改めて知りたいドクメンタ。第1回目はいつ? 見に行く価値はあるの? 13の素朴な疑問に答えます
6月18日、世界最大級の芸術祭、ドクメンタが始まった。ドクメンタとは一体何なのか? なぜアート界はこれほどまでにこのイベントに注目するのだろうか? アーティストやキュレーター、ディーラー、評論家などのアート関係者に大きな影響力を持つと言われるドクメンタが巻き起こしてきた論争や、それにまつわる出来事を紹介しよう。
Q:そもそも、ドクメンタとはなに?
アート関係者にとってドクメンタは、定期的に開催される重要な国際的芸術祭の1つだ。5年に1度ドイツのカッセルで開催され、アーティスト、キュレーター、美術史家などから高く評価されている。とはいえ、イタリアで開催されるヴェネチア・ビエンナーレなどに比べると、アカデミックな色合いが濃く、アートマーケットと親和性のあるイベントとは言えないので、コレクターやディーラーの関心はそれほどでもないかもしれない。
ドクメンタを支えている精神には、他の堅苦しいビエンナーレには見られないある種の風変りな自由さがある。内容が謎に包まれていることも多く、参加アーティストの発表が開幕直前になることすらあるのだ。また、ドクメンタの芸術監督は、型破りな展示構成や、最近ではコンセプチュアル・アートに重点を置くなど、実験的なキュレーションを行う傾向がある。そして、この10年は、グローバルな視点に立ち、欧州以外の地域にも目を向けて参加アーティストを集めるようになっている。
Q:なぜドクメンタは重要なの?
人によって答えは千差万別だろうが、ドクメンタがキュレーターや美術史家に影響を与えている先進的な芸術祭であることは、ほぼ全員が認めるだろう。
初期のドクメンタは、抽象表現主義、ミニマリズム、コンセプチュアリズムといった新しいムーブメントの知名度を世界に広めたと評価されている。たとえば、1997年にカトリーヌ・ダビッドが芸術監督を務めたドクメンタ10では、まだデジタルアートが一般的になる前にウェブサイトでデジタルアートプロジェクトを行っている。
オクウィ・エンヴェゾーが率いた2002年のドクメンタ11は、アート界に欠けているグローバルな視点への転換を促すものだった。さらに、17年のドクメンタ14でアダム・シムジクが着目した先住民族のアートは、その後、他のビエンナーレにも広がっている。
ドクメンタは、国際的なビエンナーレの新しい流れを作るだけではなく、新たな才能に光を当てることも多い。その結果、それまで国際的なアートシーンで知名度が低かったアーティストの作品に注目が集まり、美術館で展示されるようになることもある。
マルタ・ミヌヒンの作品(ドクメンタ14) Photo Robert B. Fishman/picture-alliance/dpa/AP Images
Q:時間とお金をかけて、カッセルまで行く価値はある?
その価値はある。2022年のドクメンタは、カッセルで最大、かつ欧州で最古の美術館の1つであるフリデリアチヌム美術館など、32カ所の会場を擁する大規模かつ見応えのある展覧会だ。
ただ、そのスケールの大きさがネックになる場合もある。17年のドクメンタ14は、カッセルとアテネの2都市で開催されたため、全ての展示を見て回るのは難しかった。それどころか、キャロリン・クリストフ=バカルギエフが芸術監督を務めた12年のドクメンタ13では、アフガニスタンのカブール、エジプトのカイロとアレクサンドリア、そしてカナダのバンフにも会場が散在していた。
ただ、ヴェネチア・ビエンナーレとドクメンタの開催が、10年に1度同じ年に重なるのは悪くない。現在開催中のヴェネチア・ビエンナーレはコロナ禍で開催が1年延期されたため、変則的にドクメンタと同じ年になっている。また、今年はベルリン・ビエンナーレも開催される“当たり年”だ。
Q:ドクメンタのキュレーターになるには?
