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「鹿島茂のちょっとフシギなクロスレビュー」
アートの面白さの一つは解釈が自由にできることです。鑑賞者の知識や背景次第で、読み取るメッセージは変わります。異分野の専門家たちは、どこに注目し、何を読み取るでしょう。博覧強記のフランス文学者、鹿島茂さんをホストに、一つの展覧会を複眼で読み解きます。二人のゲスト評と、それを踏まえた鹿島の文明論的社会時評をお楽しみください。(ホストの評は、ゲストの約2週間後に掲載されます)

石黒浩評「『ワタシとは何か』の探求」 森村泰昌:ワタシの迷宮劇場

May 12, 2022
STORY
鹿島茂
森村泰昌《ワタシの迷宮劇場 M149》1987 © Yasumasa Morimura

それぞれ異なる専門領域を背景に活躍する研究者や著名人が、各々の立脚点から同じ美術展を鑑賞、批評するクロスレビュー。第3回は、京都市京セラ美術館で6月5日まで開催中の「森村泰昌 ワタシの迷宮劇場」を取り上げる。他者に扮して撮影したセルフポートレートで知られる森村の、1984年以来のインスタント写真約800点を軸にした展覧会だ。実在の人物に似せたアンドロイドを造り、人の知覚や認識の仕組みなどを研究しているロボット学者の石黒浩・大阪大教授が読み解く。

「森村泰昌:ワタシの迷宮劇場」~アートも研究も「自分を知る」活動である

京都市京セラ美術館 石黒浩(ロボット学者・大阪大教授)評

森村泰昌さんの作品を見た。森村さんが、いろいろな人になりすましていた。マリリン・モンローなど、歴史的に有名な非常にたくさんの人になりすましている。

森村さんは男なのに、なぜか女性になってもあまりに違和感が無かった。うまく調和していて、もしかしたらこれも本人かもしれないと思える写真が多い。おそらくは、もともとの本人の雰囲気をうまく再現しているのではないかと思う。

森村泰昌《ワタシの迷宮劇場 M002》1994-95頃 © Yasumasa Morimura

観察とは、正確な知覚を想像で補うこと

何かに似せて撮られた写真を見るとき、主に二つの見方をする。細部に目をやりながら、細かく間違い探しをするように見る見方と、全体的に目をやりながらその雰囲気を感じるように見る見方である。後者の見方をする場合、さほど細部の違いは気にならない。

人は何かを観察する際に、全ての情報を正確に知覚しながら観察しているわけではない。想像によって多くの情報を補いながら、その対象を観察している。前者の見方においては、観察を頼りにし、後者の見方においては、この想像を用いながら観察している。

森村さんの写真は、全体的な雰囲気がオリジナルの写真とよく似ており、想像を働かせながら、違和感無く見ることができる。写真によってはこれもオリジナルの写真ではないかと思わせるようなものまである。


森村泰昌《ワタシの迷宮劇場 M141》2009頃 © Yasumasa Morimura

なぜ「自分以外の存在」になろうとするのか

作品を見ながら思ったことは、どうしてこれほどまでにたくさんの他人になろうとされるのかということである。

展示の説明には、「ひとりの人間の中に分け入れば、多種多様な「ワタシ」が入り組みあい迷宮をなしている」と書いてあった。確かにこのことはよく納得できる。最近私自身も、自分以外の存在になるためのアバターの研究をしている。アバターとは遠隔操作で動かすロボットやCGキャラクターで、それに乗り移って人と関わることができる。

アバターの姿形が、自分に似ていれば自分になれるし、誰か他人に似ていれば他人になったような気分になることもできる。また、かわいいキャラクターの姿形を選べば、気分までかわいいキャラクターになって、何か生まれ変わったような気分で人と関わることができるのである。最近私自身も、かわいいキャラクターロボットに乗り移って、パン屋で子供たちにパンを売ってみた。生身の私の体では到底できないことである。黒い服を着て強面(こわもて)の顔をしており、大抵の子供たちには怖がられる。しかし、かわいいキャラクターロボットに乗り移れば、全く違う自分になることができる。そうした違う自分が自分の中にいることに気付くのである。


