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つくる手つなぐ手:第1回 栗林隆「ドクメンタ15《蚊帳の外》で伝えるアートを超えた関係性」

アーティストが次のアーティストを指名し、その「手」でバトンをつないでいく、リレー形式のインタビュー企画。第1回目は、5年毎にドイツ・カッセルで開催される国際美術展「ドクメンタ」(6月18日~9月25日)に参加するアーティスト栗林隆さん。ドイツ行きを5日後に控えた栗林さんに話を聞いた。

アートはやらない。異例続きの挑戦を「楽しむ」

今年開催される「ドクメンタ15」は、“No art, Make friends”(アートではなく、友達をつくろう)を活動理念に掲げるインドネシアのアーティストコレクティブ(集団)・ルアンルパが芸術監督を務める。世界中から54組のアーティストやコレクティブが名を連ねるなか、日本からは原子炉を模したスチームサウナ《元気炉》を制作したことで知られる現代美術家の栗林隆さんが、長年活動をともにしてきた「逗子海岸映画祭」を手がけるシネマキャラバンとともに参加する。


ドクメンタが開催される100日間だけではなく、その後にもつながるものをどうつくっていけるか? 栗林さんはルアンルパの活動理念に共感しながら「アートよりももっと直接的な人と人の関係性など、あらゆることが重要になってくる」と話す。今回はアートをつくらないと語る栗林さんの新たな挑戦は、一体どのようなものになるのだろうか。

「実は展示プランはほぼ白紙の状態ですし、まだドイツ行きのチケットも買えていない状況なんです。ルアンルパはアーティストのコレクティブなので、すでに決まっていたこともどんどんひっくり返してきます。ルアンルパもシネマキャラバンのメンバーも当然それぞれいろんな考えを持っているんですが、みんなまったくアイデアや意見をまとめてきてくれません。作品の方向性も当初の予定から二転三転、いや五転以上は変わってしまっていますが、でも僕は『今回はこういうものなんだ』と楽しむようにしています。死ぬわけではないので、普通は心配になってしまうところをどう楽しんでいけるかが大切。僕とシネマキャラバンはこの行き当たりばったりな状況を『行き当たりばっちし』と言って楽しんでいます。とはいえ僕は30年ほどアーティストとして活動してきましたが、まさかドクメンタという国際的な展覧会に何も計画なしで乗り込むことになるとは……人生は面白いですよね(笑)」


ドクメンタ15に展示する作品《蚊帳の外》のアイデアドローイング

ルアンルパから「今回アートはやるな」と言われたという栗林さん。アーティストにこういった難解なテーマが渡され、またアーティスト以外に活動家なども参加する異例のドクメンタ15は、どれだけ多種多様な発表になるのか注目が集まっている。

「アートはやるなと言われても、僕はアーティストなので、どうしても作品をつくりたくなっちゃうじゃないですか。でも『そういうんじゃない』とはっきり却下されました。僕がすごいと思うのは、これをドクメンタでやりきろうとしているルアンルパの強さです。初めは彼らに合わせていたドクメンタチームですら、今や不安になっていますからね(笑)。関係者全員の心構えが試される展覧会です。

多くの人は、今ではなく明日や1週間後、遠い未来への心配を担保してもらうために保険に入り、準備を万全にしておきますよね。でも本来は今の連続なので、ルアンルパのように今この瞬間だけに集中できるようになると強いと思います」

そんな栗林さんは武蔵野美術大学を卒業後、ドイツで12年間暮らしたのち2005年に帰国。しばらく逗子で暮らし、13年から現在にかけては、ルアンルパと同じくインドネシアに生活と制作の拠点を置いている。ドイツでは哲学を学び、また歴史的に多種多様な人々が混ざり合う東南アジアでは、他者とのコミュニケーションを重んじる空気に触れてきた。

「ドイツもインドネシアも、最終的に出来上がったものの綺麗さよりも作品がなぜそうなるに至ったかが問われるアートシーンです。ルアンルパもそうですが、作品のコンセプトやアイデア、人と人の協働といった創作のプロセスをすごく重要視しています。

僕はアーティストとして活動しながら武蔵野美術大学で教員をしていて、美術教育の現場でも学生たちによく『この世界では誰もが主役だから、僕から見たら僕が主役で、君たちは脇役。反対に、君たちが主役なら、僕も脇役なんだ。』と、創作を通じた役割や関係の循環を教えています。全員が主役であり脇役でもあるような軽やかな感覚を持つことができれば、人間関係は循環して創作の物語も豊かに動き出すはずです」


《元気炉》2号基を制作中の栗林さん


《元気炉》2号基体験の様子


栗林さんの代表作《元気炉》は、原子炉を模したビジュアルとは裏腹に、中に入れば爽やかな汗をかくことができる薬草スチームサウナの作品となっている。
東日本大震災以降、栗林さんが実際に福島に何度も足を運び、被災者の人たちと交流しながらつくりあげたリサーチベースの作品だ。

「僕はずっと、作品を通じて福島の原発問題などの社会的なテーマにも向き合ってきました。いつも自分自身があらゆる事象や物語と向き合うために、自分とそれらをつなぐクッションとなるような作品をつくっているんです。

深いリサーチのもと問題提起しながらも、怒りや悲しみを想起させる作品ではなく、なるべく人を笑顔にできるようなポジティブな作品制作を心がけてきました。《元気炉》は薬草スチームサウナなので、美術鑑賞であると同時に健康と美容に効果てきめんなんですよ。鑑賞者の皆さんはサウナで身体が温まり、血行も良くなり、元気炉から元気な状態で出てきます」


