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  • 2022.12.02

ミシュラン星つきの味をメタバースで! 「人間の知覚を再プログラムする」食とアートとテクノロジーの大胆な融合

12月4日まで開催のアート・バーゼル・マイアミ・ビーチで、ある斬新なイベントに注目が集まっている。これまで視覚芸術分野のアーティストが敬遠してきた領域、すなわち味覚への挑戦だ。

氷の上のファルーダ(南アジアの冷たいデザート)

味覚とアートの融合を追求するイベントを仕掛けたのは、大規模体験型アート施設を運営するスーパーブルー(*1)だ。現在スーパーブルー・マイアミでは、ミシュランの星付きレストランの試食会と、ガイド付きのVR(バーチャルリアリティ)ビュッフェを組み合わせた「エアロバンケッツRMX」が行われている。


*1 Superblue:米国のメガギャラリー、ペースのCEOマーク・グリムチャーを中心に設立された体験型アート事業。21年に京都進出を発表した。

この複合現実(*2)体験は、スーパーブルー・マイアミとフェイスブックを運営するメタ社のオープンアーツ部門が共同で提供するもの。ちなみに、メタ社は11月初旬にアートとデザインに関する部署を縮小したと報じられている。


*2 mixed-reality:仮想の世界と現実の世界を密接に融合させ、複合的な空間知覚を生み出す技術。

チケット(昼の部は58ドル、夜の部は200ドル)を事前購入したゲストは、ダイニングルームへと案内される。未来的な内装デザインを手がけたのは、エアロバンケッツ・プロジェクトを立ち上げたアーティストのマティア・カサレーニョ。ゲストはメタ・クエスト2(Meta Quest 2)VRヘッドセットを装着したのちに、今年ミシュランの星を獲得した南インド料理レストランのシェフ、チンタン・パンディアがこのプロジェクトのために作ったアミューズブーシュ(一口サイズの前菜)を味わう。

一方、ゲストが体験する仮想現実の世界では、人気料理番組「トップ・シェフ」の審査員を務めるゲイル・シモンズの心地よい声で解説が流れる。それを聞きながら、料理の味や食感を目と耳で味わうという仕組み。いったいどんな体験なのか想像しにくいかもしれないが、まさにそこがポイントなのだ。

「エアロバンケッツ(Aerobanquets)RMX」では、VRヘッドセットを装着した来場者に独創的なアミューズブーシュが供される。Photo: Instagram/ @aerobanquets

カサレーニョは、インタビューでこのプロジェクトを次のように説明している。

「味覚はどう視覚化できるのか? スパイスの刺激を形にするとしたら? フレーバーはどんな色彩で表せるのだろう? 私はエアロバンケッツRMXを、五感全てに総合的に訴える饗宴として、多感覚の旅として、そして、それぞれの感覚から生み出される人間の知覚を再プログラムするための手段として構想したのです」

これは確かに壮大なチャレンジだ。

本作は、イタリアの詩人フィリッポ・トンマーゾ・マリネッティの『The Futurist Cookbook(未来派料理帖)』から着想を得ている。1932年に出版されたこの料理本は、未来の人間が食べ物とどのような関係を結ぶのかを考察したシュールなレシピ集だ。カサレーニョは早くから複合現実を取り入れた作品を手がけていたが、今回のプロジェクトではシェフのパンディアとともに、インスピレーションの源となった『The Futurist Cookbook』のユートピア精神を取り入れながら、テクノロジーと食の関係を探求している。

提供される料理に使われている食材は、来場者にとって馴染みのないものばかりではない。とはいえ、60年代からテレビの料理番組で活躍した料理研究家ジュリア・チャイルドのレシピとはかけ離れた方法で調理されている。

メニューに並ぶのは、「ローストホープ(ローストされた“希望”)のムース」、「初めて唇を噛んだときのような味わいの真珠」、「寒い秋の午後、鍵穴を風が吹き抜けるときの音を連想させるタルト」といった風変わりな名前のアミューズブーシュ。BGMには、先頃バルセロナの音楽フェスティバル、ソナーにも出演していた電子音楽アーティスト、Martux_Mによるオリジナル曲が流れる。

ニューヨークのレストラン、ジェームズ・ビアード・ハウスで行われたイベント「エアロバンケッツ2019」での一品。

カサレーニョが初めてエアロバンケッツを構想したのは2018年、クロノス・アート・センター(メディアアートを専門とする上海のNPO・展示施設)の助成金を得て具現化した。アムステルダムのレストラン、トスカニーニのシェフ、フラビオ・G・カレスティアとコラボした初回イベントは、上海で実施。翌19年に、第2弾をニューヨークのレストラン、ジェームズ・ビアード・ハウスで開催している。

その頃に比べ、技術は格段に進歩している。特に、リアルの世界での動きを以前よりかなり正確にヘッドセット内で再現できるようになった。この効果を最大限に活かすため、カサレーニョと彼の制作スタジオ、フレーバー・ファイブ・スタジオは、ダイニングルームに設置するための特注家具をデザインした。バーチャルとリアルの世界を行き来する体験を、よりダイナミックでシームレスなものにするためだ。

メタ社オープンアーツ部門のトップ、ティナ・ヴァズはこう述べている。「メタバースの世界に大胆に飛び込み、新たな地平を拓こうとするマティア・カサレーニョのようなアーティストこそ、この最先端分野に対する私たちの理解を深め、その活用を進化させるのです」(翻訳:野澤朋代)

from ARTnews

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