森村泰昌《ワタシの迷宮劇場 M040》2004 © Yasumasa Morimura

アバターにより顕在化する、人の多重人格性

人間は本来多重人格なのだと思う。学校での自分、会社での自分、一人でいる時の自分、家族と一緒にいるときの自分、それぞれ異なる人格を持っている。学校ではおとなしい人でも、家庭ではすごく元気に振る舞ったりする。私のアバターの研究は、そうした多様な自分を顕在化させ、より自由に活動するための研究である。

森村さんは、このことをアーティストとして、随分と前から実践されて来られたのだと思う。あらゆる人物になることで、あらゆる「ワタシ」を自分の中に探し続けておられる。自分の可能性を探求され続けているのだと思う。


森村泰昌《ワタシの迷宮劇場 M150》1993 © Yasumasa Morimura

芸術家として研究者として、自分自身を探求

森村さんのある本の中に、「妄想の世界で自分をマッドサイエンティストに見立てていた」という文章があった。私は研究者であるが、時折マッドサイエンティストと言われることがある(無論、これはある種の褒め言葉なのであるが)。森村さんがご自分をマッドサイエンティストに見立てていたと知って、何か共通するものを感じた。

私は研究者であるが、もともとは芸術家を目指していた。一方で、森村さんは、芸術家でありながら、ご自分を研究者に見立てられている。そして、私も森村さんも、いろいろな違う自分になりながら、自分とは何か、「ワタシ」とは何かを探求している。アプローチや立場は多少ちがうものの、その根底にある問題意識は非常に似ているように思えた。

人は何のために生きているのかとよく考える。その一つの答えが、「自分自身を知るため」だと思っている。その自分自身を探求する活動、それが、森村さんが芸術家として、長年取り組まれてきたことであり、私自身も研究者として今後も取り組みたいことである。


森村泰昌《ワタシの迷宮劇場 M076》2013 © Yasumasa Morimura

石黒浩(いしぐろ・ひろし)

ロボット学者・大阪大学基礎工学研究科教授(栄誉教授)・ATR石黒浩特別研究所客員所長(ATRフェロー)
1963年生まれ。大阪大学基礎工学研究科博士課程修了。工学博士。京都大学情報学研究科助教授、大阪大学工学研究科教授を経て、2009年から大阪大学基礎工学研究科教授(大阪大学栄誉教授)。ATR石黒浩特別研究所客員所長(ATRフェロー)。2020年からJST MOONSHOT目標1プロジェクトマネージャー、大阪・関西万博テーマ事業プロデューサー。2021年からAVITA株式会社代表取締役。社会で活動するロボットの実現を目指し、知的システムの基礎研究と応用研究に取り組む。人と関わるヒューマノイドやアンドロイド、自身のコピーロボットであるジェミノイドなど多数のロボットを開発してきた。2011年、大阪文化賞。2015年、文部科学大臣表彰、シェイク・ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム知識賞。2020年、立石賞。主著に『ロボットと人間』(岩波新書)、『ロボットとは何か』(講談社現代新書)、『どうすれば「人」を創れるか』(新潮社)、『アンドロイドは人間になれるか』(文春新書)。

展覧会情報

展覧会名:京都市京セラ美術館開館1周年記念展「森村泰昌:ワタシの迷宮劇場」
会場:京都市京セラ美術館 新館 東山キューブ 
会期:2022 年 3 月 12 日(土)~6 月 5 日(日) 
開館時間:10:00~18:00(最終入場は 17:30) 
休館日:月曜日(祝日の場合は開館) 
料金:一般:2,000(1,800)円、大学・専門学校生:1,600 (1,400)円、高校生:1,200(1,000)円、 小中学生:800(600)円、未就学児無料
※( )内は前売・20 名以上の団体料金。
※e-tix からの購入で各当日料金から 100 円引き。
※京都市内に在住・通学の小中学生は無料。
※障害者手帳等をご提示の方は本人及び介護者 1 名無料。確認できるものをご持参ください。
前売券:美術館ウェブサイトで販売中

Index
1
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2
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