「優れた女性作家の名を美術史に残す」──過去、現在、そして未来へ。AWAREが目指すジェンダー平等
ジョージア・オキーフは1943年、「男性たちは私を最高の女性画家と呼びますが、私は自分を最高の画家の一人だと思っています」と語った。それから80年経った現在も、美術史におけるジェンダー格差は未だ大きい。フリーズ・マスターズの新しい試み「The Modern Women」展のキュレーションを手がけたフランスの美術史家、カミーユ・モリノーに、格差是正のための取り組みを取材した。
20世紀の女性アーティストたちを再発見するフリーズ・マスターズの新しい試み、「The Modern Women」展のキュレーションを手がけたフランスの美術史家、カミーユ・モリノーは、2014年、19世紀と20世紀の女性アーティストに関する情報の提供と普及を目的としたAWARE(Archives of Women Artists, Research and Exhibitions)をパリで設立した。
「これまで男性のものだった美術史を、女性の美術史にもすること」
そんなスローガンを掲げるAWAREの活動の中でもとりわけ重要な活動が、19世紀以降の女性アーティストについてのデータベース構築と公開で、公式サイトでは現在1000人を超える女性アーティストについて、伝記と、国名や美術史上の分類などのキーワードを10数個タグ付けした作品情報を無料で提供している。また、パリにあるAWAREドキュメンテーション・センターには、女性アーティストやフェミニスト芸術に関する3000点を超える文献があり、オンラインで誰でも閲覧できる。対象となるのは、出生時に割り当てられた性別にかかわらず、女性を自認するすべてのアーティスト。AWAREのサイトには、現在、美術史の専門家や学芸員だけでなく世界の様々な地域から月間5000人のアクセスがあるという。モリノーは、その趣旨をこう語る。
「AWAREのサイトは、女性アーティストの作品をひとくくりにするのではなく、むしろその逆で、女性アーティストの活動と作品の多様さ、幅広さを知ってもらうことを目的としています。特に、男性アーティストが中心だったと思われがちな前衛美術の分野で、多くの女性が活躍していたことは、ぜひ多くの人に知ってもらいたいです」
美術史になぜ女性アーティストは「固定」されないのか
女性アーティストについての認識をグローバルな規模で変えること──そんな目標を掲げるAWAREは、「過去」だけではなく私たちと同じ時代を生きる女性アーティストたちへの支援も行なっている。例えば毎年フランス文化省の協力のもと開催する「AWARE賞」は、キャリア半ばの新進気鋭アーティストと、40年以上のキャリアを持つアーティストの2人を選出し、彼女たちの活動を応援するというもの。
さらに専門家や美術館に向けては、女性アーティストに関する研究資料を公開する国際的な学術ネットワークTEAM(Teaching、E-learning、Agency、Mentoring)の運営や、ジェンダー問題や女性アーティストの位置づけを積極的に研究する新世代の美術史家の育成を支援するAMIS(AWARE Museum Initiative and Support)プロジェクトを通じて、業界全体に対し知見をシェアする取り組みにも尽力する。
「フランス人に、有名な女性アーティストの名前を挙げてくださいというと、ニキ・ド・サンファル、ルイーズ・ブルジョワ、フリーダ・カーロら、せいぜい5人くらいしか思い浮かばないという人がほとんどです。女性アーティストは一時的に注目されても、すぐに忘れ去られてしまうという状況があり、たとえ美術館の展示アーティストを男女で同数にするなどの決まりを設けたとしても、十分ではありません」
フランスでは古くは16世紀から女性画家が活躍していた記録がある。たとえば19世紀の女性画家ローザ・ボヌールは、写実的な絵が高く評価されて国家勲章を受け、生前は同時代人に高い人気を得て作品が高値で取引された。しかし死後は忘れ去られて無名になっていると、モリノーは指摘する。
「現代に至るまで社会構造に家父長制度が色濃く残っているため、アーティストに限らず、科学者など他の分野で活躍した女性も、死後に名声を維持するのは難しいのです。こんな状況を変えて、優れた女性アーティストは、男性と同じように、美術史に永遠に名が残るようにしなくてはなりません」
ELLESの成功がAWARE設立に駆り立てた
