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「鹿島茂のちょっとフシギなクロスレビュー」
アートの面白さの一つは解釈が自由にできることです。鑑賞者の知識や背景次第で、読み取るメッセージは変わります。異分野の専門家たちは、どこに注目し、何を読み取るでしょう。博覧強記のフランス文学者、鹿島茂さんをホストに、一つの展覧会を複眼で読み解きます。二人のゲスト評と、それを踏まえた鹿島の文明論的社会時評をお楽しみください。(ホストの評は、ゲストの約2週間後に掲載されます)

成田悠輔評「タコになりたい」 フェミニズムズ/FEMINISMS展

Jan 17, 2022
STORY
鹿島茂
遠藤麻衣×百瀬文《Love Condition》2020

それぞれ異なる学問領域を専門とする研究者や批評家が、各々の立脚点から同じ美術展を鑑賞、批評するクロスレビュー。初回は、金沢21世紀美術館で3月まで開かれている、「フェミニズムズ/FEMINISMS」「ぎこちない会話への対応策̶第三波フェミニズムの視点で」の二つの展覧会を取り上げる。経済学が専門で、事業家でもあるイェール大学助教授の成田悠輔氏が読み解く。

「フェミニズムズ/ FEMINISMS」展と「ぎこちない会話への対応策―第三波フェミニズムの視点で」展の向こう側へ
金沢21世紀美術館 成田悠輔(イェール大学助教授)評


フェミニズムってなんかこわい。

いや、その言い方はフェアじゃない。本気なマイノリティ運動は本来みんなこわいはずだ。なぜだろうか? 差別と抑圧と無視にさらされるマイノリティがふさわしい地位を取り戻したければ、声を上げて正論を述べるくらいでは足りない。既得権のヘドロにまみれたマジョリティに背後から殴りかかり、必要なら容赦なく刺し、血祭りに上げなければならないからだ。私たちは「葬式のたびに進歩する」(ドイツの物理学者、マックス・プランク)。血の流れないマイノリティ問題・運動は、問題というほどの問題ではないとすら言える。

やりすぎてこそ社会は変わる

フェミニズムももちろん同じだ。たとえば米国の多くの企業や大学の採用では「男を一人面接したら女も必ず一人面接する。男を一人採ったら女も必ず一人採る」のような厳格な男女平等(や見方によっては「男性差別」)が有言実行されている。過去半世紀にわたって無数の個人をセクパワハラで退場させて遂行されてきた革命の賜物だ。今世紀に入って何人の米国政治家・経営者・映画監督・音楽プロデューサー・大学教授などなどがフェミニズム運動によって社会的に殴り殺されたかを思い起こせばいい。彼らの多くはおそらくクソ野郎どもだろう。だが同時に、そこで流れた血の海に無実の青い血が混じっていないと信じられる者がいるとすれば、よほど頭の中がお花畑な人だけだろう。

こわくなるくらいにやりすぎること。正義も逆恨みも入り乱れて度を越すことで、はじめて社会は変わる。

撮影:木奥 惠三

ヒリヒリしないフェミニズム

こわくない。金沢21世紀美術館の「フェミニズムズ / FEMINISMS」展と「ぎこちない会話への対応策—第三波フェミニズムの視点で」展を訪れてまず感じたことだ。刺されそうでその場から逃げ出したくなる感じがない。街角にそっと放置された爆弾のようなヒリヒリする感じがない。

社会を変えようとする解体構築性が唯一ほのかに感じられるのは、結婚という契約を成す項目を二人で議論しながら作り変えていく過程を示す、遠藤麻衣《アイ・アム・ノット・フェミニスト!》。その結果生まれたオルタナティブ婚姻契約を展示する建設性は明快だ。ただ、意識してかせずか、法律・契約上の結婚という相対的に最も対称性が担保された制度に話を限定してしまうことで、より深刻なジェンダーやセクシュアリティの問題を覆い隠してしまったようにも見える。一言で言えば、たとえオルタナティブ婚姻契約を日本中の夫婦が採用したところで、フェミニズムが解くべき社会問題が解決される気がまったくしない。

遠藤麻衣《アイ・アム・ノット・フェミニスト!》2017/2021 作家蔵 撮影:木奥 惠三

蒸発した性器

ここに社会の改造はない。あるとすれば、内面の発酵だ。性差別の爆破ではなく、性的区別の凝視であり、内省であり、変態だ。

ありふれた人体が抽象的な形態へと融解していく青木千絵「BODY」シリーズ。そこにあるのは、眠っているのか祈っているのか悶(もだ)えているのかわからない状態だ。たとえば祈るために最適な体とはいかなる体だろうか? それはもはや体ではないかもしれないと、体とも形ともつかないBODYは暗示する。体と形の溶け合う境界をなぞるのは、どこまでも磨きこまれ、もはや皮膚の上位互換にさえ感じられる漆の輝く黒だ。体と肌が更新されていく。

青木千絵《BODY 19-1》2019 作家蔵 撮影:木奥 惠三

女性性をほのかに漂わせるBODYには、しかし、何かが見当たらない。性器だ。強い性的象徴の不在は、丸々と太って脱力したまま凸(でこ)っても凹(へこ)んでもいないノッペラした股を広げるさとうりさ《メダムK》とも共鳴する。気づけば性差は蒸発している。

