ARTnewsJAPAN

「ホームレス」がテーマの企画展が提示する美術館の可能性──「排除ではなく受け入れること」から始まる解決の一歩

世界的な経済危機や戦争で社会が不安定ないま、誰もが家を失う可能性がある──この問題にアート作品と建築作品を通じて向き合う巡回展「Who's Next? Untertitel Obdachlosigkeit, Architektur und die Stadt(次は誰の番だ?ホームレス、建築と都市)」がドイツの美術工芸博物館で開催中だ。本展を手がけたキュレーターが語るアートや建築の役割とは?そして会場である美術工芸博物館の取り組みから見えてきた、ミュージアムの可能性とは?

美術工芸博物館の「Who's Next?」展示の様子。43の寝袋はハンブルクで1年間に亡くなったホームレスの人の数を表している。Photo: Henning Rogge

EU圏内のホームレスの人の数は過去10年間で70%以上も増加しており、EUは2030年までの問題解消を目指すことで合意している。ドイツのハンブルク美術工芸博物館で開催中の「Who's Next? Untertitel Obdachlosigkeit, Architektur und die Stadt(次は誰の番だ?ホームレス、建築と都市)」は、アート作品と建築作品の紹介を通じてこの問題を扱っている。

「Who's Next?」の会場となっている美術工芸博物館は、ドイツ第二の都市であるハンブルクでも最もホームレスの人が多く集まるハンブルク中央駅の目の前にある。ドラッグの売人や中毒者も多く、以前は駅構内でクラシック音楽を絶え間なく流していた。これは同じフレーズを繰り返し流すことで長期滞在を防ぐ目的があり、いわゆる”排除アート”の一種とも言われている。さらに2012年からは中央駅構内での飲酒や地べたに座ることを禁止し、罰金を定めた。しかし根本的な問題の解決には至っていない。

インスタレーションから始まる展示

コロナ禍でホームレスの問題が顕在化しました。世界的な経済危機や戦争……いまや誰もが家を失う可能性があるのです」

建築家でキュレーターを務めたダニエル・タレスニクは、「Who’s Next?(次は誰の番だ?)」という展覧会タイトルの所以をこう話す。この展覧会は巡回展で、ハンブルクは2021年のミュンヘン建築博物館に続き2箇所目の会場となっている。

博物館入り口から「Who’s Next?」会場へと続く階段の上には、43の寝袋がぶら下がっていた。ハンブルクで2021年に亡くなった43名のホームレスの人たちを象徴するインスタレーションだ。会場の前に掲げられた、2020年のサンフランシスコで撮影された巨大な写真には、立派な市庁舎の前に広がる人気のない広場にソーシャルディスタンスをとって設置された仮設住宅が写っている。

展覧会会場の入り口には、ホームレスの人の寝姿をネオン管で模ったオブジェ「The Glowing Homeless」が光っていた。「このネオン彫刻『The Glowing Homeless』は、ミュンヘンでは美術館の前、つまり公共の場に展示されていました。会期中のInstagramは、この輝く人型の作品の写真で溢れていました」と、タレスニクはいう。

シンプルなフォルムが美しいネオン彫刻。しかし美術館から公共のベンチへと展示場所が変わった途端に、鑑賞者に与える印象は変わる。言葉以上に多くのものを語りかける、アートならではの力だ。

ミュンヘンの美術館の前に展示されたネオン彫刻。この展示は今後、東部ドイツへ巡回予定。いつか東京でも開催する機会があればと、タレスニク。The Glowing Homeless, Fanny Allié Pavillion 333, Pinakothek der Moderne, München, 2021, © Jakob Bahret

グローバルな問題のローカルな背景

 企画にあたり、タレスニクはまずミュンヘン工科大学の建築学科の学生と「ホームレス」とはそもそもどういう状態で、問題はどこにあるのかを考えた。ホームレスはグローバルな問題ではあるが、その背景は常にローカルだ。そこで、東京やニューヨーク、ムンバイやモスクワなど、世界5カ国・8都市で歴史や現状のリサーチをおこなったという。

仕事を求めて街にやってくる移民が多いムンバイ。不動産の高騰はもちろん、気候変動の影響、構造的な人種差別という根深い問題を抱えるロサンゼルス。サンパウロでは、住宅難だけでなく、低所得者向けの住宅は郊外に作るという空間的な分断も背景にある。

タレスニクは東京の特徴を、「清潔で無料の公共トイレではないか」と分析する。「著名な建築家が作ったトイレもあり、好例として展示したかったのですが、企業側からホームレスが使用する文脈で紹介したくないと断られてしまいました」と残念な表情を見せる。《Shinjuku, Tokyo, 2003》Photo: Myrzik und Jarisch

日本では「ホームレス」の数自体がほかの大都市に比べて圧倒的に少ない。これは「ホームレス=路上生活者」という言葉の定義が、他国と異なるせいでもあるという。例えば、アメリカでは「ホームレス」という言葉には、建物としての物理的な家だけでなく、拠点や帰る場所としての“ホーム”がないということも含まれる。またドイツ語でホームレスの訳語に当たる「オプダッハロス(obdachlos)」は「屋根を持たない」という広範囲の解釈だ。これはイタリア語やフランス語にも近く、シェルターをもたないという意味にも取れる。またスペイン語ではラテン語の「困窮者」に由来すると、タレスニクは説明する。

