自由は想像力から始まる──社会の中のアートの現在地を考える「ACK Talks」リポート
数多くの亀裂や分断を抱えるいまの社会において、アートの役割とは? 「現代アートとコラボレーション」をテーマに毎年京都で開催されているアートフェア「Art Collaboration Kyoto(ACK)」のトークセッション「ACK Talks」では、国内外の登壇者たちがこれからのアートのミッションを語った。
「この会場にいる人にとってアートは必要不可欠なものでしょう。でも、そう思わない人たちが多いと感じています。彼らは日々、もっと喫緊の課題に対応するので精一杯なのですから」
これは、フランスで話題のアートスペース、ラファイエット・アンティシパシオン(Lafayette Anticipations)の芸術監督を務めるレベッカ・ラマルシュ=ヴァデルが「Art Collaboration Kyoto(ACK)」で語った言葉だ。
ACKは、国内と海外、行政と民間、美術とその他の分野など、さまざまな領域間の「コラボレーション」をコンセプトとしたアートフェア。10月28日からの3日間の会期中には、国内外の64のギャラリーを始め、企業や行政、アートファンやコレクターたちが集まった。その会場でラマルシュ=ヴァデルの前述のような発言があったのは、ACKのトークセッション「ACK Talks」が提示した問いのひとつが「社会の中のアートの現在地」だったからだ。
自由の始まりは想像力
社会におけるアートやアーティストの役割とは何か──。明確な答えをもっているかにどうかにかわらず、アートに関わる人間ならば一度は向き合う問いだろう。「Visions of a Torn World:循環と共存」をキュレトリアル・テーマに掲げた2023年のACKのトークセッションでも、登壇者たちがこの問いに対するそれぞれの答えを自らの実践とともに共有した。
そのひとつ「社会とアート:アートが繋ぐコミュニティ」には、前述のラマルシュ=ヴァデルのほか、持続可能な開発に特化した台湾のコンサルティングカンパニー「Plan b」の創業者で、アートやデザインに関するプロジェクトを多く手がけてきたジャスティン・ヨウ(游適任)、タグチアートコレクション共同代表であり、アートコレクションの活用を通じた社会貢献に取り組む田口美和、そしてMITでのアウトリーチ活動やボストン美術館プログラムマネージャーなどを歴任し、アーティストとしてコミュニティ・エンゲージメントを軸とした多くのアートプロジェクトにも携わってきた菊池宏子が登壇した。
アートの必要性に触れた前述のラマルシュ=ヴァデルに話を戻すと、あの発言には続きがある。「それでも、私は人間の自由の始まりは想像力だと思っています。自分が置かれた状況を改善するためには、それをまず想像できなくてはなりませんから」
彼女は、ラファイエット・アンティシパシオンがアルゼンチンとフランスにルーツをもつビジュアルアーティストであるニール・ベルーファ(Neïl Beloufa)と進めているプロジェクトを紹介した。ベルーファの意向でプロジェクトのすべての金銭的・人的リソースを貧困地区の子どもや若者たちに提供し、子どもたちに「理想の移動式遊園地(funfair)」を想像してもらうのだという。
「作品やアートという言葉は使いません」とラマルシュ=ヴァデルは語る。「創作を通じて、子どもたちが普段は思い描けないような理想を描いてもらい、もう一度夢を見られる機会をもってもらうのです。このプロジェクトは、誰かにアートは重要だと訴えるのではありません。むしろ子どもたちの手によって、アートがもつ可能性を見せてもらうのための試みです」
アーティストを取り巻く環境を変える
一方、「これからのアートのミッション」と題されたセッションでは、イベントやアートスペースの運営を通してアーティストたちに制作や作品発表の機会を提供している3人が登壇した。ここではアートの役割だけでなく、そうしたアートを生み出すアーティストを取り巻く環境についての議論もなされている。
「あらゆるものが商業化され、美術館すらメガギャラリーのように感じられるこの時代に、アーティストが草の根活動的なプロジェクトを始めることは、いまかつてないほど大切だと感じます」と語ったのは、ロビー・フィッツパトリックだ。
彼は2013年にロサンゼルスに設⽴されたフリードマン・. フィッツパトリックの遺産を基にして2021年にパリに設立されたフィッツパトリック・ギャラリーのオーナー兼ディレクターを務めているほか、ソーシャルインタラクションを重視した新たなアートフェアのかたちとして「パラマウント・ランチ」や「バーゼル・ソーシャル・クラブ」といったアートイベントを運営している。
こうした活動を続ける理由としてフィッツパトリックは「アーティストが芸術家だけでなく活動家としても自己表現を続ける場を増やすため」とした。それは、アート業界がいかにお金を生み出すかに重点を置きすぎているからだと彼は言う。「若いアーティストたちが自分のキャリアパスやギャラリーに作品を売り込む方法ばかりを考えなくてはならない状況にショックを受けています。商業的な場所以外で彼らが作品を展示できる場所も多くありません」
思索のための場の必要性
また、自身もアーティストであり、ロサンゼルスで展示スペース兼アーティストのためのコミュニティの場として「Guest House」を運営するコア・ポアは、アートの未来を語る場にもっとアーティスト自身が参加するようになるべきだと話す。
「アートライターが書いた記事やキュレーターや学者の意見だけではなく、アーティスト自身が議論をリードしたり、自分たちが前進するために何が必要なのかを考えること。そして、このACKというイベントのように、アーティストとギャラリーやアートフェアの運営者がコラボレーションをしていくことが求められているように思います」
一方、アーティストには制作以外のことをするための場所も必要だと語ったのは、非営利団体「Project for Empty Space」の創設者兼共同ディレクターであるジャスミン・ワヒ(Jasmine Wahi)だ。ギャラリー、スタジオ、そしてアーティスト・イン・レジデンスとしての役割をもつProject for Empty Spaceは、これまで人種差別反対やフェミニズムといったアクティビズムに関するアーティストとコラボレーションしてきた。例えば、人工中絶の是非が2024年の米大統領選で重要な争点となっていること受けて、2019年からは「ABORTION IS NORMAL(中絶は普通のこと)」と題された特別展を開催している。
こうした活動をするなかでワヒは、アーティストには制作以外のことをするための場所も必要だと感じたという。「アートが実際に世界を変えるためには、想像したり思考したりするための時間と場所をアーティストたちに与える必要があります。アートは制作だけによって生まれるものではありません。思索や休息の時間も必要なのです」
課題と分断に溢れた現代社会におけるアートの役割や必要性については、これまでも多くの場で議論がなされてきた。一方で、アーティストたち自身がそうした問題について模索したり、追求したり、訴えたりするための場は整っているかと問われると、答えに窮してしまう現状もある。そのギャップについての議論が、これからさらに広がっていくことを期待したい。