザーのサンディ・アンガス、ティム・エッチェルズとともにアート・アセンブリーを設立。アート・アセンブリーは、すでにIndia Art Fairなどを開催しており、今年7月には日本で第1回東京現代が開催される。

 US版ARTnewsはレンフリューに電話インタビューを行い、国際的なアート市場における重要拠点としてのシンガポールの台頭や、アート・アセンブリーが運営するアートフェア、アジアにおける競合フェアについて話を聞いた。

──シンガポールでは2018年のArt Stage Singapore以来、大規模なアートフェアが開催されていませんでした。新しい国際フェアをシンガポールで立ち上げる意義があると判断した理由を教えてください。

シンガポールの長期的な展望は非常に明るいと感じたからです。アートフェアの新たな開催地を考えるときは、成功が見込める基本要素が揃っていなくてはなりません。シンガポールが東南アジアにおける重要な拠点であることは明らかです。今や、東南アジアの人口は6億5千万人を超え、その規模は欧州に迫る勢いです。この地域の需要に応える新たな国際アートフェアが求められていることに、疑いの余地はありませんでした。経済発展も著しく、さまざまな国で多くの文化的成果が生まれています。

私たちのミッションは、東南アジアだけでなくオーストラリアやインドのアートコミュニティをもシンガポールに集結させ、アジア各国を結びつけることです。ギャラリー側からも、東南アジアのアートファンを取り込みたいという声が聞かれました。潜在的な顧客やチャンスをつかむための新たな市場開拓の重要性は、広く認識されているのです。

──東南アジアのアート市場にこれまで欠けていたものをART SGが提供できるとしたら、それは何でしょうか?

東南アジアの多様なコミュニティを一堂に集め、国際的な水準の作品を提供するアートフェアが求められていました。この地域で制作されているすばらしい作品は、もっと幅広い人たちに認識されるべきです。

フェア開催は、東南アジアに、そしてシンガポールにスポットライトを当て、国際的なアート界からの注目を集めるチャンス。シンガポールに多くの人が足を運び、この地域で制作されているすばらしいアートに出合うことを機に、東南アジアやその地域色豊かなカルチャーシーンに関心を持ってもらえたら、これほどうれしいことはありません。

また、東南アジアのコレクターたちは、この地域以外のアートに触れられることを期待しています。新しい世代のコレクターの多くは海外で教育を受けていますし、旅慣れていて情報通です。彼らには、東南アジアだけでなく世界各地のさまざまな文化的背景から生まれた作品に対する購買意欲があるのです。

シンガポールで開催された世界で最も新しいアートフェア、ART SG。会場となったマリーナ・ベイ・サンズの夜景。Photo: Roslan Rahman/AFP via Getty Images

──ART SGに来場するコレクターの中には、アート・アセンブリーが運営している他のアートフェアの経験者も多いと思います。他のアートフェアとの違いは何でしょうか?

台北當代をはじめ、アートフェアは通常、国内のアート市場が確立されているから成り立っています。現在アジア各国には、フェアを開催するに値する規模の市場があります。フェアは開催地のアート界に貢献し、その地のアートシーンの最新事情をよりよく理解するチャンスをもたらすものです。

過去のシンガポールには、十分な規模のアート市場が存在しませんでした。しかし状況は様変わりしています。シンガポールは周辺の国々から人が集まるハブとなり、大型アートフェアを継続的に開催するのに十分な規模を持つまでに成長しています。今のシンガポールは、かつての香港に似ています。香港も昔は、フェアを継続開催できるほどのマーケットではありませんでした。

ART SGの実現も、アジア各国とどう連携できるかにかかっていました。しかし我々には、ソウル、ジャカルタ、マニラ、クアラルンプール、バンコク、そしてシンガポールなどに幅広いネットワークがありますし、アート・アセンブリーは、インド、オーストラリア、上海、東京、台北でも提携フェアがあります。こうしたネットワークの持つ効果や、クロスプロモーションの可能性は大きいと思います。

──シンガポールのコレクター事情やアート市場の特徴、他のアジアの市場との違いを教えてください。

ART SGの開催地はシンガポールですが、シンガポール国内だけではなく、より広い地域から来場者が集まります。また近年、周辺地域から多くの富がシンガポールに流入しています。コロナ禍により、中国本土から多くの人々がシンガポールに移住し、この地に拠点を構えるようになりました。また、シンガポールのコロナ対策が評価されたこと、そして医療体制が整備されていることから、やはり同じ時期にインドネシアからも大量の移住者がやって来ています。シンガポールで生活基盤をつくり、家族で移住し、子どもを現地校に通わせるというケースも珍しくありません。彼らの多くは、今後長期にわたってシンガポールに定住するでしょう。

富という観点から見ると、シンガポールを拠点とする超富裕層の資産管理を行うファミリーオフィスの数は、昨年1年間で2倍以上に増えています。シンガポールでファミリーオフィスを設立するのに必要な最低資産は1億ドルと、さほど多くはありませんが、その大半は、その何倍もの資産を有しています。大手銀行では、毎週かなりの数のファミリーオフィス設立の問い合わせを受ける状況が続いているそうです。

シンガポールはアジア太平洋地域の首都とまでは言えませんが、事実上の中心地。シンガポールがこの事実から恩恵を受けていると考えるのは妥当です。アジア各国とのビジネスを展開したいと考える人たちは、中国本土以外でアジアの拠点となる場所を探しているのです。

