羽田圭介 連載エッセイ「色々経てアートに目覚めるかも」
アーティストによって生み出されたアートは、どこでどんなふうに売られ、買われているの? そんな「?」を解決すべく、様々なギャラリーを訪れ、時にアートの見方や買い方をギャラリストに聞き、時にアートオークションへ潜入。現代アート事情に次第に通眼していく、小説家・羽田圭介さんによる連載エッセイです。

第6回「桶田夫妻のコレクション展にて」

Jun 16, 2022
STORY
羽田圭介

文:羽田圭介

販売されているアート作品を前にして、心が動いたとき、毎度のように心をよぎることがある。

作品を自分が買ったとして、どこに置いておくか、という問題だ。

以前にも書いたが、これまで住んできた東京都内のマンションは絵画等のアート作品を置いておくには狭いし、今住んでいるマンションなんかは梅雨から夏にかけての湿気が高く、ちょっとでも保管状態が悪いとなんでもカビる。

だから、資料、本、フィルム写真等、カビる可能性のある大事なものは、段ボール一箱単位で利用できる宅配型倉庫保管サービスに預けている。そんな状況なので、今の住宅環境だとアート作品、特に絵を買う気にはなれない。

そんな折、WHAT MUSEUMなる場所で行われている展示のことを、教えてもらった。WHAT MUSEUMは、寺田倉庫がコレクターから預かっているアート作品を展示する施設とのことだ。寺田倉庫といえば、僕が利用している保管サービスの保管先の一つでもある。勝手に馴染みを感じた。なんでも、現在は2階で「OKETA COLLECTION展」という展覧会が開催中で、そこでは桶田さんご夫妻が約20年間にわたり集め寺田倉庫に保管しているアート作品が、展示されているらしい。

天王洲アイル駅から歩いてすぐ、2階建ての立派なミュージアムがあった。桶田さんご夫妻からあとで直接お話をうかがえる予定で、まずは一人で2階の展示を見てまわる。北大路魯山人の『椿鉢』という陶器や、阪口宗雲斎の『籐組扁壷形花籃』といった細い竹等で編んだオブジェなどの骨董品に、国内外の現代アート作品が沢山置かれていた。

出入口がカーテンで閉められている部屋があった。入ってみると真っ暗な部屋の中では、出入口すぐのところに警備員の中年男性と、部屋中央にクリスタルで全身を覆われた鹿が立っていた。台座の上に立つそれに近づいてみると、大きさがバラバラの球状のクリスタルで覆われたシルエットの中に、鹿の皮膚が見えた。鹿の剥製の表面を、クリスタルで覆った作品らしい。

展示方法も込みで大変面白く、角度を変えじっくり見ようとしていたら、やがて視界に入る警備員男性の存在感が大きくなっていった。黒子に徹するかのごとく、斜め下の黒い床を向くように頭をかしげている警備員の目は、制帽のつばで隠されている。他の展示エリアにも警備員は数名いたが、この暗い部屋に一人を配置するとは、結構な人件費がかかっているのではないか。そして警備員さんは、床も壁も黒塗りの部屋で、きらきら光るクリスタルの鹿とずっと一緒にいて、なにを感じているのだろうか。その人の存在もあり、僕は自分が現世と異世界の狭間にでも迷い込んだかのような心地がした。

『PixCell-Deer#48』と作品名をメモして外に出ると、他の作品もじっくり見てゆく。『Flowers in a Wooden Tub(Paris)』という、色とりどりの花束を模したような巨大な絵は、しばらくぼうっと見ていられた。たまたまだが、気分が優れない日が数日間続いていたため、その華やかさを前にして無意識下でも癒やされているような感覚があり、ありがたかった。モノクロのコーナーにある、顔の中央が黒く塗られそこにパーツが集まった女性のデフォルメチックな肖像画に目をひきつけられた。タイトルを見ると『Lady Dada』で、日本人作家の作品ということからも、「ウルトラマン」に登場する宇宙怪人「ダダ」がイメージされたことがわかった。タイトルを見なくてもじゅうぶん魅力的だし、タイトルを見るとまったく別のところからの文脈が付与され、楽しみ方の幅が広がるのであった。