選考委員から芸術監督に選ばれた1人が指揮を取るのが基本。選ばれた人物が他のキュレーターを選び、最終的にドクメンタのキュレーションをサポートするチームが作られる。毎回、芸術監督には大きな注目が集まるが、キュレーターチームもキャリアアップにつながる憧れのポストだ。アートニュースペーパーが2014年に伝えたところによると、芸術監督の年俸は約10万ユーロだという。
ドクメンタのキュレーターは、長い間、白人のヨーロッパ人、そして男性だった。そのため、1997年にカトリーヌ・ダビッドがドクメンタ初の女性芸術監督になった時は画期的と受け止められた。続く2002年のドクメンタでは、オクウィ・エンヴェゾーが芸術監督を務めたが、彼は今でもドクメンタの芸術監督の中でたった1人の黒人で、アフリカ出身のキュレーターでもある。
今回、ドクメンタの芸術監督に選ばれたのはインドネシアのルアンルパだが、アーティストコレクティブ(集団)がドクメンタをキュレーションするのは初めてのこと。ただ、複数のメンバーがドクメンタをキュレーションするのは初めてではなく、1968年には24人の委員が分担して指揮を取っている。ルアンルパはアジア初の芸術監督でもあるが、これまでラテンアメリカ系や先住民族出身者が芸術監督を務めたことはない。
Q:参加アーティストはどういう基準で選んでいるの?
ドクメンタに選ばれるのにこれという決まりはなく、芸術監督の裁量に任されている。ドクメンタが他のビエンナーレと異なるのは、選ばれるアーティストの多くがヨーロッパで比較的知名度が低い点だ。これは、そのアーティストたちが駆け出しだということではない。没後何年も経ってからドクメンタで取り上げられるアーティストも多く、ここでの展示をきっかけに評価が高まる遅咲きもいる。アーティストには普通、2年の準備期間が与えられる。
Q:ドクメンタの財源はどこから?
ドイツで最も重要なこのアート展は、基本ドイツ国民が納める税金に支えられている。予算額は各回でかなり幅があるが、今回のドクメンタは4200万ユーロ(発表時のレートで5100万ドル)で、これまでの最高額となっている。
ドクメンタの創始者、アーノルド・ボーデ(左から2番目) picture-alliance/dpa/AP Images
Q:なぜカッセルで開催されているの?
カッセルはヴェネチアのように世界的に有名な都市ではないので、ドイツ国外から見ると、なぜ5年ごとにアート関係者がこぞってここに集結するのか不思議に思えるだろう。これには歴史的な理由がある。ドクメンタは、カッセル在住の美術史家アーノルド・ボーデが、2年に1度場所を変えて開催されるドイツ連邦園芸博覧会の一環として企画したのが始まりだった。第3回ドイツ連邦園芸博覧会がカッセルで開催された1955年に、ドクメンタは第1回目の幕を開けている。
Q:第1回ドクメンタはどのようなものだった?
1955年の第1回ドクメンタは、ドイツを荒廃させた第2次世界大戦が終わって10年後に開かれている。終戦前に行われた近現代美術の大規模な展覧会といえば、ナチスが前衛美術を弾圧するために開催した「退廃芸術」展が最後だった。ナチズムの記憶がまだ消え去らない中、ボーデは「あらゆる分野の現代アートのルーツを明らかにする」展覧会の開催を通してドイツの復興を目指したのだ。
その結果、168人のアーティストが参加した第1回のドクメンタでは、アンリ・マティス、パブロ・ピカソ、エルンスト・ルートヴィッヒ・キルヒナーなどを価値ある作家として扱い、ドイツで一時蔑まれていた現代アートの地位を高めた。ただ、ゾフィー・トイバー=アルプやパウラ・モーダーゾーン=ベッカーといった女性が含まれてはいたものの、アーティストはほとんどが白人の男性だった。
こうしたジェンダーや人種間の不均衡は何年も続き、87年にはゲリラガールズというアーティストコレクティブが、どうしてこの年のドクメンタは95%が白人で、83%が男性なのかと問いかけたこともある。いずれにしても、ボーデによる初回のドクメンタは、100日間の会期中に13万人の来場者を集めるという大成功を収めた。続く59年のドクメンタ2は、参加アーティスト339人、展示作品1770点へと拡大。以来、規模や来場者数は拡大し続けている。
1997年のドクメンタ10で女性初の芸術監督を務めたカトリーヌ・ダビッド Photo Oliver Berg/picture-alliance/dpa/AP Images
Q:ドクメンタの歴史で知っておくべきことは?