シンガポールでは、英語と北京語が普通に使われていますし、交通の便がよく、ホテルやレストランが充実しています。それに、誰もが気軽に訪れることのできる場所だと評価されています。今、アジアでシンガポールほど、どんな人でも居心地よく過ごせる場所はないのではないでしょうか。

ART SGのフォーカス部門でMadeIn Galleryが出展した、XU ZHEN®による《Under Heaven-2801GK2191》(2021)。

──シンガポールの台頭とともに、アジアのアート市場の中心だった香港の衰退が噂されています。2007年に設立されたART HKについて、あなたが以前のインタビューで「香港はアートフェアの開催地として明白な選択肢だったが、その後、市場は移動した」と発言された背景を教えてください。

2007年以降、市場は大きく変化しました。当時は香港とシンガポールのどちらを選んでもいいという状況ではありませんでしたが、今はどちらにもマーケットがあります。現在のアジアにはさまざまなニーズがありますし、香港の存在は今も重要です。実際、オークションハウスは香港で不動産投資の規模を大幅に拡大していますし、新しい現代美術館、M+の創設による波及効果も今後、より可視化されるでしょう。私も含め、M+の活動で多くの人が恩恵を受けることになると思います。

台湾、韓国、日本など主要国のアート市場は、独自のアートフェアを開催するレベルに達しています。台湾韓国の市場は、歴史的に見てもアジアで最も活発でしたし、中国の重要性は言うまでもありません。

シンガポールは、市場としてまだ未熟かもしれませんが、フェアは、地元のアートシーンを発展させるきっかけを作り、現代アートの間口を広げる役割を果たします。多様性があり、人口も多い東南アジアのアート市場は、大きな成長の可能性を秘めているのです。

「アートフェアが乱立していて、マーケットが飽和状態」と言われることもありますが、ポストコロナの時代に突入した今、アジアのアート市場は新たな局面を迎えつつあります。その流れの一翼を担い、拡大するコレクター層を後押しし、育てていくことが重要です。世界人口の半数以上がアジアに暮らしていることを考えると、欧米と比べ、アジアで開催されているアートフェアはむしろまだ少ないと言えるでしょう。

──ART SGはこれまで何度も開催が延期されました。ここまでの経緯を教えてください。

内部の問題もあれば、コロナ禍という外的要因もあり、繰り返し延期を余儀なくされてきました。2022年1月に初開催が予定されていたときは、実現まで本当にあと少しというところでしたが、各地のギャラリーと相談した結果、渡航規制が残る中で強行すると中途半端な結果になりかねないという結論に達しました。適切な時期を待ったほうがいいという声が多数派だったのです。

でもその結果、時間的な余裕が生まれ、世界中のギャラリーとの関係を強化し、過去何年にもわたって重ねてきた対話をさらに発展させることができました。そのおかげで、よりパワフルなフェアになったと思います。最終的に38の国や地域から、160を超えるギャラリーが参加することになりましたが、これは新設のアートフェアとしては過去最大級の規模です。

ART SGのフォーカス部門でKukje Galleryが出展示したダニエル・ボイドの《Untitled (TFPISD)》(2019)。Photo: Courtesy the artist and Kukje Gallery

──ART SGでは、メインのギャラリーセクションのほか、いくつかの部門がありました。その特徴を教えてください。

フューチャーズ部門は、設立6年未満の新しい世代のギャラリーだけを集め、運営側がブースの費用を一部補助しています。内容は規定されていませんが、出展されている作品も新世代のアーティストが中心です。

フォーカス部門は、単独のアーティストあるいは2人のユニットによる展示、または何らかのテーマに沿った展示に特化したものです。本人や協働する作家の作品を通して、そのアーティストが追求する文脈を理解できるような展示になっています。また、ソウルを代表するギャラリーの1つであるKukje Galleryがオーストラリアのダニエル・ボイドの個展を開催するなど、ART SGの国際性が示されています。

デジタルメディアで制作された作品を集めたのがリフレーム部門です。この部門を企画したのにはいくつかの理由があります。まず、NFTの盛り上がりもあり、近年デジタルアートへの関心が非常に高まっていますが、ART SGには40年もの間デジタルの世界に携わってきたギャラリーが出展しています。これにより、市場の思惑を離れたところで、アーティストの制作とその純粋な面白さに焦点を当てることができました。また、発展が著しい地元のブロックチェーンコミュニティと交流できる機会を提供したい、という狙いもありました。

アートフェアは、ともすると敷居の高い場所になりかねません。そこで、ニュー/ナウ部門を設け、参加ギャラリーに1万ドル未満の作品(紙作品、写真、エディション作品など、価格を尋ねやすい作品)を1点、出展する機会を提供しました。どんな価格帯でも質の高い作品を手に入れることができることを示し、新しいコレクターが予算に関係なく、自分なりのコレクションを始めるきっかけを作りたいと考えました。

──シンガポールで見るべきアート施設を教えてください。

シンガポールのカルチャーシーンはとても活発です。ナショナル・ギャラリー・シンガポールなどすばらしい美術館がありますし、シンガポール・ビエンナーレが3月19日まで開催されています。また、地元のアートをキュレーションして紹介するブティックフェア、S.E.A. Focusもあり、海外ギャラリーの進出も相次いでいます。見るべきものには事欠かないでしょう。(翻訳:清水玲奈)

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