エネルギーをチャージして分け合えば、平和につながる

栗林さんは、アーティストは生きるメディアだと言い表す。社会問題に強く言及するアート作品は、見る人々に批評的な視点を与える一方で、見方を変えれば、問題の一側面だけを社会や人々の中に固定することになりかねない。それは問題の本質を見えづらくしてしまうという意味で、栗林さんは、作品を通じて戦争反対を訴えることが、逆に戦争の首謀者の狙いに加担することもあると警鐘を鳴らす。

「僕は無自覚に戦争などの悪に加担することが嫌なので、メディアが報じる悲劇の一側面だけにはフォーカスしないようにしています。僕らは尊重と履き違えて他人に干渉しすぎてしまいますが、『干渉する』と『尊重する』の線引きは全てにおいて大事ではないでしょうか。僕たち一人ひとりが他人に干渉せず、尊重しあうためには、まずは自分の好きなことに集中して、自分なりのエネルギーを蓄えることが大事です。一日中家でゴロゴロする日があってもいい。僕自身も本気を出せばものすごい量の作品をつくれるはずですが、基本的にはサボり魔ですし、常にフルパワーよりもむしろいい意味での適当さを維持していたいんです。

自分の好きに過ごしていれば自分の中のエネルギーが満ちて、余った分のエネルギーを人に分けられるようになっていく。こうして循環されていけば世界は少し平和に近づくと思いますよ。だけど今は、誰しもエネルギーが足りていない。多くの人が、自分に足りていないエネルギーを他人から奪おうとしてしまっているんですよね。こんなピンチの状況だからこそ《元気炉》のような作品がポジティブな効果を発揮し、今回のドクメンタでもルアンルパの“No art, Make friends”という活動理念が生き生きと社会に作用するはずです」


《蚊帳の外》アイデアドローイング


現在ドクメンタ15で展示中の《蚊帳の外》 cinema caravan & Takashi Kuribayashi 蚊帳の外プロジェクト


今の栗林さんは、ドクメンタ15に「蚊帳の外」をコンセプトにした作品の出展を考えているという。仲間外れの感覚を捉え、“Make friends”とは逆に位置するようなこの言葉は、実は万国共通の感覚らしい。

「今は蚊帳を使った《元気炉》のようなイメージを膨らませていますが、ルアンルパにアイデアが通るかわからないですし、戦争で材料がスムーズに調達できるかもなんとも言えません。なぜ『蚊帳の外』をコンセプトに採用にしたかというと、『蚊帳の外』にいる人についてイメージを膨らませたとき、実は僕もルアンルパもアート業界の蚊帳の外だったことに気づいたからです。

僕はずっとアート業界に違和感を感じながら生きてきて、美術史の文脈をいかに踏まないかを意識してきたので、完全に蚊帳の外のアーティストなんですよ。展覧会などでいつもご一緒するアーティストの方たちはとても優秀ですが、作品の素晴らしさとは別に、僕自身はそこにいることにすごく違和感を感じています。どちらがいいとか悪いとかは関係なく、ただ向かっている方向が違うと思うんです。そこには寂しさや、自分の存在に気づいてもらいたいという願いもあります。ルアンルパは、今や蚊帳の外から中に入り、ドクメンタで新たに蚊帳の外の人たちを迎え入れるわけなので、ドクメンタのコンセプト的にもすごく合っていると思っています」


最後にドクメンタ15への意気込みを聞くと、アートではなく人と人の関わり合いについての答えが返ってきた。

「ドクメンタが開催される100日間だけではなく、その後につながるものをどうつくっていけるかという意味で、たしかにルアンルパが言う通り、いわゆるアートよりももっと直接的な、人と人の関係性などあらゆることが重要になってくると思います。僕自身もドクメンタへの参加が決まってから、新しい出会いやいろいろな関わりがありました。どんな発表の形になるかまだはっきりとお話しできませんが、人と人とがつながり、独特のプロセスでアートを超える何かを模索してきた空気感を体感してもらえたら嬉しいです」

文=肥高茉実
写真=林ユバ
企画・編集=新井まる

栗林さんがドクメンタ15に出品している作品の設営・運営費をクラウドファンディング中。くわしくはこちら

ドクメンタ15のラインナップに関する記事はこちら


つなぐ次のアーティスト】
藤堂(とうどう)
多摩美術大学院彫刻専攻を修了後渡独。デュッセルドルフ芸術大学で学び2003年 にダニエル・ビュレン教授よりマイスターシュー ラーを取得。2011年震災を機 に13年間住んだドイツより帰国し現在神奈川県在住。自ら歩いて集めた欧米や日 本の石や瓦礫を切断し、その切断面にガラスを埋め込んだ作品でよく知られてお り、「場所・時間・空間・歴史・積層」をテーマに制作活動を続けている。夏に は「越後妻有 大地の芸術祭 2022」(7月30日~11月13日)に参加予定。
http://www.t0d0.info/

【栗林隆さんから藤堂さんへのコメント】
誰よりもアートを愛する人。歳も1歳違いで偶然誕生日が一緒。29歳のときに出会ったんですが、よくもわるくも彼から影響を受けていて、「30歳でアーティストとして芽が出てなかったらおまえは終わりだ」と言われていた。そうやって小ちゃくまとまらないように、温かく批判してくれていたヤツなんですよ。そういう意味では、同じ仲間であり、ライバルであり、大好きな作家のひとりです。

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