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羽田圭介 連載エッセイ「色々経てアートに目覚めるかも」
アーティストによって生み出されたアートは、どこでどんなふうに売られ、買われているの? そんな「?」を解決すべく、様々なギャラリーを訪れ、時にアートの見方や買い方をギャラリストに聞き、時にアートオークションへ潜入。現代アート事情に次第に通眼していく、小説家・羽田圭介さんによる連載エッセイです。

第2回 東京画廊で李鎮雨の作品を見て、代表・山本豊津さんに話を聞く

Feb 14, 2022
STORY
羽田圭介

文:羽田圭介

韓国の作家、リー・ジンウの展示を見るため、銀座にある東京画廊+BTAPへ。ギャラリーの代表山本豊津さんよりお話をうかがうのは正午からの約束であったが、僕はそれより早い11時48分に到着。

ビジネスマナーとしては、時間ぴったり、もしくはせいぜい5分前くらいに受付へ顔を出すべきなのかもしれないが……。前回の取材でのことが頭に蘇る。あのとき、展示作品をゆっくり鑑賞するより前に、ギャラリーの方が作品についての解説をしてくださった。作品を見て、自分なりの解釈を固める時間が足りなかったように感じたことを覚えている。

受付の奥に人の姿が二人ほど見受けられるが、行き交っておりなにやら忙しそうだ。だったら先に一人で作品を見ておこうと中へ入り、一応記名だけしてから、勝手に作品を鑑賞しだす。

立体感のある白黒の作品群を前に、モップを墨で固めて描いた風景画のようだ、と思った。多くの作品において下側が濃く厚みもあり、上側が白く抜けているので、森を上空から斜めの角度で捉えた風景のように見える。

画廊の展示スペースの作りがL字になっており、Lの短辺にあたるエリアは、受付側からの死角だ。そこに足を踏み入れると、穴蔵にでも入ったかのような安心感があった。これでしばらくは、誰にも見つからない。人の視線を意識しないまま、じっくりと作品を鑑賞する。

間近で見ると、作品下部に集中している凹凸感が、少なくともモップで作られているわけではないことはわかった。無数の溝の質感は硬そうで、木、もしくは炭だろうか。素材を触ってみたくなるほどだったが、近づけていた顔をそこで作品から離す。

アートは近視眼的に見るのではなく、俯瞰で見なくては駄目だ。と思ういっぽう、それはそれで、“アートは俯瞰で見るべき”とどこかで知った先入観にとらわれているだけのような気もした。じゃあどういうふうに、この作品を一人で解釈すればいいのだろう。ふと、目の前の作品が銀座のこの画廊ではなく、自宅に置かれた場合の見え方を想像してみた。家の中に白黒の森。なんとなく作品に歩み寄れた気がし始めたところで、女性が挨拶する声が出入口のほうから聞こえ、当連載の編集者だと気づいた。やがて男性がL字の短辺のところにやって来たため、僕もようやく挨拶した。男性は、画廊代表の山本さんであった。

3人揃った状態で、あらためて作品を見直す。炭をひっかいたりする、肉体労働のような手作業で作られているという作品についての解説を山本さんから早速していただきつつも、正直なところ、やはりもう少し一人で解釈する時間がほしかったなと感じてもいた。そもそも、こちらから約束をとりつけているのだから前回も含め、先方がそのようなご対応をされるのは当たり前のことであり、こちらの取材のとりつけ方に問題があるのは明らかだ。ただ、作品から離れたところにまで派生してゆく山本さんのお話は面白く、聞き入ってしまう。

やがて、海外でのアート作品をめぐるツアーに何人も連れていった際の話になった。その際、山本さんとしてはおすすめくらいに感じていた作品でも日本人は誰も買わなかったが、ベルギー人は買ったという。

なんでも、日本人の多くは、なんかこの作品いい雰囲気、明るい感じがするから好き、という感覚で、アート作品の購入を検討しがちなのだという。それと比べて先述のベルギー人しかり海外の人達は、作品価値が上がるかどうかを文脈から冷静に判断し、買うのだという。

山本さんのおっしゃることもわかるが、かといって自分も文章表現の世界で生きてはいるので、人間的感覚でアートを判断したい気持ちもわかる。

ただその考えも、わりと短時間で改めることとなった。作家は、アート作品を作って食べていかなければならない。そのために、画廊等を通じて売る。安くても数万円、数十万から数百万円するのは当たり前の作品を客がなんで買う気になれるかというと、作品の良さももちろんあるが、買値より高く売れる可能性をそこに見出しているからだ。だから画廊では、アーティストの作品を値下げることができない。“買値以上で売れるかも知れない”という担保がなくなってしまうからだ。性質上、作家が食べてゆくには、作品の値段は上がり続けざるを得ないということが僕にも理解できた。

だから、お金の話は大事なのだ。最近は美大でもオークションのシステムを使って作品を売りだしたらしいが、山本さんはそれを危惧されていた。10万円で売るべきところを、50万円で売り出し、それが買われてしまったら悲劇なのだという。その学生は今後、自分の作品を売り出す際の最低価格が50万円からとなってしまう。最初に買ってくれた客がずっと買い続けてくれればいいが、その保証はない。実績のほとんどない新人の作品を50万円以上で買ってくれる人がその後現れるかは、わからない。

山本さんによれば、リー・ジンウの作品も、すべて肉体労働による一点物だから、生涯のうちに作れる上限点数は決まっている。他方では今後も、それなりに価値の認められた芸術作品を買う人々は、世界中で増えるいっぽうだ。限られた供給点数に対し需要が多ければ、価値は上がるーーつまり、アートを支えるシステムは、金や暗号通貨といった金融の仕組みと同質なのだと知れた。

他にも山本さんからは、書いていいのかどうかわからないような裏話等も沢山うかがった。あっという間に二時間が経ち、予定があったので失礼した。その足で英会話教室の体験レッスンに行き、イギリス人のピーター先生相手に中学生レベルの拙い文法と語彙で話し、帰宅した。1日のうちに知識を一気に吸収したからか、ものすごく疲弊した。後日、もっと勉強しようと、山本豊津さんの御著書『アートは資本主義の行方を予言する』(PHP新書)を購入した。

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今回訪れた展示:「李鎮雨展」

2021年11月4日〜12月25日、東京画廊+BTAP(東京・銀座)で開催された李鎮雨(リー・ジンウ)の個展。李は1959年ソウル生まれ。現在パリを拠点に活動中。韓紙をキャンバスとして用い、その上に炭を乗せ、さらに韓紙を置き、表面を鉄ブラシで繰り返し叩いたり引っ掻いたりした凹凸のあるモノクロームの作品群は、作家がパリ留学中にイタリアで目撃した火山噴火に着想を得て制作を続ける代表作シリーズ。本展では200号(194×97cm)の大作を含む新作14点を発表した。

羽田圭介
小説家

はだ・けいすけ/1985年東京都生まれ。明治大学商学部卒。17歳の時に「黒冷水」で文藝賞を受賞し小説家デビュー。2015年「スクラップ・アンド・ビルド」で芥川賞受賞。近著に『Phantom』(文藝春秋)、『滅私』(新潮社)、『三十代の初体験』(主婦と生活社)がある。

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