知っておきたいダミアン・ハーストのアート作品5選。ホルマリン漬けのサメから胎児の彫刻まで

2022年、東京の国立新美術館で「ダミアン・ハースト 桜」展が開かれた。日本人がこよなく愛する桜の時期に合わせた個展を訪れ、美術館でもう1つの“お花見”を楽しんだ人もいるだろう。しかし、ハーストといえば何かと騒ぎを起こすアーティストでもある。時に酷評され、非難の的となった彼の作品を改めて振り返ってみよう。

2022年1月からニューヨークのガゴシアンで開かれたダミアン・ハーストの展覧会「Forgiving and Forgetting(赦しと忘却)」 Courtesy Gagosian

ダミアン・ハーストは、1990年代の英国で頭角を表したヤング・ブリティッシュ・アーティスト(YBAs)の中でも、特に型破りな作家として一躍脚光を浴びるようになった。動物のホルマリン漬け、浮遊するバスケットボール、錠剤が並んだキャビネットなど、ショッキングな作風の作品は、超高額で取引されることでも知られている。

ハーストが初めて注目されたのは、ロンドンのゴールドスミス・カレッジ在学中に参加した88年のグループ展、「Freeze(フリーズ)」だ。YBAsの面々が企画し、低俗なファウンドオブジェ(自然にある物や日常生活で使われる人工物)を大胆不敵に取り入れたこの展覧会では、若いアーティストたちが「何を芸術とみなすのか」に関する意識の変化を作品で示していた。一方、その価値を疑問視する批判や怒りの声も少なくなかった。

ハーストが頻繁に取り上げるテーマは、人の死、信念、価値観などをめぐる問題だ。また、アートマーケットの権威を話題に乗せることも多い。たとえば、世界金融危機直前の2008年9月、彼は複数の新作をサザビーズで競売にかけ、7050万ポンド(当時のレートで約1億2700万ドル)の売上を達成した。通常、アーティストの新作はギャラリーを通して販売されるが、彼はアート界の常識を破って自分で作品をいきなり競売にかけたのだ。

そのため、「アートマーケットの寵児という評判を失った」という声もあったが、ハーストの作品は現在も、ガゴシアンやホワイト・キューブなどの大手ギャラリーが取り扱っている。彼はまた、英国で最も裕福なアーティストの1人でもあり、ARTnewsの「トップ200 コレクター」に2008〜14年まで毎年ランクインするほどの現代アートコレクションを所有している。

物議を醸す活動はまだ続く。19年には、ラスベガスのカジノホテル、パームス・カジノ・リゾートのペントハウススイートをデザインし、自らの人気作品で埋め尽くした。また、ダイヤモンドで覆われた頭蓋骨を07年に1億ドルで売ったとしていたが、最近の報道によると、この悪評ふんぷんの作品は実際には売れていなかったという。

アートマーケットとお金の関係を追求する中で、ハーストは21年夏に初のNFTアートを発表。自身の「スポット・ペインティング」シリーズをベースにしたNFTコレクション《The Currency(通貨)》では、1つの絵柄ごとに物理的な作品とデジタル作品が用意され、買い手はどちらか一方を選ばなければならない。そして、選ばれなかった方は破棄されることになる。

NFTマーケットに参入したからといって、ハーストはそれだけに注力しているわけではない。22年には、マンハッタンのガゴシアンでリアルの展覧会「Forgiving and Forgetting(赦しと忘却)」を開催。彼にとって4年ぶりのニューヨークでの展覧会は1月に始まり、その後4月16日まで会期が延長された。

こうして見てくると、いかにハーストが世間の関心を自分に引きつけておく才能があるかが分かるというものだ。それでは、これまでハーストが世間を騒がせた代表作を5つ選んで紹介する。

《The Physical Impossibility of Death in the Mind of Someone Living(生者の心における死の物理的不可能性)》(1991)

《The Physical Impossibility of Death in the Mind of Someone Living(生者の心における死の物理的不可能性)》。クンストハウス・ブレゲンツでの展示風景(2007年撮影) Photo: AP Photo/KEYSTONE/Regina Kuehne

ハーストの代表作の1つ、《The Physical Impossibility of Death in the Mind of Someone Living(生者の心における死の物理的不可能性)》は、サーチ・ギャラリーで1992年に初公開された。同年、彼はターナー賞に初めてノミネートされたが、この年は受賞を逃し、今年3月に死去した彫刻家のグレンビル・デイビーが栄冠に輝いている。ハーストがターナー賞を受賞したのは95年、対象は子牛をホルマリン漬けにした《Mother and Child Devided(母と子、分断されて)》だった。