加えて、日本のホームレスは比較的に高齢の男性が多いという一般のイメージに反し、リサーチを通じて実際には女性や若い人が多いというイメージと実情の違いも明らかになった。「宮下公園の再開発によるホームレス排除がメディアでも注目を集め、問題が可視化されたのではないでしょうか。そして、これまで意識されていなかったブルーハウスにカメラが向けられた。そこで逆説的に、仮設建築としてのブルーハウスの完成度の高さや美的魅力が強まり、建築的な都市景観の一部と認識されるようになったような気もします」と、タレニスクは話す。

タレニスクらは、ドイツ各地の歴史と現状、対策も調査した。ドイツ国内だけで比べてみても、地理的に東欧に近く、東西再統一の後は不法占拠(スクワット)が広まったベルリンと、欧州の交通の要所として世界中から人が集まるフランクフルトでは、問題も対策のかたちも違う。

「Who‘s Next?」展示の様子。床にはホームレスの人の「生活スペース」が描かれ、街中の広告塔を模したものにはポスターのような展示を。例えばパリの元ホームレスと囚人が働くカフェ付きのアーバンガーデンや公共図書館など、世界各国の建築以外のアプローチが紹介されている。Photo: Henning Rogge

建築やアートが果たす役割とは

展示の最後には、リサーチや分析を踏まえ、ホームレスの人たちに向けた「住宅」の建築例が紹介されている。「建築だけではホームレスの問題を根本的に解決することはできません」と、タレスニクは言う。しかし建築家は他の分野と協力して、家を持たない人に「滞在できる場所」を設計することはできるとも続ける。

ここで紹介されているのは、近年実施された19のプロジェクトだ。問題に対する“ベスト”な解決法ではなく、注目に値する興味深いスタンダードを提示しているものを選んだ。

「例えば、ウィーンで2013年に完成した『VinziRast-mittendrin(フィンツィラスト・ミッテンドリン)』プロジェクトがあります。この建物には3人部屋しかなく、住民の半数が学生で、残りの半数は元ホームレスの人々です。一階には住民が働くカフェレストランがあって住民以外の人でも入れるようになっていますし、屋上庭園などの共有スペースもあります」

このプロジェクトの背景には、2009年にウィーン大学で起こった学生抗議運動がある。学生が大学の一部を占拠したとき、ホームレスの人たちがそこに協力したのだ。その後も交流を続けたいという学生たちの意向を受け、このプロジェクトが立ち上げられた。建築オフィスのgaupenraub +/-がアパートだった物件を学生たちとともにリノベーションし、機能的でコンパクトな10戸建てが完成した。

19のプロジェクトのモデルと詳細が紹介されているコーナー。「フィンツィラスト・ミッテンドリン」プロジェクトの公式URLには学生の声が寄せられている。社会学の学生は、建築がいくら素晴らしくても、自ら働きかけないと理想の共同体は完成しないと実感したそうだ。Photo: Henning Rogge 

世界で最も生活費が高い街、スイスのチューリッヒからは、サステイナブルな木製建築のモデュールによる「Notunterbringung Brothuuse(緊急宿泊設備ブロートフーゼ)」が紹介されている。コストも低く、必要な場所にすぐ作ることができ、移動も簡単だ。

またロサンゼルスからは、ブルックス+スカルパ設計の「The Six」が紹介されている。巨大な吹き抜けと公共スペースを持つ、非常にモダンな集合住宅だ。

「この中には、普段はラグジュアリーな高級ロフトを手がけている建築家の作品もあります。社会的なプロジェクトに特化したヒーローである必要なんてない。これまでに得た知識を、この問題に生かしてくれればいいと、私は思います」と、タレスニクは話す。

キュレーターを務めた建築家のダニエル・タレスニク。Photo:Laura Trumpp

ミュージアムにできること

美術工芸博物館では、この展覧会に関連して、昨年ハンブルクに発足した「ハウジングファースト」プロジェクト[編註:ホームレスになった原因を解決してから家を、ではなく「まずは住まいを提供することから始めよう」というホームレス支援のあり方。1990年代初頭にアメリカで始まり、EUではフィンランドでの成功を経て取り入れられ始めている]の住宅提供者を招いての説明会が開催されていた。ソーシャルワーカーが同行する展覧会のガイドツアーを通じて、議論が交わされ、情報交換が行われる。

また2019年には、ハンブルク市内を回る移動式シャワー車「ゴー・バーニョ」に博物館前のスペースと水を週3回提供し始めた。2020年には館内に大きなフリースペースを作り、入場無料で解放している。移動シャワーで体を洗った人たちが冬場に暖を取れるように、と考えてのことた。誰でも入場可能だが、お酒やドラッグなどで酩酊していないことが条件となる。 

このフリースペースは緩やかに仕切られており、床にマットが敷かれた幼児向けの遊び場もあれば、イベントを行うために椅子とホワイトボードが置かれたコーナーも。また、2〜3人がけのボックスが置かれたプライベートな場所もある。画材やさまざまなゲーム、展覧会やアートに関する書籍なども置かれ、電源やWifiも無料で利用可能だ。来場者がカタログを読んでいることもあれば、子どもが遊ぶ横でおしゃべりをしている親たちいる。そこに、大きなバッグを持ったホームレスらしき人がやってきた。日が落ちれば、まだ気温は零下の3月。顔見知りなのか、入口の人と挨拶を交わしている。

いま、この社会の中にある建築やデザインやアートを学び、新しいものを生み出すために開かれた交流の場でありたいという美術工芸博物館。目を逸らし排除するのではなく、受け入れること。展覧会、そしてミュージアムの空間に溢れる楽しげな空気から、小さな希望が伝わってきた。

美術工芸博物館の「Who's Next?」展示の様子。隣の窓からは、ホームレスの人たちが集まる広場が目に入る。Photo: Henning Rogge

あわせて読みたい