ビエンナーレ以外にヴェネチアで見るべき10の展覧会:イサム・ノグチとヤン・ヴォーのコラボ展やカプーアの個展など
いまヴェネチアを訪れる人の多くは、世界最大のアートの祭典、ヴェネチア・ビエンナーレを見るのが主な目的に違いない。今年は、チェチリア・アレマーニがキュレーションしたメインの展覧会だけでも200人を超えるアーティストの作品が展示され、さらに数十の国別パビリオンが参加する。
しかし、ビエンナーレ期間中にヴェネチアで見ることのできる展覧会は、これだけではない。市内のいたるところで開催される展覧会には、ビエンナーレ公認のコラテラル・イベントのほか、同時期に独自に催される企画もある。重要な現代アーティストの回顧展、壮大な新作プロジェクトの大がかりな展示など、多種多様なイベントが目白押しだ。
ただ、それらの中には、スポンサー付きのものが少なくないことは心にとめておくといいだろう。ギャラリーが所属アーティストの展覧会を市内の主要施設で開催するケースや、著名な美術史家やキュレーターが監修を行っているものもある。こうした展覧会の質は千差万別で、本当に見る価値のある展覧会を選ぶのは容易ではない。
そんな悩みを少しでも解消するため、ARTnewsではビエンナーレと同時期に開催されるものの中から、ヴェネチア滞在中に見逃せない10の展覧会をピックアップした。アーティストの所属ギャラリーがスポンサーになっている展覧会は、その旨を記している。
「Surrealism and Magic: Enchanted Modernity(シュルレアリスムと魔法:モダンの魅力)」展
ペギー・グッゲンハイム美術館(Peggy Guggenheim Museum)
今年のビエンナーレのメイン展示「The Milk of Dreams(ミルク・オブ・ドリームス)」は、現代のアーティストによるシュルレアリスムへの回帰を示すものだ。そして、20世紀の芸術運動、シュルレアリスムの中であまり知られていない非男性アーティストにオマージュを捧げる企画でもある。
ペギー・グッゲンハイム美術館の「Surrealism and Magic: Enchanted Modernity(シュルレアリスムと魔法:モダンの魅力)」展では、60点の作品が展示される。その内容はビエンナーレを補完するもので、サルバドール・ダリ、ジョルジョ・デ・キリコ、レオノーラ・キャリントンといったアーティストが、オカルトに強い興味を持った理由を探求する。ちなみに、ビエンナーレのメイン展示のタイトル「The Milk of Dreams」は、キャリントンの作品の題名に由来するもの。この美術館で常設展示されているマックス・エルンストの絵画《L'habillement de l'épousée(花嫁衣装)》(1940)などの有名作品に加え、ニューヨーク、エルサレム、ストックホルムなどの美術館から集められた知られざる傑作も含まれている。
会期:2022年4月9日〜9月26日
「Marlene Dumas(マルレーネ・デュマス)」展
パラッツォ・グラッシ(Palazzo Grassi)
ヴェネチア・ビエンナーレの期間中は、大規模な展覧会が鳴り物入りで行われることが多い。そのため、控えめなマルレーネ・デュマス展は逆に人目を引くかもしれない。デュマスは出版物や映画で目にした人物や風景の絵画、時には実際の観察に基づく作品を制作している。淡い色彩で描かれた作品は、とらえどころのない人間の感情を、絵の具によって永続的なものに変えようとする試みだ。そこに、母国である南アフリカの人種差別や女性蔑視へのまなざしが加わることもある。油彩、ドローイング 、インスタレーションなど100点が展示される。
会期:2022年3月27日〜2023年1月8日
「Anish Kapoor(アニッシュ・カプーア)」展
アカデミア美術館(Gallerie dell’Accademia)とパラッツォ・マンフリン(Palazzo Manfrin)
ヴェネチアではビエンナーレのたびに、必ずと言っていいほど物議を醸す大規模な展覧会が開催される。そうした展覧会が必見とされる理由は、展示作品の質というよりも話題性にある。今年はアニッシュ・カプーアの2つの展覧会が注目の的で、好むと好まざるとにかかわらず人々の話題をさらうことは確実だろう。