《The Physical Impossibility of Death》でも、青いホルマリン液が満たされた水槽に、大きなイタチザメが歯を剥いた状態で静かに浮いている。この作品はすぐに物議を醸したが、その理由はいささか予想外のものだった。ロンドンのスタッキスト・インターナショナル・ギャラリーが、これはパクリだと抗議したのだ。その言い分によると、それより3年前に、エディ・サンダーがサメの剥製を自らの営む電気屋の店先に展示していたという。また、評論家の故ロバート・ヒューズは2004年のロイヤル・アカデミーでの講演で、サメの作品は別に過激とは言えず、商業化された芸術界の「文化的退廃」の一例に過ぎないと批判している。

2007〜10年にかけては、作品を所有する大物コレクターのスティーブン・A・コーエンの協力で、メトロポリタン美術館での展示が行われた。16年には、ハーストが制作した動物のホルマリン漬け作品の一部から有毒ガスが漏れているとする科学論文が発表され話題となったが、後にこの論文は疑問視され、撤回されている

《Pharmacy(ファーマシー)》(1992)

ロンドンのテート・ブリテンで2009年に展示されたインスタレーション《Pharmacy(ファーマシー)》 Photo: Stefan Rousseau/Press Association via AP Images

展示室を丸ごと使ったインスタレーション《Pharmacy(ファーマシー)》では、医療用キャビネットがずらりと並び、ガラス扉の向こうに薬のパッケージが陳列されている。カウンターには、地、風、火、水を象徴する4つのボトルが置かれ、古代(または非西洋)医学を表現している。蜂の巣の入ったボウルが乗せられた4つのスツールの上に吊り下がっているのは、光を放つ殺虫灯だ。

美術館やギャラリーに薬局を再現することで、ハーストは信念の体系としての医学に疑問を呈し、「治療」という概念がいかに誘惑的であるかという問題意識を提示している。蜂蜜を求めてうっかり近づいたら、感電してしまうのだろうか?

この《Pharmacy》も、他人の模倣だと糾弾された。やはりキャビネットの中に瓶を並べた、ジョセフ・コーネルによる1943年の同名作品に酷似しているとの指摘を受けたのだ。一方、ハーストは、この作品がテート・モダンで展示されたのに合わせて、錠剤を模したインテリアや作品を飾ったレストランを開業。「Pharmacy(薬局)」という店名にしたため、実際の薬局だとの誤解を招くとして、ハーストを含む店のオーナーは英国王立薬剤師会から提訴された。その後、店名は「Pharmacy Restaurant and Bar(薬局 レストラン&バー)」に改められ、告訴は取り下げられている。店は2003年に財政難と経営トラブルのため閉店した。

《For the Love of God(神の愛のために)》(2007)

現代アート史上最も高価な作品の1つだと言われる《For the Love of God(神の愛のために)》。18世紀のヨーロッパ人の頭蓋骨をもとに鋳造したプラチナのドクロの表面を8601個のダイヤモンドが覆い、額には52.4カラットのピンクダイヤモンドがはめ込まれている。古典絵画などで用いられた「メメントモリ(死を想え)」という命のはかなさを表す寓意表現を取り入れたこの作品について、ハーストはこう語っている。「ダイヤモンドで作品を作れたらと思ったんだけど、とにかく法外な制作費がかかる……。でも、だからこそやる価値があると考えた。死という重いテーマを笑い飛ばすようなものを作れたらいいとね」

死の不可避性が、過剰な量のダイヤモンドと対比されているこの作品は、商品としてのアートにも疑問を投げかけている。素材自体が非常に高価であるため、買い手が受け取るのは作品そのものの価値だけではない。かといって、使用されたダイヤモンドの価値の合計でもないからだ。

この作品で、ハーストはまたしても他の作家をコピーしたとのそしりを受けている。ジョン・ルケイが、1993年から作り続けてきた頭蓋骨を宝石で覆った作品のアイデアを盗まれたと主張したのだ。ルケイとハーストは過去に一緒に仕事をしたことがあった。 後にハーストは、あるメディアが企画したピーター・ブレーク卿(*1)とのトークの中で、「どのみち、自分のアイデアは盗んだものだ。ゴールドスミス在学中に、『アイデアは借りるものではなく盗むもの』と教わった」と話している


*1 英国のポップアーティスト。ビートルズのアルバム「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」のジャケットデザインなどで知られる。

この作品は、批評家たちに悪趣味だと言われただけでなく、高額作品に飛びつくアートマーケットの好みに合わせて作られた、単なる装飾品だとけなされた。また、2007年にある投資グループに1億ドルで売れたとされていたが、22年1月になってハーストは、この頭蓋骨が売れた事実はなく、今も自分とホワイト・キューブが所有していることを認めている。

