フェミニズムの視点でピカソを「解体」。ハンナ・ギャズビーによる企画展が6月にNYブルックリン美術館で開幕
2018年にNetflix(ネットフリックス)のコメディスペシャル「ハンナ・ギャズビーのナネット」でパブロ・ピカソを強烈に風刺したハンナ・ギャズビーが、6月2日から9月24日までニューヨークのブルックリン美術館で開かれるピカソの企画展でキュレーターを務める。
ピカソ作品の複雑さを再評価する意味
「It’s Pablo-matic: Picasso According to Hannah Gadsby(パブロ問題:ハンナ・ギャズビーが見たピカソ)」(*1)と題されたこの展覧会では、主に女性アーティストによる100点近い作品が展示される。そこには、「ピカソ作品がアートに革命をもたらし、その影響が永続的なものであることを認めつつも、批評的、現代的、フェミニスト的な視点を通してピカソが遺した複雑な遺産を再評価する」という意図がある。
*1 原題の「Pablo-matic」は、パブロという名前と英語の「problematic(問題のある)」の造語。
出展作家には、作品を通じてピカソを批評的な視点で捉えるアーティストも含まれる。その一人、ミカリーン・トーマスはニューヨーク・タイムズ紙に、ピカソをテーマに取り上げるのは「モダンアートのボーイズクラブとでも呼ぶべき男性優位主義や、アフリカとの出会いから生まれたキュビスムに見られるアートの植民地主義を解体する試み」だと語った。また、ピカソの生前にその作品を購入した経験のあるドイツ人アーティスト、ケーテ・コルヴィッツの作品も展示が予定されている。
一方、展覧会の概要には、ピカソとは一見関係なさそうなアーティストの名前も。キューバ出身のアナ・メンディエタもその一人で、ピカソに対峙する作品ではなく、フェミニズムアートのパフォーマンス作品で知られる作家だ。
展覧会概要によると、企画の趣旨は「作品が展示される数多くのアーティストの声とともに、ギャズビーの考え方を強調することで、女性差別、創造性、美術史において正統とされる権威、そして『天才』をめぐる複雑な問題を改めて問い直す」ことだという。ギャズビーのほか、ブルックリン美術館のキャサリン・モリス、リサ・スモール、タリア・シロマが共同キュレーションに携わり、展覧会ではギャズビーによるオーディオツアーも予定されている。
これは「キャンセル」ではない
スタンドアップコメディアンのギャズビーは、2018年にNetflixの特別番組「ハンナ・ギャズビーのナネット」で、ピカソを「情熱と苦悩の天才金玉野郎」と喝破して注目を集めた。彼女は、ピカソを絵画の形式の革新者として賞賛しつつ、女性差別主義者として批判。さらには、自分が美術史という男性優位の分野を専攻しながら挫折し、その経験によってある種の気づきを得たことを告白している。
「美術の世界を知り、その中に身を置くことで思い知らされたのです。そこに私の居場所などないことを」
ピカソ没後50年にあたる今年は、ブルックリン美術館のほかにも世界各地で数十ものピカソ展が開催されるが、当然ながらピカソを偉大なアーティストとして賞賛するものがほとんどだ。と同時に、ピカソの残した遺産の評価について懐疑的な意見も根強く見られる。たとえば、ガーディアン紙は4月7日に「『残酷さで悪名高い』ピカソをキャンセルするべきか」という記事を掲載している。
記事の中で、ブルックリン美術館でピカソ展の共同キュレーターを務めるキャサリン・モリスはこう語る。
「ハンナ・ギャズビーの言うように、ピカソをただ嫌うだけでいいなら話はずっと簡単です。それに、ピカソをキャンセルするのが目的なら、この展覧会は実現しなかったでしょうし、ハンナも参加しなかったはずです。でも、フェミニストアートのキュレーターとして私が言いたいのは、今日ピカソを見るとしたら、フェミニズム批評の視点を通さないわけにはいかない、ということです」
ツイッター上では、ブルックリン美術館の企画展を嘲笑する声も出ている。批評家のディーン・キシックは皮肉たっぷりなコメントを投稿している。
「偉大な芸術家を偲ぶのに、ジョークを言わないコメディアンに展覧会を企画させ、その芸術家がいかに嫌な人間であったかを見せるなんて、かなり笑える企画じゃないか」(翻訳:清水玲奈)
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