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羽田圭介 連載エッセイ「色々経てアートに目覚めるかも」
アーティストによって生み出されたアートは、どこでどんなふうに売られ、買われているの? そんな「?」を解決すべく、様々なギャラリーを訪れ、時にアートの見方や買い方をギャラリストに聞き、時にアートオークションへ潜入。現代アート事情に次第に通眼していく、小説家・羽田圭介さんによる連載エッセイです。

第9回 「ライアン・ガンダー われらの時代のサイン」の“もっともらしい”解釈

Sep 27, 2022
STORY
羽田圭介

文:羽田圭介

当連載担当編集者より教えてもらっていた、「ライアン・ガンダー われらの時代のサイン」へ、平日の雨の日の午後、ふと行こうと思った。展示場所は、京王線初台にある東京オペラシティ アートギャラリーだ。三〇年近く前に建てられた建物は、アクセントとして木材や植物だったりと自然の要素を取り入れようとする最新の建築物と違い、無機質さを目指したようなコンクリートの建物となっている。

夕方に中へ入ると、だいたい三ブロックに分かれた広い空間の一つ目の展示室に、ほとんど人気はなかった。白壁の空間を贅沢につかった配置で、壁に埋め込まれた発券機に手をかざすと謎の数字が記されたプリントが出てきた。それも作品であり、今この原稿を書きながら初めてパンフレット中の解説を読んでみたのだが、『あなたをどこかに連れて行ってくれる機械』は、〈アルゴリズムによってランダムに選ばれた地球上のどこかの地点の緯度と経度の座標がプリントされます〉とのことだ。パンフレットに頼らず解釈しようとすると、機械工作が得意な人のおもしろ工作品という感じがしたし、案外作ってる本人はそういうノリだったんじゃないかとも思う。しかしパンフレットを読むと、今ここではない外側へ思いを馳せるきっかけ云々、ともっともらしい感想もわいてくる。

白い壁にもたれかかるようにして座る、身体にぴったりとフィットしたスウェットを着ている全身真っ黒の女の彫刻は存在感があった。炭のような色をした彼女が動き回った形跡を表現するかのように、白壁のところどころに流れるような黒い汚れがある。少し離れたところにある壁にも、同じような白服に炭色の肌の男が立った状態でもたれかかっていた。男の周りの壁には、尻と背中を壁にくっつけながら横に移動したのだろうなというような汚れがついている。

女と男の両者とも、最初は囚人のように見えたのだが、やがてアクティブな格好をした一般人として見えるようになった。活動的だった人たちが、己の生きた証を白壁にぬりつけてゆき、時間の経過と共に炭化し、動かなくなった。

じっくり観察しながらそんな解釈へと辿りついた僕の横を、たまに他の客がさっさと通過する。僕は、作品に対し意味を見出そうとしすぎなのだろうか。これでも、飛ばし飛ばしに見ているような実感ではあるのだが。そして例によって今初めてパンフレットの解説を読んでいるのだが、女の像『脇役(タイーサ、ペリクリーズ:第5幕第3場)』は〈等身大のグラファイト製の彫刻で、リハーサルの舞台裏で出番を待つ脇役を表しています〉とあり、男の像『脇役(バルタザール、ヴェニスの商人:第3幕第4場)』も同様だった。僕の解釈と全然違う。どうも僕の解釈は、作家が公式に認めパンフレットに記された説明と比べ、真理を追究したとでもいうような重い内容になりがちなようである。

次ブロックの展示室へ行っても人は少ない。だが意識してみると人の出入りはそれなりにあり、二十代のカップルがやって来て作品の前で男が女のポージング写真を撮ったと思うと、さっさと歩き去ったりする。なんというか、不思議な光景だった。一人千数百円の入場料を払ってわざわざ訪れながらも、作品をほんの一瞬しか見ずに、おそらく自分なりの解釈をする時間ももたないまま、行ってしまう。人間は本質的に、アートなんてものは好きじゃないのではないか。わざわざここに来ている人たちですらそうなのだから。そんなふうに感じてしまった。もしくは、アートが日常の一部になっており目が肥えていて、じっくり解釈しようとするレベルをとうに超越した、アート鑑賞の達人たちなのだろうか。

