LGBTQ+コミュニティの居場所をつくる! 社会的疎外をアートの力で解決する「QUEERCIRCLE」【エンパワーするアート Vol.5】

これまでとは異なる物事の見方を教えてくれるアートの力を借り、社会をより良い方向に進めようとする取り組みが生まれている。ロンドン在住の清水玲奈が伝える連載「エンパワーするアート」の第五回は、LGBTQ+コミュニティのための場としても注目される、イギリスのギャラリー付コミュニティ・スペース「QUEERCIRCLE」について。

Rafal Zajko: ‘Clocking Off,’ installation view, 2023 © Alex Loveless. Courtesy QUEERCIRCLE

あらゆるコミュニティにとって(あるいはコミュニティに帰属しているとは考えていない個人であっても)、物理的に集える場所は大きな意味をもつ。しかし、イギリスでは2015年ごろからLGBTQ+のコミュニティが集う場所が相次いで閉鎖に追い込まれる事態が起きた。自治体がゲイクラブなどの夜間営業許可証の更新を拒否したことが原因だ。

加えてロンドンでは、家賃高騰によって若いアーティストが市内中心部にスタジオをもてなくなっていた。ジェントリフィケーション(もともと低所得者層向けの居住地域だった場所が、再開発などによって活性化し、地価が高騰すること)もそこに追い打ちをかけた。

こうした状況に危機感を抱いたのが、映像作家でキュレーターのアシュリー・ジョイナーだ。「優れた才能を持つLGBTQ+アーティストのコミュニティを、ポジティブに祝福したい」と呼びかけ、2016年にスペースを借りて、知り合いのアーティストたちの作品を集めたグループ展を開いた。これが、現在ロンドン郊外のグリニッジでLGBTQ+主導のチャリティ団体として運営されている「QUEERCIRCLE」の始まりだ。

仲間が集える場としてのギャラリー

「LGBTQ+アーティストを支援し、LGBTQ+コミュニティをまとめる。シンプルなアイデアでしたが、多くの人の共感を呼び、こうしたプロジェクトが切実に求められていることを実感しました」と、ジョイナーは振り返る。その後、QUEERCIRCLEのあるべき姿をアーティスト、キュレーター、コミュニティ・オーガナイザーたちと議論した結果、アートの展示だけではなく、制作を支援し、仲間が集える場所としてのギャラリーをもつ必要性を感じたという。

こうしてQUEERCIRCLEは、2022年6月にロンドン東部のグリニッジにギャラリー併設のコミュニティ・スペースとしてオープンした。「自分たちと、未来のLGBTQ+の人々のために、長期的に社会のシステムの変革を促すこと」という目的のもと、現在はアート、健康、社会的活動の3つの柱で活動している。

QUEERCIRCLEはこれまで、LGBTQ+のアーティストによる展覧会のほか、アーティスト・イン・レジデンス、アートやクラフトのワークショップ、さらには健康とウェルビーイングのためのプログラムを主催してきた。加えてアートを起点に地域コミュニティとも連帯するため、地域活動やミーティングにも場所を提供している。

最新の展示のテーマは労働者の人権

ギャラリーでの最新の展覧会は、ラファウ・ザイコ(1988年、ポーランド、ビャウィストク生まれ)の個展「Clocking Off」(2023年9月16日〜11月26日)だ。ザイコは産業の歴史が環境へ与えた影響を、労働階級やクィア・アイデンティティといった視点で探究するアーティスト。個展に際しては、コンクリート打ちっぱなしのギャラリーに労働者の人権を奪う工場のメタファーとなる空間が誕生した。

カチカチという機械音が鳴り響くなか、逆さづりの大きな人形がメトロノームのように揺れ続ける。顔や個性を奪われた労働者をかたどった人形の彫刻はほかにも並んでいて、その一部の頭の部分は、衣料メーカーが製品の耐久性を実験する際などに用いる人工の汗を凍らせた氷でできている。これらの人形の頭は、少しずつ溶けて汗を流す(労働する)うちに、疲弊して考える力さえ奪われていくかのように次第に小さくなっていく。

取材の日、会場を訪れていたアーティストのザイコは、ジョイナーとの対話の中で「現代の産業社会で、気が付かないうちに、少しずつ人間性を奪われていく恐ろしさを表現したかった」と語った。

また、ギャラリーに併設されている「リーディング・ルーム」と呼ばれる部屋では、LGBTQ+アーティストのメグ・ジョーン・バーカーがQUEERCIRCLEのために委託制作したジン「Queer Creative Health(クィアのクリエイティブ・ヘルス)」のミニ展覧会が開催された。クィアのコミュニティに特化したクリエイティブ・ヘルスについてユーモアたっぷりに紹介する内容で、「ワークショップの教材として、あるいは自己探究のための材料として活用してほしい」という趣旨で無料で公開している

ジョイナーは作品について、「ゆっくりとした変化に気がつかず、知らないうちに致命的なダメージを受ける『ゆでガエル理論』を思い出させます。現代は、気候変動やロシア・ウクライナ間の戦争など、静かに身辺に及んでくる世界的な不安に覆われていますから、そんな私たち全員に語りかけてくる作品です」と解説する。Photo: Rafal Zajko: ‘Clocking O ff ,’ installation view, 2023 © Deniz Guzel. Courtesy QUEERCIRCLE

クラブよりも開かれた場に

QUEERCIRCLEが拠点とするのは、テムズ川沿いにあるグリニッジ半島の北部、ノース・グリニッジに設けられた「デザイン・ディストリクト」と呼ばれる建物の一角だ。コワーキングスペースやクリエイティブ企業のオフィスなどが入る16棟の複合施設で、8人の気鋭の建築家により、エネルギー消費と二酸化炭素排出量を最小限に抑えるよう設計されている。