ドクメンタをめぐる近年の研究では、このアート展の背後にある政治性が指摘されている。中でも衝撃的だったのは、初期のドクメンタでボーデの相談相手だった美術史家のヴェルナー・ハフトマンが、ナチスの準軍事組織であるSAに所属していたというニュースだ。2021年にベルリンのドイツ歴史博物館で開催されたドクメンタの歴史に関する展覧会では、他の初期ドクメンタのアドバイザーもナチスとの関係があったことが暴かれている。
ドイツ歴史博物館の展覧会では、ドクメンタが世界政治の形成に果たした役割についても取り上げ、とりわけドクメンタ2のように、抽象表現主義など米国主導の運動を高く評価したことを指摘している。ドクメンタ3では、CIAから資金提供を受けた組織も参加していたという。この時の芸術監督、ラース・バング・ラーセンは、「初期のドクメンタは、地政学的な戦いや文化的な戦いの一部だった」とアートネット・ニュースに語っている。
Q:ドクメンタをめぐる論争で知っておくべきことは?
数えきれないほどたくさんある、と言っていいかもしれない。毎回、1つや2つ(あるいはもっと)騒動が起こるからだ。たとえば、ドクメンタ14では、主催者の資金管理に対する疑惑が各方面から突きつけられた(芸術監督はこれを否定)。また、今回のドクメンタ15では、パレスチナのグループの参加をめぐり、一部のユダヤ団体が反ユダヤ主義だと主張して論争の渦中にある(これも芸術監督に否定されている)。要するに、ここに書ききれないほどのトラブルがあるのだが、ありがたいことにドクメンタのウェブサイトには各回の歴史が掲載されているので、そこで詳細を知ることができる。
Q:ヴェネチア・ビエンナーレの金獅子賞のような賞はドクメンタにもある?
ドクメンタに賞制度はないが、カッセル市が授与するアーノルド・ボーデ賞にドクメンタ参加者が選ばれることがある。金獅子賞のような権威のあるものとは言えないが、金獅子賞にはないものもある。それは賞金だ(とはいえ1万ユーロ程度だが)。過去の受賞者には、ハンス・ハーケ、オル・オギュイベ、ゲルハルト・リヒターなどがいる。
ドクメンタは、2012年のドクメンタ13で発表されたピエール・ユイグの彫刻のような実験的な作品で知られている Photo Uwe Zucchi/picture-alliance/dpa/AP Images
Q:ドクメンタの出展作品は買えるの?
ドクメンタは作品を販売するための展覧会ではないので、アート・バーゼルのように担当者と購入について話をするという一般的な方法は取れない。ただ、アート・バーゼルの会期はドクメンタと重なったり、近い時期に行われたりするので、ギャラリーはドクメンタ参加の勢いを利用して、そのアーティストの作品をフェアで売り込もうとするだろう。
Q:ドクメンタの観覧料は?
2022年の大人1日券は27ユーロ(28ドル)と、比較的手頃な価格になっている。このチケットで、現地の交通機関も利用できるので、あちこちの会場を巡るのに便利だ。ただ、ドクメンタはとても1日では周りきれない。それを見越して、45ユーロ(47ドル)の2日券も用意されている。(翻訳:平林まき)
※本記事は、米国版ARTnewsに2022年6月16日に掲載されました。元記事はこちら。