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大英博物館の所蔵品盗難に新事実。2021年に受けた通報をもみ消しか

大規模な所蔵品の盗難・紛失事件に揺れる大英博物館で、新たな事実が関係者のメールから浮上した。2021年にデンマークの美術商が、市場に盗品が出回っているようだと大英博物館に通報したが、「所蔵品は安全に保護されている」として片づけられていたのだ。

大英博物館の内部。Photo: Wikimedia Commons

関係者のメールから浮かび上がる大英博物館の不審な対応

BBCニューステレグラフニューヨーク・タイムズ紙などの報道によると、大英博物館から盗まれた所蔵品がECサイトのeBayで販売されている疑いがあると伝えたのは、古代ギリシャ・ローマの宝飾品を専門とする美術史家で美術商のイッタイ・グラデルだ。しかし、同館のハートヴィッヒ・フィッシャー館長は、「疑惑を立証する証拠はない」とグラデルの懸念を否定。さらにジョナサン・ウィリアムズ副館長も、「徹底的な調査」の結果、「いかなる不正行為も示唆されておらず、所蔵品は安全に保護されている」とメールで伝えてきたという。

紛失、盗難、破損した所蔵品に関する大英博物館のプレスリリースによると、関与が明らかになった職員は解雇されたうえで調査が続けられている。その職員の名前は公式には明かされていないが、タイムズ・オブ・ロンドンとテレグラフは、解雇された職員をピーター・ヒッグスではないかとする記事を公開。ヒッグスの家族はこれを否定している。ヒッグスはギリシャ・ローマ美術専門のキュレーターとして30年間大英博物館に勤務し、2013年にヒースロー空港でイギリス税関が密売品を摘発した際には、専門家として捜査に協力していた。

テレグラフが伝えるところによると、2021年2月にグラデルは、eBayオークションに出品された古代ローマのカメオなどの遺物について、1600文字におよぶ詳細なメールをウィリアムズに送った。テレグラフが確認したグラデルのメールには、ヒッグスが出品者だと特定するに至った経緯が細かく説明されている。グラデルは、もし犯人がヒッグスでないとすれば、大英博物館のアーカイブにアクセスできる別の誰かが、ヒッグスになりすまして盗みを働いたとも書いている。

ウィリアムズ副館長は3月2日に、この件を調査するとグラデルに伝えた。しかし、6月末になっても返答がなかったため、グラデルはウィリアムズに再度メールを送り、フィッシャー館長にも最初のメールのコピーを送った。

7月12日、グラデルはウィリアムズからの回答を受け取る。その内容は、調査によって「懸念の対象になっている所蔵品については全て説明がついた」とし、安全管理体制の再確認でも「所蔵品は強固な管理体制の下で保護されている」というものだった。さらに7月末、ウィリアムズはグラデルの申し立てについて「事実無根」だと述べている。

テレグラフの報道には、グラデル、大英博物館のポール・ラドック理事、ジョージ・オズボーン会長、そしてフィッシャー館長の間で交わされたメールの具体的なやり取りも記されている。その中でフィッシャー館長は、コレクションの所蔵品は紛失していないと主張していた。さらに、現在1500点を超える遺物が調査の対象となっており、6万4000ドル(約930万円)相当の遺物がわずか51ドル(約7400円)でeBayに出品されたことを、テレグラフは伝えている。

ずさんな管理体制に対して各方面から上がる懸念の声

一連の事実に関し、eBayの広報担当者はBBCニュースの取材にこう回答した。

「eBayの法執行機関対応チームは、ロンドン警視庁と緊密に連絡を取り合い、事件の捜査に協力しています。eBayは盗品の販売を容認しません。サイトに出品されているものが盗品であると確認された場合、ただちに掲載を削除し、法執行機関の捜査に協力してサイトの安全性を守ります」

大英博物館の展示室。2010年撮影。Photo: Wikimedia Commons

2009年から2019年にかけて文化大臣を務めたイギリスのベン・ブラッドショー議員は、BBCニュースの取材に対し、今回の疑惑を「極めて深刻」だとコメント。盗難騒動が世界に報道されることによって、イギリスの評判が傷つく可能性を指摘したうえでこう語った。

「(大英博物館の所蔵品は)国家の貴重な財産であり、万全のセキュリティ体制で保護されるべきものだ。文化関連当局は、現在、そして将来にわたって所蔵品を保護するためのガバナンスが確立され、こうした不祥事の再発を防ぐ体制を敷くことを、大英博物館の理事会とジョージ・オズボーン会長に確約するよう望むだろう」

大英博物館の所蔵品保護・安全管理体制については、ギリシャのリナ・メンドーニ文化体育相も、かねてから疑念を表明している。

メンドーニ大臣はギリシャのト・ヴィマ紙に、「大英博物館の所蔵品の紛失、盗難、破損は極めて深刻で、悲しむべきことです」と答え、事態を注視していることを明らかにした。さらに、「こうした事件が発生した場合、博物館の全所蔵品が安全に管理されているか、完全に揃っているかどうかを確認する必要があるのは明らかです」と述べている。

ギリシャ考古学者協会のデスピナ・コウトゥンバ会長も、BBCラジオ4のインタビューで懸念を示した。

「ギリシャの文化遺産は、大英博物館に置かれている方がより安全に保護されていると主張することはもはや不可能だと、大英博物館に言いたいと思います。ギリシャの文化遺産は、ギリシャではきちんと保護されていますが、大英博物館ではそうではないことが明白に示されたのです」

館長の退任予定発表と盗難事件は無関係なのか?

大英博物館が所蔵品の紛失や盗難、破損に関する報道向け声明を発表するわずか数週間前に、フィッシャー館長は2024年に退任することを発表していた。その発表が盗難事件と関連している可能性を指摘する声が以前から上がっているが、オズボーン会長はフィッシャーを「大きな尊敬を集めている館長」として関連を強く否定。BBCニュースに、「ハートヴィッヒ(・フィッシャー館長)の決断が、先週の大英博物館の発表とは無関係であると、ハートヴィッヒに続いて私も断言します」と述べた。

大英博物館の広報担当者は8月23日に、フィッシャー館長がUS版ARTnewsに宛てた声明をメールで送ってきた。館長はこの中で、疑惑が発生している事実を認め、大英博物館が事態を「極めて真剣に」受け止めているとした一方、グラデルへの批判的な見方も示している。

「懸念は少数の遺物について提起されたにすぎず、館内の調査の結果、いずれもはっきりと説明がつくという結論に達しました。一方、懸念を表明した人物が、それよりもかなり多くの遺物を所持していることが、明確な証拠によって示されています。その情報を公開してくれれば調査の助けになったはずなのに、協力が得られなかったことは残念です」

フィッシャー館長はまた、大英博物館が2022年に実施した全面監査では「もっと大きな問題」が明らかになり、その懸念を理事会に報告した結果、ロンドン警視庁への通報と職員1人の解雇につながったとしている。

「どの段階においても、私の最優先事項は大英博物館のすばらしいコレクションをしっかり管理することであり、そのことは過去も現在も変わりません。大英博物館は、第三者機関による監査から教訓を受け止める努力を自らに課し、警察の犯罪捜査に全面的に協力し、組織を改善する計画の実施に尽力し続けます」(翻訳:清水玲奈)

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