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予算不足の美術館にとって、作品の共同購入が救いになる理由

巨大キャンバスを天井からつり下げた、サム・ギリアムによる鮮やかな色彩の抽象画《Double Merge(ダブル・マージ)》(1968)。個人コレクターからニューヨーク州のDia:Beacon(ディア・ビーコン)に長期で貸し出されたこの作品は、2年前に展示されるやいなや来館者を魅了している。

ディア美術財団とヒューストン美術館が2021年に共同購入したサム・ギリアムの《Double Merge(ダブルマージ)》(1968)。ディア・ビーコンでの展示の様子 Photo Bill Jacobson Studio, New York/©Sam Gilliam/Artists Rights Society (ARS), New York
ディア美術財団とヒューストン美術館が2021年に共同購入したサム・ギリアムの《Double Merge(ダブルマージ)》(1968)。ディア・ビーコンでの展示の様子 Photo Bill Jacobson Studio, New York/©Sam Gilliam/Artists Rights Society (ARS), New York

「この作品は来館者に愛されています」。自分自身もこの作品にほれ込んでいるDia:Beaconの館長兼Dia Art Foundation(ディア美術財団)ディレクターのジェシカ・モーガンは言う。「数多くの作品を擁するDia:Beaconでは、展示室に設置することで既存のコレクションが秘めたさまざまな可能性の扉や道を開く方法に気づかされ、それまで想像もしなかった作品同士の関係性を目の当たりにします。展示してみて、この作品を我々のコレクションに加えるにはどういう手を打てばいいかが、今まで以上に喫緊の課題になったのです」

ギリアムの作品は、ここ数年で数百万ドルにまで高騰し、潤沢な予算を持たないほとんどの美術館にとって高嶺の花となっていた。だが、2021年の3月に驚くべき発表があった。Dia:Beaconが作品を取得したというのだ。興味深いのはその方法で、2,700キロ近く離れたヒューストン美術館(MFAH)との共同購入だという。《Double Merge》は2022年にヒューストンに移され、5年後には再びビーコンに戻ってくる予定だ。

この1年は美術館にとって厳しいものだった。コロナ禍の中で数カ月にわたる閉鎖や一時解雇が行われたが、既にその前から多くの美術館が財政難に直面していた。アメリカ博物館協会(American Alliance of Museums)が6月に発表した調査によると、アメリカの博物館・美術館がコロナ危機から回復するには何年もかかるという。また、調査対象の56%が2020年3月以降に従業員の自宅待機や一時解雇などの施策を行っていることが明らかになった。

その一方で、美術館にとって急務になっているのが収蔵品の多様化だ。女性や非白人のアーティストの作品をそろえることで、より美術史の全体像を反映したものにするためである。しかし、これに該当するギリアムのようなアーティストの作品は、購買意欲旺盛な個人コレクターの間で争奪戦になっている。「一定の個人コレクターしか手が出ないほど値上がりしているため、多くの美術館にとって主要作品の入手は不可能になりつつあります」とモーガンは言う。

資金作りのために収蔵品を手放す美術館も出てきている。たとえば、サンフランシスコ近代美術館は2019年、ミカリーン・トーマス、フランク・ボウリング、レオノーラ・キャリントンらの作品を購入するためにマーク・ロスコを売却した。ロジスティクスの問題さえクリアできれば、共同購入は限りある予算のなかで新しい作品をコレクションに加えるための有効な手段となるかもしれない。

ビル・ヴィオラのビデオ・インスタレーション《Five Angels for the Millennium(ミレニアムの5天使)》(2001)。ニューヨークのホイットニー美術館、ロンドンのテート、パリのポンピドゥー・センターが2003年に共同購入した Photo Kira Perov ©Bill Viola Studio
ビル・ヴィオラのビデオ・インスタレーション《Five Angels for the Millennium(ミレニアムの5天使)》(2001)。ニューヨークのホイットニー美術館、ロンドンのテート、パリのポンピドゥー・センターが2003年に共同購入した Photo Kira Perov ©Bill Viola Studio

「共同所有は良い方法だと思います。世界中には数多くのアートが存在し、私たちは保管場所や展示スペースの不足に悩まされています」と、ヒューストン美術館のゲイリー・ティンテロフ館長は語る。

美術館は、最も豊かで、質が高く、多様で、刺激的な視覚体験を市民に提供しなければならないと彼は言う。「それが私たちの仕事です。そのための方法の一つが作品を所有することです。もう一つが芸術作品を借りること。さらにもう一つは芸術作品を共同で所有することです」。ティンテロフ館長いわく、《Double Merge》の共同購入は黒人アーティストの作品を増やすためにヒューストン美術館が行っている取り組みのなかでも、最も注目すべきものの一つだという。

Dia:Beaconのモーガンは次のように述べている。「すべての美術館にとって素晴らしい前進だと思います。肝心なのは作品を見てもらうこと。多くの作品が何かしらの理由で公開できていないことについて、皆が心を痛めています。共同購入はさまざまな意味で先進的な試みであり、コレクション構築の未来を予感させるものです」

ヒューストン美術館が収蔵するサム・ギリアムのもう一つの重要な作品《Arc II(弧 II)》(1970)。これは単独購入されたもの ©2021 Sam Gilliam/Artists Rights Society (ARS), New York
ヒューストン美術館が収蔵するサム・ギリアムのもう一つの重要な作品《Arc II(弧 II)》(1970)。これは単独購入されたもの ©2021 Sam Gilliam/Artists Rights Society (ARS), New York

