それぞれ異なる専門領域を背景に活躍する研究者や著名人が、各々の立脚点から同じ美術展を鑑賞、批評するクロスレビュー。第2回は、21_21 DESIGN SIGHTギャラリー3で3月まで開催中の「メンズ リング エキシビション イヴ・ガストゥ コレクション」を取り上げる。フランス・パリで骨董商だったコレクターのガストゥ氏が収集した、男性用の指輪約400点の展覧会だ。17世紀のベネチア共和国元首の印章から、カソリックの司祭が儀式で用いたもの、1970年代に米国でバイカーたちが好んだものまで。「歴史/ゴシック/キリスト教神秘主義/ヴァニタス(空虚)/幅広いコレクション」の5テーマに沿って、時代も背景も多様な指輪が紹介されている。メンズファッションを30年以上、最先端で見続けてきたスタイリストの祐真朋樹氏が鑑賞した。
「メンズ リング エキシビション イヴ・ガストゥ コレクション」~コレクションは継承されて伝統となる
21_21 DESIGN SIGHTギャラリー3 祐真朋樹(スタイリスト)評
僕は約30年にわたって、パリとミラノはほぼ欠かさず、そして毎回ではないものの、NYやロンドンのファッションウイークにも足繁く通っていた。新型コロナの影響で、この2年は全く日本から出ていない状況だが、それまでは毎年2回、各都市で2週間近くにわたって開催されるファッションの祭典を見続けてきた。年に2回のファッションウイーク。それは単なる営業活動にとどまらず、世界中のファッションフリークを熱狂させ、何かをインスパイアしてくれるクリエイティブなイベントだからである。

サンジェルマン・デ・プレで骨董屋めぐり
今回、『メンズ リング エキシビション イヴ・ガストゥ コレクション』を見て、昔、サンジェルマン・デ・プレ周辺のホテルに泊まっていた頃を思い出した。
僕がパリに通い出した1989年当時、サンジェルマンは今以上にコンサバティブで、スノッブなロコ(編集部注:地元民)が幅を利かせていた。僕はその “ちょっと気取ってちょっと意地悪” なパリジャン&パリジェンヌの雰囲気が好きだった。ファッションウイーク中は、ランウェイと展示会がそこかしこで開催され、夜はブランド主催のパーティーなどもあり、朝から晩まで忙しい。でもそんな中にもぽっかりと空いた時間ができることもある。そんなとき、僕はサンジェルマン周辺の小さな骨董(こっとう)屋を見て回った。

ヴィンテージ店はオーナーの趣味嗜好の場
どの店も、オーナーの趣味が色濃く光る個性的なセレクションが面白かった。特にカフリンクスやリングなど、いわゆる服飾小物を扱う店には心が惹(ひ)かれた。ひとつひとつの店名は覚えていないのだが、入り口に倉俣史朗の作品がディスプレーされているギャラリーを覚えている。ボナパルト通りだった。あれがイヴ・ガストゥ氏のギャラリーだったのではないだろうか。

ランウェイで最新のモードを見て、その合間にヴィンテージショップを訪ねる。その緩急が僕は楽しかった。ヴィンテージショップの面白さは、それがビジネスであると同時にオーナーの趣味嗜好(しこう)を見せる場でもあるところだ。おそらく誰も買わないであろうとわかっているアイテムでも、手に入れないわけにはいかなかったオーナーの気持ちが伝わってくる。そのスピリットが、僕をわくわくさせるのだ。

収集家の好奇心と冒険心、受け継ぐ息子の使命感
今回のリングコレクションで興味深いのは、ゴシック、キリスト教神秘主義、ヴァニタスなど、多様なカテゴリーのリングが一堂に会していることだ。例えば、聖職者のリングや日本のアニメ『

と同時に、イヴ・ガストゥ氏の実に幅広い好奇心に感服する。アンティークディーラーとして、ギャラリストとして、そして何よりディレッタント(編集部注:芸術愛好家)としての、尽きることのない情熱がうごめく空間であった。今は亡き彼の膨大なコレクションが、息子のヴィクトールによって引き継がれ、こうしてエキシビションが展開されていることも非常に素晴らしい。父親が情熱を傾け、冒険心を持って収集したリングを息子が受け継ぎ、世に伝えるという行為は、新たな伝統の継承である。その強い使命感に心が打たれた。

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デ・プレのカフェ、カルチャーギャップとの遭遇
イヴ・ガストゥ氏が1986年、パリのエコール・デ・ボザールに隣接する場所にオープンしたギャラリーは、たいそう個性的で当時は大きな話題になったらしい。この20年ほどの間に、ボザールはファッションショーの定番会場となり、周辺にはラグジュアリーブランドの店も増えた。’86年当時とは雰囲気が大きく変わった。でもカフェ・ド・フロールは健在だし、カフェ・ドゥ・マゴもカフェ・ボナパルトもまだある。昔は締め切りを過ぎた原稿を抱えたままショーを見に来て、この3軒のカフェを順繰りに回って必死で書いたりしたものだ(手書きで)。心理的には追い込まれて最悪だが、天気のよい日にデ・プレのカフェで過ごせたのはいい思い出だ。

ある冬の日、シルクハットをかぶったままカフェオレを飲んでいたら、背中合わせで座っていたムッシュに、「君の国ではこんな状況で帽子をかぶるのかね」と嫌みを言われたことがある。満席だったため、脱いで置いておく場所もなく、カフェオレ一杯くらいならかぶったままでもいいかと思ったのだが甘かった。観光地とはいえ、やはりロコの気分を害してはいけないと思い、そそくさとシルクハットを脱いで潰して膝(ひざ)の上に置いた。国ごとに習慣もマナーも違う。若い頃は現地の人たちに変なアジア人だと思われないように必死だったが、今となってはそれもいい思い出だ。
ガストゥ氏は世界を見て回っているとき、どんなカルチャーギャップに遭遇したのだろうか。そんな裏話もぜひ聞いてみたかった。もっとも、シルクハットでカフェ、は、どんな国に行ってもご法度だろうが。


スタイリスト、ファッション・ディレクター。1965年京都市生まれ。マガジンハウス「POPEYE」編集部で編集者としてのキャリアを始める。現在は「Casa BRUTUS」、「UOMO」、「GQ JAPAN」、「ENGINE」などのファッションページのディレクションのほか、アーティストやミュージシャンの広告・ステージの衣装スタイリングなどを手掛けている。パリとミラノのコレクション取材歴は30年近い。昨年、LANVIN COLLECTION MEN'Sのクリエイティブ・ディレクターに就任した。

展覧会名:メンズ リング エキシビション イヴ・ガストゥ コレクション
期間:2022年1月14日(金)~3月13日(日) 会期中無休、予約不要
開館時間:10:00~19:00
会場:21_21 DESIGN SIGHTギャラリー3
住所:東京都港区赤坂9-7-6 東京ミッドタウン ミッドタウン・ガーデン内
お問い合わせ:0120-50-2895 (レコール事務局)