さとうりさ《メダムK》2011 作家蔵 ©︎Risa Sato 撮影:木奥 惠三

性器はどこにいったのだろう? 不在の性器をゼロベースで探索するのが遠藤麻衣×百瀬文の《Love Condition》だ。粘土の箱庭をこね回しながら、まだ見ぬ性器のありえる形を探す彼(女)らの手が見つけ出すのは、しかし、どこかのマンガで見た宇宙人に付いた性器のようなデコボコしたもの。これは批判ではない。75分を超える間延びした性器模索が炙(あぶ)り出すのは、代替性器を想像する困難だ。凹凸の二項対立を止揚するのはかくも難しい。

性差超克を諦め男女転倒

性差の超克が困難なのであれば、もっと謙虚に単純になってみよう。男と女をひっくり返してしまうのはどうだろう。嫁いでいく女性の顔を隠すという中国の村の古い風習を裸の自分の男体に適用する潘逸舟《無題》。

潘逸舟《無題》2006 作家蔵 ©️Ishu Han, Courtesy of ANOMALY

男女逆転の発想をさらにアホみたいに愚直に実践するのが木村了子の「男体盛り」だ。(《Beauty of My Dish 人魚たちの宴図》)女体盛りの伝統を転倒しただけの男体盛りを女たちが突つく場を支配しているのは、しかし、女でも男でもない。(女の上半身から延びる)蛸(タコ)だ。人の自己に対する他己でもあるタコが場を圧倒している。

木村了子《Beauty of My Dish - 人魚達の宴図》2005 個人蔵

蛸はただの偶然や思いつきではない。蛸はその一生の最後に、たった一度だけ繁殖をすると言われる。出会ってしまった二匹の蛸は、生涯でたった1回のセックスをする。蛸たちは、それまでの生涯を反芻(はんすう)するかのように、ねっとりと数時間をかけてその儀式を行う。そして、儀式が終わると間もなく、オスは力尽きる。交接が終わると命も終わるようにプログラムされているのだ。蛸にとって、男女が交わることは殺すことであり、殺されることである。

蛸から他己へと「脱皮」せよ

残されたメスにも仕事が残っている。メスは、岩間などに産みつけた受精卵が孵化(ふか)するまで、卵の番を続ける。卵の発育が遅い冷たい海に棲(す)むミズダコでは、卵が孵化するまでの待ち期間は6カ月から10カ月にも及ぶという。

蛸にあっては、性差を確認するセックスとは死であり、長い孤独への助走である。 男女をナイーブにひっくり返すだけかに見えた男体盛りの宴の陰にあるのは、蒸発した性差の向こう側にある生命の燃焼である。

男と女をめぐる問題系を微温的にほのめかす観光案内はもういい。男も女も捨ててしまい、蛸に、そして他己になろうとする。そんなフェミニズムの更新こそが求められている。

参考文献:『生き物の死にざま』( 2019年、稲垣栄洋著)、『タコの心身問題』(2018年、ピーター・ゴドフリー=スミス著、 夏目大訳)

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アートとジェンダー

成田悠輔(なりた・ゆうすけ)

専門は、データ・アルゴリズム・数学・ポエムを使ったビジネスと公共政策の想像とデザイン。昼は日本で半熟仮想株式会社代表、夜はアメリカでイェール大学助教授。サイバーエージェント、 ZOZO、 学研、 茅乃舎、米国・ ニューヨーク市、 同シカゴ市などと共同研究・事業をしつつ、「呪われた民主主義が蒸発しすべてが資本主義になった世界」について考えている。「未来の超克」を雑誌「文學界」で連載中。一橋大学特任准教授、独立行政法人経済産業研究所客員研究員、東京⼤学客員研究員、スタンフォード大学客員助教授などを兼歴任。内閣総理大臣賞・MITテクノロジーレビューInnovators under 35 Japanなど受賞。東京大学卒、マサチューセッツ工科大学(MIT)Ph.D.取得。
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展覧会情報

展覧会名:フェミニズムズ / FEMINISMS
会場:金沢21世紀美術館 展示室11・12・14

展覧会名:ぎこちない会話への対応策̶第三波フェミニズムの視点で
会場:金沢21世紀美術館 展示室7~10、交流ゾーン

※両展は、会期、休場日、開場時間、料金は共通。観覧券は共通観覧券。
会期:2021年10月16日(土)~2022年3月13日(日)
休場日:月曜日
開場時間:10:00~18:00(金・土曜日は20:00まで)  ※観覧券販売は閉場の30分前まで
料金:一般 1,200円(1,000円)/ 大学生 800円(600円) 小中高生 400円(300円)/ 65歳以上の方 1,000円 ※( )内は団体料金(20名以上)及びウェブチケット料金

Index
1
Jan 17, 2022
上野千鶴子評「ムズムズする」フェミニズムズ/FEMINISMS展
2
Jan 17, 2022
成田悠輔評「タコになりたい」 フェミニズムズ/FEMINISMS展
3
Jan 31, 2022
鹿島茂評「男のいない世界」フェミニズムズ/FEMINISMS展
4
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