アカデミア美術館では、アムステルダム国立美術館のタコ・ディビッツ館長がカプーアの大規模な回顧展を企画した。1990年代にカプーアの名声を高めた鮮やかな色の顔料を用いた彫刻から、独占使用権をめぐる争いを巻き起こしたベンタブラック(極限の黒さの塗料)の作品まで、展示作品は多岐にわたる。なお、アカデミア美術館の展覧会はカプーアが所属するリッソン・ギャラリーが共同主催者であり、カプーアに関係する他の6ギャラリーも資金を提供している。一方、パラッツォ・マンフリンはカプーアの展示スペース兼アトリエとなり、カーボンナノテクノロジーを使って制作した新作が発表される。
会期(両会場とも):2022年4月9日〜10月9日
「Danh Vo, Isamu Noguchi, Park Seo-Bo(ヤン・ヴォー、イサム・ノグチ、パク・ソボ)」展
クエリーニ・スタンパーリア財団(Fondazione Querini Stampalia)
ヤン・ヴォーは他者のものを自分のものとして使うことで、一見平凡に見えるものから様々な奇妙な意味を引き出した作品で知られる。今回発表する作品では、画家のパク・ソボ(朴栖甫)の作品および彫刻家のイサム・ノグチがデザインした既製品を使い、同様のアプローチで制作を行なっている(本展は、この3人のアーティストが所属するホワイトキューブがスポンサー)。ヴォーとキュレーターのキアラ・ベルトーラは、建物自体が彫刻のようなものだという考えから、ノグチの有名な《Akari(あかり)》やパクの抽象画を館内に散りばめた。20世紀に制作されたノグチやパクの作品に、ヴォー自身が展覧会のために制作した新作が混ざり合い、バロックの歴史的な名画とも空間を共有することで、時間軸と地理的境界を超えた芸術的な対話が展開される。
会期:2022年4月20日〜11月27日
「Louise Nevelson: Persistence(ルイーズ・ネヴェルソン:持続性)」展
プロクラティエ・ヴェッキエ(Procuratie Vecchie)
ルイーズ・ネヴェルソンの大規模な展覧会はこれまでも世界各地で行われており、9年前の2013年にはフォンダツィオーネ・ローマ美術館で70点の作品を集めた回顧展が開催されている。しかし、ネヴェルソンが60年前のヴェネチア・ビエンナーレに米国代表として参加したことを踏まえると、今回の展覧会にはとりわけ大きな意味がある。
故人となってヴェネチアに戻ってきたネヴェルソンの展示作品は60点。箱の中に神秘的な幾何学模様やマス目を表現した木の作品は、特に広く知られている。会場のプロクラティエ・ヴェッキエ(旧行政館)は、アート界のエリートたちに愛される建築家、デビッド・チッパーフィールドによる改修が完成したばかりだ。キュレーターは美術史家のジュリア・ブライアン=ウィルソンで、巨大な彫刻に加え、木片をダイナミックに組み合わせたコラージュ作品など、ネヴェルソンのあまり知られていない作品も数多く展示している。
会期:2022年4月23日〜9月11日
「Ha Chong-Hyun(河鍾賢)」展
パラッツォ・ティト(Palazzo Tito)
抽象画を基本に据えて絵画の可能性を追求した1970年代韓国の美術運動、「単色画(ダンセッファ)」に属するアーティストたちの中で、河鍾賢(ハ・ジョンヒョン)は欧米ではまだあまり知られていない。河が所属する3つのギャラリー(アルミネ・レッシュ、国際ギャラリー、ブラム&ポー)が主催する今回の個展は、約20点の作品で構成される小規模なものだが、河の優雅なスタイルが世界中の人々を魅了する機会となるだろう。
キュレーションを担当しているのは、アートソンジェセンター(ソウル)のアーティスティック・ディレクター、金宣廷(キム・ソンジョン)だ(金宣廷は昨年、財団法人光州ビエンナーレの代表を務めていた際に不正行為があったとの疑いが浮上して辞職したが、告発については否定している)。この展覧会では、河が74年に制作を開始した「Conjunction(接合)」シリーズが展示される予定。このシリーズ作品では、麻のキャンバスの表ではなく裏面に絵具を塗って垂れるままにし、素材に結果をゆだねることで「自然な精神」を感じさせる作品にしたと、かつて本人が語っている。