ロンドン地下鉄ノースグリニッジ駅から徒歩3分で、テムズ川のフェリー埠頭にも近く、公共交通機関のアクセスもいい。建物が完全にバリアフリーとして設計されているのも特徴だ。場所を選ぶにあたり、アクセスのしやすさは大きなポイントになったとジョイナーは語る。

「かねてから、LGBTQ+の集う場所がクラブのようなナイトライフ関連の商業施設に限られるという状況を変えたいと思っていました。クラブは利用できる年齢層が限られますし、宗教的な理由や健康の理由からお酒を避けたいと思っている人は敬遠します。階段があることや、経済的な理由からクラブにいけない人もいました。だからこそ、クラブが閉鎖されている状況をむしろ利用しようと思ったんです」

コロナ禍でロックダウンが相次いだころ、アートの世界でも、ミーティングや展覧会、イベントがオンラインに移行した。しかし、関係者との議論のなかでオフラインの大切さが浮き彫りになったとジョイナーは言う。

「デジタルは疎外を生み出しかねません。インターネットにアクセスできない人たちもいるし、難しい問題を話し合う際にはスクリーンが障壁になりえます。何より、体験を共有したり、コミュニティの意識を生み出したりするうえで、物理的なスペースをもつことは必要不可欠なのです。社会的に疎外されている人でもいつでも行けて、誰かに会えて、挨拶をしてもらえて、話ができる。そんなスペースには、かけがえのない価値があります」

QUEERCIRLEのリーディング・ルーム。Photo: Deniz Guzel

沈黙させられがちな声に力を

QUEERCIRLEの代表と並行して、アーティストとしてもLGBTQ+の生活体験をテーマとした映像作品を発表しているジョイナー。プロとしてのデビュー作とも言える長編ドキュメンタリー『Are You Proud?』(2019)は、LGBTQ+教育のチャリティ団体Educate & Celebrateとの共同プロジェクトとして制作された作品だ。インディペンデント紙で「今年最も重要なLGBTQ+映画のひとつ」に選ばれたほか、ガーディアン紙の「2019年のドキュメンタリー・トップ10」にも掲載され、その後、英国映画協会のパーマネント・コレクションに登録された。

アーティストとして発表している映像作品もQUEERCIRCLEの活動も、LGBTQ+コミュニティで疎外され、沈黙させられがちな声に力を与え、継続的な議論を通じてコミュニティを築いていくことが狙いだ。「QUEERCIRCLEを立ち上げるにあたって、アートを通して何かをしたいという思いがあったし、アートを通して主張を伝えるのはとても有効な手段になるという確信もありました」と、ジョイナーは語る。

かつてキース・ヘリングは、エイズ患者の権利を擁護する団体ACT UPと活動を共にし、「セーフ・セックス」「沈黙は死」など、啓発のためのメッセージ性の強い作品を制作した。同じころ、やはりニューヨークでアーティスト集団Gran Furyの活動も大きな話題を呼んだ。

これらの一連のエイズ・アクティヴィズムと呼ばれるアート運動の例を引きながら、ジョイナーは「アートなら、大勢の人に社会的なメッセージを伝え、さらにはビジュアルなイメージによってそれを人々の脳内に定着させ、対話を生み出すことができるのです」と力強く語った。

グリニッジの対岸に当たる東ロンドンの貧困地域に生まれ育ったジョイナー。「子ども時代、さまざまな社会問題を身近に感じていたことが、現在の活動の原点になっている」と話す。 Photo: Stephen Chung / Alamy News, courtesy Ashley Joiner

みんなの居場所としてのギャラリー

ジョイナーがインタビューの間、LGBTQ+のアーティストたちが直面する問題として何度も口にしたのが「社会的疎外(social alienation)」、そしてそれを解決する「帰属意識(sense of belonging)」というキーワードだ。

「コロナ禍によるロックダウンは、あらゆる人が社会的疎外の問題に気づくきっかけとなりました。その後もトランスジェンダーは社会から疎外される傾向が続いています。すべてのアーティストを支援して、コミュニティに参加できるようにすることが求められているのです」

個展を開いていたザイコもまた、定期ミーティングのためにQUEERCIRCLEのイベントスペースに若者たちが集う様子を見て、「思わずグッときた」と、ポッドキャスト「Talk ART」で語っている。

「作品を設営していたある日曜日、2階のスペースにLGBTQ+の10代の若者たちが次々と集まってくる様子を目にしました。私の時代にはこうした場がなかったし、なんてすばらしいことだろうと、深い感慨をおぼえました。私はロンドンに来る前、ポーランドの小さな街で19歳まで育ちましたが、ゲイのティーンエイジャーとして、ずっと年齢を偽ってゲイクラブに行っていました。いいD Jが来てくれて音楽が楽しめたからでもありますが、何よりも、そこでしか自分が帰属できるコミュニティを見つけられなかったからです」

イギリスでは1988年、当時のマーガレット・サッチャー政権により、教育現場で同性愛に触れることを禁じる条項「セクション28」が制定され、スコットランドでは2000年、イングランドとウェールズでは2003年に廃止されるまで法的効力を持った。この負の遺産がいまもLGBTQ+の人たちの社会的疎外を深め、メンタルヘルスに影を落としているとジョイナーは指摘する。

「アートを通して、アートを取り巻くコミュニティへの帰属意識をもってもらい、その人をエンパワーできます。特にLGBTQ+の高齢者からは、どこに行けば仲間に出会えるかどうかがわからなかったという声を聞くことがあります。アートを通して悲しみや恥といった困難な感情や、あるいは喜びをアーティストも持っていることを知り、また自分もアートを通してそうした感情を表現することだってできるようになるかもしれません」

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