男性キュレーターが自戒の念を込めて開催する、グッゲンハイム「31人の女性による展覧会」へのオマージュ展
ペギー・グッゲンハイムによる1943年の展覧会「31人の女性による展覧会(Exhibition by 31 Women)」へのオマージュとして、ドイツのフリーダー・ブルダ美術館では、31人の国際的な女性アーティストの作品を紹介する展覧会が開催されている。館長でキュレーターのウド・キッテルマンに、いま再びグッゲンハイムの展覧会に注目した理由を聞いた。
いまからちょうど80年前の1943年、ペギー・グッゲンハイムはNYの自らのギャラリーで「31人の女性による展覧会(Exhibition by 31 Women)」と題した展覧会を開催した。芸術家たちの「ミューズ」とされることはあっても、男性と同じ舞台に立つことは許されなかった女性アーティストに焦点を当てた展覧会だ。
世界16か国の女性アーティスト31名の作品を集めたこの展覧会は、当時アート史上初の試みだった。写真が入ったカタログが残されていないために、詳細は完全には把握されていないが、メキシコ出身の画家フリーダ・カーロやアルゼンチン人の画家、レオノール・フィニ、スイスのシュールレアリズムのアーティスト、メレット・オッペンハイムなどの作品があったとされる。しかし大半の作家は展覧会後も無名のまま、消えていった。
南ドイツ、バーデン=バーデンのフリーダー・ブルダ美術館では、ペギー・グッゲンハイムの展覧会にオマージュを込め、31人の国際的な女性アーティストの作品を紹介する「王は死んだ、女王万歳(DER KÖNIG IST TOT, LANG LEBE DIE KÖNIGIN)」を2023年10月まで開催している。
アート業界に根深い展示格差
キュレーターを務めるのは同館での館長でもあるウド・キッテルマン。2008年から2020年まで、ベルリンで州立現代美術館「ハンブルガー・バーンホフ」や近代美術館「新ナショナルギャラリー」など5つのミュージアムのディレクターを歴任してきた。
1943年の展覧会についてキッテルマンは、「賛否両論さまざまな批評が集まりましたが、的外れな賛辞や軽蔑……あまり好意的には捉えれなかったようです」と語る。「その風潮は影響力をもつ『TIME』誌の美術評論家ジェームズ・シュテルンの発言で頂点に達したと言えるでしょう。彼は、『一流の女性アーティストなどいたことがない』と展覧会を頭ごなしに否定したのです。信じられない、なんたる間違いでしょう!」
一方で、今回の展示は自らのキュレーターとしての歴史を批判的に振り返る機会だったとキッテルマンは言う。「1980年代から展覧会をキュレーションしてきて、男性アーティスト中心の展覧会に全く疑問を抱いてこなかった自分への批判です」
芸術の歴史そのものと同じくらい、女性の手による芸術の歴史は古い。しかし、ヨーロッパのアート界でもいまだ男性優位の傾向は強く見られる。それは教育の差ではない。美術教育の面から見れば、長らく女性は多数派なのだ。ドイツ連邦・州統計局の「Kulturstatistik 2020」によると、ドイツの大学の芸術・芸術学科目における女性の割合は65.2%。日本では7割越え、ロンドンやNYの有名校でも6割強と、世界的に同様の数値が見られる。
しかし賃金格差(Gender-Pay-Gap)を見ると、アート業界に携わる女性の平均年収は男性のそれに比べて3割近く少ない。そしてキッテルマンが言うように、最も大きいのは「展示格差(Gender-Show-Gap)」だ。ベルリンの芸術家団体bbkの調査によれば、個展開催の割合は男性の方が22%多い。女性オーナーのギャラリーですら、男性の展示の方が多い傾向にあるという。
キングが最も弱く、クイーンが最強のチェス
しかしなぜいま、80年も前の展覧会に注目したのだろうか。そもそもキッテルマンが「31人の女性による展覧会(Exhibition by 31 Women)」に興味を持ったきっかけは、31という数だったという。