やがて桶田さんご夫妻がいらっしゃり、様々な作品やこれまでのことについてお話してくださった。はじめは、仕事場の近所の店などを見てまわるうち、骨董品の魅力に気づき、それらを集めるようになったとのことだった。ただ、その道を究めるといずれはたどりついてしまうという、仏像なんかを買うにはまだ早いと感じ、現代アートの収集へと移っていった。当然、すべてをマンションなんかに置いておくわけにはいかず、早い段階から作品は倉庫へ保管するようになった。購入してから直接倉庫へ保管したりすると、今回のように展覧会を開く際に、数年ぶりに作品と対面するような状況も多々あるのだという。

買ったご本人たちが日常的に作品を見られていない––––所有の意味について考えてしまうが、海外の人に買われてしまった場合を想像してみる。海外の所有者がコレクションの展覧会を開いたとしても我々はなかなか見に行けないし、日本国内にいる人が買ったとしても、その人が邸宅等にしまったまま公開しなければ、他の人たちが見るチャンスはない。頻繁にコレクションを展示してくださる桶田さんご夫妻がご購入されたからこそ、それらアート作品を買っていない他の人たちも、直に目にすることができるのだ。骨董品と現代アートがミックスされ同じ空間で展示されるという在り方も、一般的なギャラリーや美術館ではそうないだろう。

国内の人がアートを買い揃え、それらを展示してくれるというのは、ありがたい。作家が作品を作るだけでなく、作品を集めて人に見せるということも、人々の心を動かす上でたいへん有効な文化的行為なのだと感じた。桶田さんご夫妻が買わなければ、僕が『Flowers in a Wooden Tub』に心癒される機会も、おとずれなかったであろう。

今回訪れた展覧会:「OKETA COLLECTION『Mariage−骨董から現代アート−』展」

OKETA COLLECTIONは、桶田俊二・聖子夫妻が2000年代より始めたコレクション。WHAT MUSEUM(東京・天王洲)で開催中の本展は、同コレクションより、骨董・工芸品から、名和晃平、Mr.(ミスター)、マンゴ・トムソン、カシン・ローン、ヴァージル・アブローまで、国内外のアーティストによる作品を公開。会期は2022年7月3日まで。なお、8月6日〜10月16日は後期展覧会として、「OKETA COLLECTION『YES YOU CAN−アートからみる生きる力−』展」を開催予定。Photo: Keizo KIOKU

公式ウェブサイト:https://what.warehouseofart.org/exhibitions/oketa-collection_mariage/

羽田圭介
小説家

はだ・けいすけ/1985年東京都生まれ。明治大学商学部卒。17歳の時に「黒冷水」で文藝賞を受賞し小説家デビュー。2015年「スクラップ・アンド・ビルド」で芥川賞受賞。近著に『Phantom』(文藝春秋)、『滅私』(新潮社)、『三十代の初体験』(主婦と生活社)がある。

Index
1
Jan 17, 2022
第1回 田村琢郎の個展を見に、MAKI GALLERYへ
2
Feb 14, 2022
第2回 東京画廊で李鎮雨の作品を見て、代表・山本豊津さんに話を聞く
3
Mar 17, 2022
第3回 SBIアートオークションの会場にて
4
Apr 08, 2022
第4回 アートフェア東京2022をめぐる話
5
May 11, 2022
第5回 2つの美術館で出合ったフェルメール
6
Jun 16, 2022
第6回「桶田夫妻のコレクション展にて」
7
Jul 19, 2022
第7回 なんだか気になるNFTの話
8
Sep 05, 2022
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Sep 27, 2022
第9回 「ライアン・ガンダー われらの時代のサイン」の“もっともらしい”解釈
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Nov 26, 2022
第11回「岡本太郎の“誘導”」
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