会期:2022年4月23日〜8月24日
「Stanley Whitney(スタンレイ・ホイットニー)」展
パラッツォ・ティエポロ・パッシ(Palazzo Tiepolo Passi)
様々な色のブロックを並べたスタンレイ・ホイットニーの抽象画を集めた大規模な回顧展が、ニューヨーク州バッファローのオルブライト=ノックス美術館で2024年に予定されている。2年先の開催が待ちきれない人にとって朗報なのが、ホイットニーの個展がヴェネチアで開かれることだ。
キュレーターはウォーカー・アートセンター(ミネアポリス)のビンチェンツォ・デ・ベリスと、オルブライト=ノックス美術館のキャスリーン・チャフィー(24年の回顧展を担当している)で、特にホイットニーがイタリアで制作した作品に焦点を当てている。ホイットニーは、ニューヨークは自分のような黒人抽象画家にとって居心地が悪いと感じたことから、1992年に妻とともにイタリアに移り住んだ。チャフィーとデ・ベリスは、92年以降のホイットニーの作品制作にイタリアの歴史建築が与えた影響に注目する企画でもあると説明している。
会期:2022年4月23日〜11月27日
「Diana Policarpo(ディアナ・ポリカルポ)」展
オーシャン・スペース(Ocean Space)
オープンしたばかりのオーシャン・スペース(Ocean Space)で開催される2つの展覧会の1つが、サウンドやビデオによって自然界に潜む政治的文脈を提示してきたディアナ・ポリカルポの過去最大規模の個展だ。最新作「Cigatuera(シガテラ)」は、モロッコ沖にあるポルトガル領サベージ諸島での調査に基づくもので、映像と音響の要素を取り入れた作品だ。作品名は、魚が原因で起こる食中毒の総称に由来する。キュレーターのチュス・マルティネスは展覧会のステートメントで、「このインスタレーションは1つの島、人間が手をつけていない野生の島だ」と書いている。
会期:2022年4月9日〜10月2日
「Afro Basaldella(アフロ・バサルデラ)」展
カ・ペーザロ国際現代美術館(Ca’ Pesaro)
アフロ・バサルデラは、1956年のヴェネチア・ビエンナーレでイタリア美術特別賞を受賞し、59年には5年ごとに開催されるドクメンタの第2回展覧会に参加するなど、第二次大戦後の時期にさまざまな栄誉を得ている。しかし、テートやニューヨーク近代美術館(MoMA)に作品が所蔵され、イタリア美術史に名を残すアーティストでありながら、イタリア国外ではあまり知られていない。
45点の作品を集めた今回の展覧会は、エリザベッタ・バリソニとエディス・デバニーがキュレーションを手がけている。幾何学的な平面が交差する抽象画を中心とするバサルデラ作品をこれだけ包括的に見ることができるのは、多くの人にとって初めての機会になるだろう。イタリアでGruppo degli Otto Pittori Italiani(8人のイタリア人画家のグループ)という8人のアーティスト集団に所属していた時代から、米国でウィレム・デ・クーニングと親交を深め、抽象表現主義の技法を吸収した時代を経て、1950年代〜70年代のイタリアでの活動に至る流れを回顧する展示になっている。
会期:2022年4月21日〜10月23日
「to where the flowers are blooming(花が咲いている方に)」展
スパッツィオ・ベルレンディス(Spazio Berlendis)
1980年に韓国政府の腐敗に対する市民の抗議活動が鎮圧されて流血の惨事に至った光州事件(5.18民主化運動)をテーマに、2年前に韓国で開催された展覧会が、ヴェネチアに巡回する。展覧会のタイトルは、韓国人の心に深い傷跡を残したこの事件を扱ったハン・ガンの小説『少年が来る』(2017)の一節から付けられたものだ。企画は財団法人光州ビエンナーレで、事件のアーカイブ資料とともに、カデール・アティア、ホー・ツーニェンらの作品が展示される。また、光州市民の記憶を頼りに、蜂起の舞台となった広場を再現した朴和英(パク・ファヨン)も参加アーティストの1人だ。
会期:2022年4月20日〜11月27日。(翻訳:清水玲奈)
※本記事は、米国版ARTnewsに2022年4月18日に掲載されました。元記事はこちら。