文・羽田圭介
職業柄家にいる時間が長いため、インテリアにはこだわる。ただあくまでも実用性優先なので、現代の規格と合わないヴィンテージ家具等は置いていない。憧れはするのだが。
代わりに、観葉植物はもう7~8年置いている。目に優しいそれらは鉢植えだから場所を移せるし、大きく育ちすぎた物は剪定したり株を分けたりもできる。とにかく、空間内に有機的に変化する物があるのはいい。
しかし、自分の家には、まだ足りていない物がある。
木製キャビネットの上に置かれた壺やオブジェ、壁に掛けられた絵——アート作品が、全然ない。
3年くらい前からそのことを意識してはいて、以前エッセイを連載していた「週刊プレイボーイ」では投資の対象としてのアート作品購入を提案された。結局、買わないままできた。理由は、東京の賃貸住宅が狭いからだ。今まで一番広かった住まいは80平方メートルほどで、単なる住環境として考えれば狭くはないのだが、アート作品を飾るにしては狭い。
絵や写真ならどうにかなるだろう。そう思い至り数カ月前、A4サイズのアルミ製フォトフレームを3つ購入した。過去に撮った写真の中から適当に3枚選び、仕事で使っているモノクロレーザープリンターで印刷したものを入れ、リビングのピクチャーレールに3つ並べてみた。それなりに様になった。
それでも徐々に、これじゃない感が起ち上がってきた。無難ではあるが、心を動かせられるような物ではない。人が一生懸命生み出した物でないと、感動させられる力は宿らないのではないか。
ある日、本メディア「ARTnews JAPAN」から、エッセイの連載依頼がきた。タイミングとしてちょうど良かった。これを機にアートに触れてみよう。第一弾として、「MAKI Gallery」で開かれている田村琢郎さんの展示「5W<1H」を提案され、うかがうことに。
小雨が降る平日の昼、表参道駅からすぐのギャラリーへ歩く。表参道ヒルズの裏側ともいえる一帯には、低層の建物しかなく人気も少ない。洒落たコーヒーショップや美容院等、人間の生理的快楽に根ざした店がいくつも並んでいた。初めて訪れた「MAKI Gallery」は2フロアに分かれており、下の階に入ってすぐ、誰もいなかったので外を眺めた。すると、隣接した建物の上階で、マシンを用いた筋力トレーニングが行われている光景を目にした。パーソナルジムなのだろう。高い地代を払って成立しているジムとなれば、会費も高いに違いない。金をもっている人の欲望は、自分の肉体へと向かいがちなのか。肉体は、快楽を享受するための大切な道具だ。表参道という、生活してゆくことの大変さなんかからかけ離れた場所は、フラットな状態の人間が抱く欲望が可視化されているようだ。その最たる例が、アート作品かもしれない。
やがて案内され、展示を順に見てゆく。本物の舗装道路と同じアスファルト素材を用いたアート作品が代表作らしい。最初に見たのは、横数行の文字と赤い丸印がつけられた白く四角い票が縦にも横にも数列ずつ並べられたものだ。見ていると、スタッフの女性が説明してくれた。それによれば、ギャラリーに並べられたアート作品のうち、売れてしまった作品の説明書きには、赤丸の印がつけられるのだという。そして来場する人々の多くが、真っ先にその赤丸に目を向ける。誰かが先に買ったのだから、良い作品に違いない。そういったことへの皮肉を切り取ったアートなのだろう。
「アメリカの映画によく出てくる、戦没者の墓みたいですね」
そう感想を述べると次に、道路を四角形に切り取ったみたいな作品を見てゆく。至近距離で見ると、道路のアスファルトには砕かれたガラスが思いのほか多くちりばめられ、きらめいていることがわかった。
「これらアスファルトの作品はやはり人気でして、車好きの方々なんかも買われていきます」
「え、車好きが」
「はい」
スタッフから教えられ、少々意外に思った。というのも、僕も車やバイクが好きなのだが、アスファルトの作品をいくつも見て、乗り物の不自由さをつきつけられたような心地に陥っていたからだ。車やバイクは自由を求め移動するための物というイメージを抱きがちだが、所詮、人が敷いたアスファルト道路の上しか移動できない。乗り物好きに対しては幻想を砕いてくる力をもった作品だと思うのだが、当の乗り物好きの人たちがこの作品を買ってゆくのか。感じ方は人それぞれなのだと知れた。
最後に、展示物の値段がのっているクリアファイルを見せてもらう。すると、最初に見た戦没者の墓みたいな作品が一枚一枚バラ売りされていて、そしてそのどれもに赤丸印がつけられていた。作品としては、アートを見に来た客が赤丸印に注目してしまう、ということを皮肉った物なのに、それを本当に買ってしまうとは。皮肉に気づかないで買う人もいるのかもしれないし、自分が皮肉られた痛快さを面白がって買う人もいるのかもしれない。
「このクリアファイルは、売り物じゃないんですか?」
「はい」
「このクリアファイルも、アート作品になっていませんか? たぶん、8万円くらいの値をつけたら、売れますよ」
僕の提案に、女性のスタッフは、その発想はなかったという顔をした。
展示物のほとんどが売れてしまっていたのと、そもそも巨大な作品を置いておくスペースが家にないこともあり、帰宅した。ただ、家のフォトフレームを見直して、ここに飾られるべきは本物のアートかもしれないなと思った。

2021年10月9日〜11月10日、MAKI GALLERY(東京・表参道)で開かれた田村琢郎(1989年生まれ)の個展。「作品にどう付加価値が与えられるか?」という作家の問いから生まれた、売約済作品に付される赤丸のステッカーに着想を得た連作「Sold Painting」をはじめ、アスファルトを用いたペインティングや、アスファルトに育つ花をモチーフにした立体作品群、カーブミラーを用いたシリーズなど、新作約50点で構成された。

はだ・けいすけ/1985年東京都生まれ。明治大学商学部卒。17歳の時に「黒冷水」で文藝賞を受賞し小説家デビュー。2015年「スクラップ・アンド・ビルド」で芥川賞受賞。近著に『Phantom』(文藝春秋)、『滅私』(新潮社)、『三十代の初体験』(主婦と生活社)がある。