羽田圭介 連載エッセイ「色々経てアートに目覚めるかも」
アーティストによって生み出されたアートは、どこでどんなふうに売られ、買われているの? そんな「?」を解決すべく、様々なギャラリーを訪れ、時にアートの見方や買い方をギャラリストに聞き、時にアートオークションへ潜入。現代アート事情に次第に通眼していく、小説家・羽田圭介さんによる連載エッセイです。

第4回 アートフェア東京2022をめぐる話

Apr 08, 2022
STORY
羽田圭介

文:羽田圭介

アートフェア東京2022を取材することとなった。様々な画廊がアート作品を各ブースで一斉に出展販売する、三日間にわたるイベントだ。僕のスケジュールの都合上、初日VIP招待の時間帯に、会場である東京国際フォーラム ホールEへうかがった。

QRコードをかざし会場へ入って早々、目の前に金正恩がいた。全身黒の、太い身体のラインを見せるような格好で、連れの人二人と一緒にいる。さすがに北の将軍が手薄な警護態勢でいるわけもなく、同じ髪型をし似ているだけの別人なのであった。

金正恩はいなかったが、金色の短髪に日焼けした肌の男性が女性と一緒に歩いていて、なにかしらのスポーツ選手だ、と思ったが、スポーツ観戦にまるで興味のない自分はその人の顔に見覚えはない。すぐ近くにも、カラフルな衣装を着た芸能人らしき数人がいて、これからロケ撮影でも始まるのかと思ったが、テレビカメラはない。

そんな光景がずっと続きやがて気づいたが、単純に、モード系の服を着たり派手めな髪型をしたりしているお洒落な人たちの集まりなのであった。東京国際フォーラムの地階は、大勢集まるクイズ番組のテレビ局収録スタジオの雰囲気にとてもよく似ていた。

追い剝ぎから真っ先に狙われそうな全身ハイブランドの細い中年男性が目の前を歩く。画廊スタッフらしきスーツ姿の女性二人が「売れた」「○○はお気に召さなかったみたい」と話すのが聞こえる。日本語だけでなく、英語や中国語等、外国語での親しげな挨拶や商談なのか、そういうのもあちこちで耳にした。

それにしても、アート作品を買えるVIP待遇の人たちの集まりだからか、年齢層は中年以上の人たちが圧倒的に多く、お洒落な格好の中年たちがこんなに大勢集まる空間へは、人生で初めて来た。メディアで伝えられ続ける、ロシア軍からの攻撃を受け着のみ着のままで逃げるウクライナの人々とは、全然違う。

ふと通りかかったブースで、見覚えのあるイラストのキャラクターと、目があった。

おう、久しぶり、こんなところで~! 再会すると、心の中でそんな気分になった。こうやって人は、馴染みのような感覚からそこを足がかりにして、知らなかった分野の知識をどんどん広げてゆくのだろうと思う。

一人のアーティストの作品を集中的に展示していたりする画廊なんかとは異なり、様々なアーティストの作品が各ブースに展示されていると、そのどれもに多大なる注意は向けられない。販売済みを示す赤丸印にたまに目がいくが、値札を見る気はしない。様々な作品が見られるから、美術館へ来た気分になってしまうのだろう。見て楽しめたら、わざわざ自分がそれを所有しなくてもいい、というように。投機的目的であれば、話は別だが。

買う気は起きずとも目にとまる作品はいくつかあり、どれも不穏さやグロテスクさを漂わせているという共通点があった。たまたま、11年ぶりに『ツイン・ピークス』を見返しているため、デヴィッド・リンチ作品にも通ずるような雰囲気に目をひかれているのかもしれないし、そういったものが好きな感性だからこそ、デヴィッド・リンチ作品に心惹かれるのかもしれない。

それにしても行く先々で、誰かが誰かに話しかけ、即座に話が盛り上がったりしている。狭い界隈で知り合い同士が多いのだろうが、そうでなくとも、たとえば二〇代後半くらいの着飾った綺麗な女性が初対面らしき画廊スタッフに話しかけ、どんどん会話が弾んでいったりもする。さすがにこの人は違うだろうと見ていた山登りみたいな格好をした地味な雰囲気の初老男性も、他の人に話しかけられるとたちまち、艶のある声かつ上品で緩急つけた話し方で、会話に花を咲かせるのであった。そこで僕は、気づいた。

アートフェアに来る招待客たちは全員、話し慣れている。

若い人から高齢者まで、年齢は関係ない。たとえば、子供の頃に参加した町内会イベントで聞いたりした大人たちのつまらない話や、今も日常的に人が多数集まったりする場で耳にする、「あー」とか「うー」とか多々ぼやいたりしている、文字おこしすると中身がなにも残らないような、ほぼ〈噂・嫉み・自分語り〉だけで構成される乏しい会話とは、まるで違っているのだ。

つまり高額のアート作品を買えてしまう、文化芸術への興味と経済力をあわせもつ支配層側の人たちは、言語能力が高い。

会場へ訪れた当初、僕の目は人々のお洒落な服装にばかりいっていたが、それは本質ではなかった。

アートは資本主義と密接に関わっており、資本主義社会で優位な立場にまわれるかどうかは、言語能力の高さにかかわっている。その実も蓋もない真実が、わかってしまう場であった。母国語外の言語を臆することなく話す人や、少し耳にしただけでも深みがあるとわかる話をする人、初対面らしき人とも気の利いた会話ができてしまう人たちが、そこらじゅうにウヨウヨいた。そんな空間を、日本国内で僕は他に知らない。

今回訪れたイベント:アートフェア東京2022

アートフェア東京は、日本最大級のアートフェア。古美術・工芸から、日本画・近代美術・現代アートまで、幅広い作品が展示される国際的なフェアとして2005年から開催されている。2022年3月10日〜13日(10日は招待制)、東京国際フォーラム ホールE/ロビーギャラリーで開かれ、約150軒のギャラリーが出展。来場者数は4万3000人超を記録した。公式ウェブサイト:https://artfairtokyo.com

羽田圭介
小説家

はだ・けいすけ/1985年東京都生まれ。明治大学商学部卒。17歳の時に「黒冷水」で文藝賞を受賞し小説家デビュー。2015年「スクラップ・アンド・ビルド」で芥川賞受賞。近著に『Phantom』(文藝春秋)、『滅私』(新潮社)、『三十代の初体験』(主婦と生活社)がある。

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