歴史を振り返って「同時代の女性アーティストの特別展を開くだけでは状況は変わらない」と思っていたモリノーにとって、転機となったのが、2009年から2年間にわたってパリのポンピドゥー・センターで開催された大規模な展覧会「ELLES」のキュレーターを務めたことだった。「彼女たち」という印象的なタイトルを冠した本展では、ポンピドゥーの近現代美術のコレクションから忘れられていた150人の女性アーティストの作品350点を集め、総面積8000平米にわたって展示した。
ありとあらゆる国や美術運動を網羅し、彫刻や絵画、写真などの多様なメディアにわたって女性アーティストたちの功績に光をあてた本展は、モリノーが「革命のような試みだった」と振り返る通り、200万人を集客し、その後、アメリカとブラジルにも巡回した。
「『ELLES』では伝統的な美術館の常設展のフォーマットを踏襲しつつも、男性アーティストの作品を意図的に排除することで、見学者に『この展覧会が女性アーティストの作品だけで構成されていることにも注目してください』と呼びかけました。人々に個々の優れた女性アーティストを発見してもらうと同時に、美術史の問題についての認識を持ってもらいたかったのです」
「ELLES」展を開いたとき、モリノーは「フェミニズム」という言葉を注意深く避けたという。当時のフランスにおいてこの言葉はあまりに政治的な意味合いが強く、中絶禁止反対運動や左派と結びつけられてしまう恐れがあったからだ。
「私たちの趣旨は、美術史を書き換えること。『ELLES』展では、まずは多くの人たちに女性アーティストの美術史を発見してほしいという思いがありました」
当時、筆者もパリでこの展覧会を見た。会場で圧倒的な量と多様さの作品を見ていくうちに、女性アーティストの美術史への貢献の規模を体感した。それと同時に、「男女同権が名実ともにほぼ実現しているように見えるフランスで、そして女性が多く活躍しているアートの世界で、こんな企画が行われなくてはならないのは一体なぜなのだろう」という素朴な疑問を抱いたのを覚えている。
大成功を収めた「ELLES」展だったが、モリノーはその後、「状況はポジティブな方向に向かっているけれど、変化は十分ではない」という思いを強めていった。女性アーティストの地位を確立するとともに、それを維持する努力が不可欠──それがAWARE設立の布石となった。
「画集や伝記など、本の形で記録することもできますが、本はいずれ絶版になるし、言語の壁もあります。だから、データベースを作り、Webサイトの形で世界中の誰でも無料で自由にアクセスできるようにしたいと思い立ったのです」
最近ではカルティエのメセナ活動による支援のおかげで、公式サイトのデータベースに日本人アーティストの情報を充実させてきた。また匿名の支援者により、サイトの一部で日本語版を提供している。「今後は、もっと国際化を進めていきたいし、もっと時代をさかのぼって16~18世紀の女性画家も取り上げたい」と、モリノーは意欲を見せる。
市場のギャップをどう埋めるか
「ELLES」展から10数年、2014年のAWARE設立からほぼ10年が経ち、近年は世界の重要な美術館で女性アーティストの個展やグループ展が数多く開かれるようになった。この状況をモリノーは、「フェミニズムという言葉の受容が進んで、若い世代も、男性もこの語をポジティブに使うようになったのも、大きな進展です」と語る。
一方、市場を見ると、2022年にオークションで落札されたアート作品の総額110億ドルのうち、女性アーティストの作品は10億ドル強と、全体のわずか9.3%にすぎない。しかし、その状況にも変化の兆しはある。モリノーによると、女性アーティストの作品価格は今も低い傾向にあるものの、男女差は縮まってきているという。アフリカのアーティストに限ると、女性アーティストの方が高値で取引される傾向もあり、「おかげでアートフェアが女性アーティストに興味を示すようになり、多くの作品が出展されるようになってきた」のだという。フリーズ・マスターズでの「Modern Women」展は、まさにその動きを象徴する取り組みと言えるだろう。
今、AWAREなどの団体や個人の精力的な働きかけによってアート業界におけるジェンダー格差は縮まりつつある。とはいえ、変化のスピードは決して速いとはいえない。人口の半分を占める女性のアーティストたちがジェンダーを超えて美術史においても市場においても正当に評価される日が来れば、アートの楽しみは倍増するはずだ。
Edit: Maya Nago & Asuka Kawanabe