数十もの作品を見た中で、今になってパンフレットの説明を読み理解した作品は他にも多数あり、〈作家の娘が4歳の時にシーツと家にあるいろいろな物を使って作ったシンプルな隠れ家を、大理石の彫刻にしたもの〉『ワタシは…(ⅷ)』など、娘や息子がやったなにかをそのまま作品にしたり、サンプリングしたりした作品が数点あった。サンプリングはともかく、子供になにかをやらせたものを基にしてアートとして固めた作品に関しては、個人的な感想として、ズルいんじゃないのか……と思った。受け手が神経をつかって文脈を理解してくれようとしている世界で、文脈関係なしの子供の自由な発想を主軸にして、それを読ませようとするのは果たしてどうなのか。まあ、アートの世界ではアリなのだろうが。
 
展示の終盤で、大きなテレビ画面に映像が流されていた。途中からだったが、他の客たちとともに鑑賞した。ドキュメンタリー番組で、一時間ほどあるそれは全部見ておいたほうがいいと編集者から言われていた。お面をかぶったライアン・ガンダーが色々な人に自己の概念にまつわることの質問をしていて、顧客の脳を冷凍保存し未来で生き返らせようとする技術者の話などもあり、たちまち見入った。BBC制作だというエンドロールのあと、冒頭から見始めて脳内で内容をつなぎ合わせる。

ふと気づけば、没頭していた。それも簡単に。自分の頭をつかっている感じはほとんどない。受け手にとってはものすごく簡単に内容が伝わるし充実感も得られる、映像という表現形式の強さを実感した。しかしそのいっぽう、鑑賞体験としては段々と平凡なものとなり、埋もれていった。

同じライアン・ガンダーという作家の作品であるのに、現物のアート作品と比べると、どうして映像は埋もれてしまうのか。それはひとえに、映像作品の情報量の少なさにあると思う。特にドキュメンタリーものにありがちだが、一時間かけて伝えられる内容は、文章だったら雑誌見開き二ページくらいで読み終えられる内容なのだ。デジタルデータ上ではテキストより映像のほうがはるかに大きく重いのに、内容は軽い。

いっぽう、現物のアート作品に対峙し、解釈しようとする体験は、映像のように意味の要約ができない。だから他のなにかと比較しようという気にもなれない。見る人間が時間の進むスピードを脳内で自由に変えられるというのが、現物アート作品の特性であり強さなのだろう。

「ライアン・ガンダーが選ぶ収蔵品展」は、閉館間近だったので駆け足で見た。帰る際、警備員の男性から、「傘のお忘れ物はないですか」と訊かれた。警備という業務以外のこともするなんて、日本人特有の気遣いなんだろうなと感じた。

今回訪れた展覧会:「ライアン・ガンダー われらの時代のサイン」

国際的な注目を集める英国人アーティスト、ライアン・ガンダー(1976〜)の東京で初の大規模個展として、2022年7月16日〜9月19日、東京オペラシティ アートギャラリーで開催。日常生活で気に留めることを忘れている当たり前の物事へ着目した、オブジェ、インスタレーション、絵画、写真、映像など、多岐にわたる作品が展示された。また、個展に加え、「ライアン・ガンダーが選ぶ収蔵品展」も同時に開催。

羽田圭介
小説家

はだ・けいすけ/1985年東京都生まれ。明治大学商学部卒。17歳の時に「黒冷水」で文藝賞を受賞し小説家デビュー。2015年「スクラップ・アンド・ビルド」で芥川賞受賞。近著に『Phantom』(文藝春秋)、『滅私』(新潮社)、『三十代の初体験』(主婦と生活社)がある。

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