「1943年の展覧会の企画にはマルセル・デュシャンも関わっていました。彼がペギーに提案したとも言われています。デュシャンは小さい頃からチェスが大好きで、プロ級のプレーヤーだったと言われます。チェスの駒の数は白黒それぞれ16個で、合計32個。1つが欠けた31という数にはとても意味があると思う」とキッテルマンは推測する。「そしてチェスでは、キングが最も弱い存在です。最強はクイーン。デュシャンは31という数字からその事実を示唆しているのではないかと考え、展覧会のタイトルを決めました」
男性として権威ある地位に立つ自分の有り様に対する批判──。そういう意味で、この展覧会は非常に個人的なものだとキッテルマンは言う。これまで出会った素晴らしい女性アーティストたちを思い出して声をかけ、あえてテーマやコンセプトを設けずに作家と作品を選んだ。
日常生活の中のジェンダーを異なる視点から見つめ直す
展覧会の入口で目を引くのは、スーパーマンと思われる男性の像だ。上半身が壁に埋まって血を流している。「ピストルの弾より速く、力は機関車よりも強い」というスーパーマンのステレオタイプな男らしさを具現化した存在を、編み物という典型的な“女性的手法”を使って作り上げたパトリシア・ヴァラー(Patricia Waller)の作品《無題(スーパーマン) O.T. (Superman)》だ。
来場者を出迎えてくれるのは、なめらかな曲線を描く薔薇色の大理石で彫られたドーベルマンの彫像。《Girl Dog (Hybrid)》と名付けられた、ジュリア・シェール(Julia Scher)の作品だ。日常生活の中に潜む監視、管理のメカニズムをテーマに制作を続けてきた彼女は、作品の横に座って愛おしげに犬の像を撫でる。「エジプトのスフィンクスみたいじゃないですか? 彼女は番犬として私たちを守っているようでもあるけれど、同時に私たちを監視する存在でもある。非常に男性的な印象を持つ犬種だけど、女の子なんですよ」
その奥には、複雑に絡み合う皺だらけの女性の裸体の鉛筆画がある。トランス女性のアーティストであるローイ・ヴィクトリア・ハイフェッツ(Roey Victoria Heifetz)は、この巨大なセルフポートレートで、社会の中で求められる女性らしさと、老いという身体的現実との間にある痛みや食い違いを描こうと試みているという。「女性」とは、また女性で在る意味とは何なのかを問いかける作品だ。
一方、モニカ・ボンヴィチーニ(Monica Bonvicini)は、ステレオタイプな“男らしい“住居空間―ビスを打った黒い革をまとったソファに、ウイスキーと葉巻のセットーのインスタレーション《Bonded Eternmale》で、飼い慣らされた男性のライフスタイルを皮肉る。その後ろの壁には、100歳近い陶芸家のハイジ・マンティ(Heidi Manthey)が生み出した、空想の動物や花瓶などが並ぶ。
さらに、奥の壁には本物の野菜そっくりのオブジェ……ではなく、本物の野菜や果物が壁に取り付けられた、カリン・ザンダー(Karin Sander)の作品《Kitchen Pieces》が。キッチンやスーパーマーケットにあるはずのモノが、真っ白なミュージアムの壁に取り付けられた瞬間に、アートとして可視化される。ザンダーは文房具や磨かれた卵、蚤の市などで見つけた絵などを素材としたコンセプチュアルアートで知られる作家だ。私たちの周りにある日常とアートの境界線がいかに淡いモノであるかを見せつける。
女性だけの展示が特別ではない世界を
「この展示では性という文脈を離れて『女性だからこういう作品を作らないと』とか『こういうテーマを扱うべきだ』とか、そういったしがらみから自由になりたかったんです。女性だけの展覧会が当たり前のことだという、未来への視点を見せたかったので」と、キッテルマンは語る。
一見脈絡がないようにも思える展覧会だが、ゆっくりと会場を回っていくと、じんわりと伝わってくるものがある。1960年代から近代・現代アートを集めてきたコレクター、フリーダー・ブルダのコレクションに端を発する私設美術館は、1000作品以上の数珠の名作を所有する。その多くが男性アーティストのものだ。まだ課題は多いと、キッテルマンは言う。「王は死んだ、女王万歳」そんな思いで、コレクションのテコ入れにも取り組んでいくそう。今後の展開が楽しみだ。