「Treasures from the Wreck of the Unbelievable(難破船アンビリーバブル号の宝物)」(2017)

2017にヴェネチアのパラッツォ・グラッシで開催された、ダミアン・ハーストの展覧会「Treasures from the Wreck of the Unbelievable(難破船アンビリーバブル号の宝物)」の展示風景 Photo: Sabine Glaubitz/picture-alliance/dpa/AP Images

ヴェネチアは、2年に1度、大きな注目が集まる。ヴェネチア・ビエンナーレとその付帯イベントを見るために、世界中からアート関係者や観客が集まるからだ。そのビエンナーレで2017年に大きな話題となったのが、フランス人の大物コレクター、フランソワ・ピノーが所有するパラッツォ・グラッシとプンタ・デラ・ドガーナで披露されたハーストのインスタレーション「Treasures from the Wreck of the Unbelievable(難破船アンビリーバブル号の宝物)」だった。しかし、とにかく評判が悪かった。

この展覧会に並んでいたのは、東アフリカ沖合のインド洋で難破した船から引き揚げられたとされる数々のオブジェだ。約5000平方メートルの会場に掲げられた説明文によると、シフ・アモタン2世(*2)という解放奴隷が所有していた大昔の難破船から、スキューバダイバーたちが10年かけて運び出した財宝だという。ダイバーの任務を解説するドキュメンタリーまで用意されていたが、もちろん、これらはすべてフィクションだ。


*2 Cif Amotan II:I am fiction(私はフィクション)の文字を並べ替えたもの。

この展覧会はさまざまな点で物議を醸した。彫刻作品の1つが西アフリカのヨルバ族の芸術を不当に流用しているという非難の声が上がり、批評家たちも展覧会を「惨憺たる出来」だと酷評。とうの昔にハーストのアイデアが枯渇していることを裏付けるものだとした。また、この展覧会の準備には数百万ドルもの費用がかかったうえ、アートマーケットとは一線を画すヴェネチア・ビエンナーレの開催時に行われたにもかかわらず、全ての作品が購入可能だったことも人々のひんしゅくを買った。

それでも、何人かのトップコレクターが作品を購入。不動産デベロッパーのナイト・ドラゴンは、このシリーズから高さ約18メートルの彫刻《Demon with Bowl(鉢を持った悪魔)》を入手している。同社が22年3月に発表したところでは、この作品はロンドンのテムズ川沿いのグリニッジ半島に近々設置される予定だという。これより小さな3点の作品は、既にこの場所に飾られている。

ヴェネチアでの展覧会に動物が利用されたわけではないが、当時、会場となったパラッツォ・グラッシの入口に40キロもの動物の糞が投棄されるという事件が起きている。これは、100% アニマリスティという動物愛護団体によるもので、投棄された糞の脇に掲げられた横断幕にはこう書かれていた。「ダミアン・ハーストは帰れ! この作品を受け取れ! 100%アニマリスティ」

《Miraculous Journey(奇跡の旅)》(2018)

カタールのドーハにある病院の前に設置された《Miraculous Journey(奇跡の旅)》 Photo : Ammar Abd Rabbo/Abaca/Sipa USA via AP Images

《Miraculous Journey(奇跡の旅)》は、14体のブロンズ像が並ぶ彫刻作品だ。それぞれが胎児の発達段階を表しており、最後に高さ約14メートルの新生児像がある。この作品は、カタール美術館庁のシェイカ・アル=マヤッサ・ビン・ハマド・ビン・ハリーファ・アール=サーニーの依頼により、ドーハのシドラ医療研究センター(女性と子どものための病院)の前に設置されたもの。シェイカ・アル=マヤッサは、同国の首長、タミーム・ビン・ハマド・アール=サーニーの妹で、世界有数のアートコレクターとしても知られている。

2013年の初公開後、5年にわたり作品には覆いが掛けられ、18年に再び日の目を見ている。公式には建物の改修のためだとされているが、実際には裸体像への批判的な世論や、イスラム教徒が大多数を占める同国の文化に対する配慮の欠如への反発のためではないかと推測されている。

18年にドーハ・ニュースの取材に応じたハーストは、次のように述べている。「文化が違うから、難しい部分があるかもしれない。英国では裸の赤ちゃんは問題にならない。胚や卵子や精子と一緒に見せているわけだし。これは中東初の裸体彫刻だが、文化的背景の問題がある中でこのプロジェクトを進めたシェイカ・マヤッサはとても勇敢な人だ」(翻訳:野澤朋代)

※本記事は、米国版ARTnewsに2022年6月17日に掲載されました。元記事はこちら

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