グッゲンハイム美術館はピカソの絵を不当に所有? ナチスに迫害された元所有者の子孫が提訴
第2次世界大戦中にナチスから迫害を受けたドイツのユダヤ人コレクターの子孫が、ニューヨークのグッゲンハイム美術館が所蔵するパブロ・ピカソ作品の所有権をめぐり訴訟を起こした。コレクターの子孫たちは、この絵は最大で2億ドル(約260億円)の価値があるとしている。
グッゲンハイム美術館に対する訴状は、1月20日にマンハッタンの裁判所に提出された。それによると、ピカソが1904年に描いた《アイロンをかける女性》の元の所有者だったカール・アドラーと妻のロシ・ジャコビの親族や、複数のユダヤ系非営利団体が同美術館に絵を返還するよう求めている。
ピカソのキャリアの初期にあたる「青の時代」に制作されたこの絵には、前屈みの姿勢でアイロンをかけている痩せた女性が描かれている。美術館のウェブサイトに掲載された解説文には、「20代前半のピカソの作風に典型的な、人々の労苦と疲弊を表現した絵」だと書かれている。
絵の返還を求めているアドラーの子孫の1人が、アメリカ西海岸在住のトーマス・ベニグソンだ。裁判資料によると、1938年にナチスの迫害を逃れるためドイツを出国しようとしていたアドラー夫妻は、コレクションの売却で経済的損失を被ったという。ピカソの絵を「本来の価値よりかなり安い金額で」手放さざるを得なかった夫妻は、「ナチスの迫害がなければ」この時期に作品を売ることはなかっただろうというのがベニグソンの言い分だ。
20世紀初頭にアートコレクターとして活動していたアドラーは、ドイツに本社を置く皮革製造会社の会長だった。訴状によると、彼はユダヤ人の財産を剥奪するナチスの政策の標的にされたという。
アドラーは、ミュンヘンの画商ハインリッヒ・タンハウザーから1916年にこの絵を購入し、1938年10月にハインリッヒの息子、ジャスティン・タンハウザーに売り戻している。訴状によると、アドラーはドイツを出国するのに必要な短期ビザを取得する資金を得るため、絵を売却したという。アドラー夫妻は結局、1940年にアルゼンチンへの入国を果たした。
タンハウザーは1939年以降、この作品を繰り返し美術館に貸し出している。その際に掛けられた保険では、作品の価値はアドラーが受け取った1385ドルを大幅に上回る2万ドルから2万5000ドルだったという。そして終戦から数十年後の1978年、タンハウザーの死後に《アイロンをかける女性》はグッゲンハイム美術館に寄贈された。
今回の提訴で子孫たちは、グッゲンハイム美術館がこの作品を「不当に所有している」と主張している。彼らが絵の返還を初めて要求したのは、2021年6月のことだ。
US版ARTnewsは、同美術館の担当者からこの件に関する声明文を受け取った。それによると、「収蔵品の来歴や、不当に奪われた作品の返還に関する問題を、グッゲンハイムは重く受け止めている」とした上で、「広範な調査と詳細な聞き取りを行い、相手側の弁護士と1年半にわたり対話を行った結果、この訴えには正当性がないと判断するに至った」という。
グッゲンハイム美術館の担当者はさらに、(作品が寄贈された)1970年代に同美術館が行った調査の際、元の所有者の息子であるエリック・アドラーに絵画の所有権について確認しているが、20日に提出された訴状はこの事実に「一切触れていないのは驚きだ」と指摘。同美術館によると、当時アドラー家でこの作品に関する懸念を示す者はいなかったという。
同美術館はまた、アドラーからタンハウザーへの絵画売却は、「長年にわたり継続的な関係を築いてきた当事者同士間の公正な取引」だったとしている。
グッゲンハイム美術館にとって、タンハウザーに関係した作品をめぐる訴訟は今回が初めてではない。以前にも、ナチスに迫害された別のコレクターの子孫との間で、ピカソの《ムーラン・ド・ラ・ギャレット》の所有権が争われたことがある。このときは、タンハウザーがこの絵を手に入れたのは、元の持ち主が「経済的に追い詰められた結果」だとされたが、2009年に和解が成立した。
さらに2022年の12月にも、別のコレクターの子孫が、タンハウザーが戦時中に不正売買したとされるゴッホの絵が1970年代に売却されたことをめぐり、ニューヨークのメトロポリタン美術館を提訴している。(翻訳:野澤朋代)
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