共同購入のルーツは20世紀初頭にさかのぼる。考古学調査の発掘物を共同所有するための「パルタージュ」という慣行から発展したもので、近現代美術に用いられるようになったのは比較的最近のことだ。さらに21世紀に入ってからは国境を超えた協力関係も生まれている。

ビル・ヴィオラが2001年に発表したビデオ・インスタレーション《Five Angels for the Millennium(ミレニアムの5天使)》を、ニューヨークのホイットニー美術館、ロンドンのテート、パリのポンピドー・センターが2003年に共同で購入したのが最初の例で、当時ホイットニーのディレクターだったマクスウェル・アンダーソンが主導した。

利点は二つあった。一つには、アメリカの美術館のように民間の支援を受けていなかったヨーロッパの美術館が連携により作品を入手しやすくなったこと。もう一つは、このような大規模なインスタレーションの管理・保管にかかるコストを3者で分担できるようになったことだ。

アンダーソンは3者による共同購入についてこう語っている。「共同所有という可能性に道を開いたこの出来事は、ニューヨークの美術館にとって画期的なものでした。非常に複雑かつ大規模な作品で、設置に時間がかかり、特別な注意を要する作品については特に大きな意味を持ちます。展示室を丸ごと使うインスタレーションのような、他の方法では収蔵が難しい作品を購入するためのモデルになると考えました」

一見複雑に見えるかもしれないが、「共同所有は、アメリカ中の美術館で淡々と、あるいは渋々結ばれている契約と比較して、特別厄介だということはないでしょう。こうした取り決めの把握は、美術館の登録担当部門がフルタイムで行っている仕事です」とアンダーソンは話す。

とはいえ、ヴィオラ以来いくつかの試みが見られたものの、普及が進まないことについてアンダーソンは、「アート界特有の縄張り意識が影響しているのではないか」と言う。一方、ティンテロフによると「一部の美術館にとって根本的にネックとなっているのは、自らが全てをコントロールできないこと」だそうだ。

共同購入に参加する美術館は、自分の都合で作品を売ったり展示したりはできない。となると、腰が引けてしまう美術館も出てくる(ヴィオラ作品の共同購入が話題になった当時、ミネアポリスのWalker Art Center〈ウォーカー・アート・センター〉の館長だったキャシー・ハルブライヒは、ニューヨーク・タイムズ紙に「最近は誰も単独で買う余裕がない」と語り、「ひとまずエゴは脇に置いておくしかない」と付け加えている)。

さらに、より実務的な要因も美術館同士の協力関係を阻んでいる。どの保険会社に聞いても同意するだろうが、ギリアムの《Double Merge》のような複雑な作品——さらに言えばデジタル作品以外はすべて——は、輸送のたびにリスクが発生する。また、保存、保管、貸し出しの手続き、法律上の複雑な問題など、共同所有者間で協議すべきことは多岐にわたる。

ロサンゼルスのJ・ポール・ゲティ美術館は、2011年にロサンゼルス・カウンティ美術館と共同でロバート・メイプルソープの作品を2000点以上購入し、コレクションに加えた。ゲティ美術館写真部門のアソシエイトキュレーター、ポール・マルティノは共同購入について「手が届かない作品を購入したい美術館にとっては良いかもしれないが、ロジスティクス面で難しい」とし、「時として、それが協働を阻んでいる」と言う。

ライターで、いくつもの文化機関のアドバイザーを務めるアンドレアス・シャントは、共同購入の事例が比較的少ない理由の一つは、美術館がそれをするようにできていないからだと言う。しかし、予算だけでなく、作品展示、保管、管理、修復などさまざまな面で厳しい制約があるほとんどの美術館にとって、共同購入のメリットは大きいと彼は述べている。

「作品の貸し出しや展覧会の巡回などの仕組みは確立されていますが、(共同購入という)この方法はまだ新しく、美術館は実験的な試みに挑戦することに慣れていません。既存の仕組みやカテゴリーに当てはまらないことは難しいのです。基本的にはコラボレーションに賛成だという人がほとんどだと思いますが、いざ実行するとなると大変です。だからみんなやりたがらないのです」

ウィリアム・ケントリッジのマルチメディアインスタレーション《The Refusal of Time(時間の抵抗)》(2012)。ニューヨークのメトロポリタン美術館とサンフランシスコ近代美術館が2003年に共同購入した 写真:PA Images/アフロ
ウィリアム・ケントリッジのマルチメディアインスタレーション《The Refusal of Time(時間の抵抗)》(2012)。ニューヨークのメトロポリタン美術館とサンフランシスコ近代美術館が2003年に共同購入した 写真:PA Images/アフロ

普及を阻む難しさはあるものの、ここ10年でさまざまな種類の作品が共同購入されている。2013年には、ニューヨークのメトロポリタン美術館とサンフランシスコ近代美術館が、ウィリアム・ケントリッジのマルチメディアインスタレーション《The Refusal of Time(時間の抵抗)》(2012)を購入し、2016年にはサンフランシスコ近代美術館とダラス美術館がウォルター・デ・マリアの1986年の彫刻作品《Large Rod Series: Circle/Rectangle, 5, 7, 9, 11, 13(大きな棒のシリーズ:円・長方形、5、7、9、11、13)》を購入した。

共同購入は美術品だけに限らない。2020年、マサチューセッツ州ケンブリッジにあるハーバード美術館とニューメキシコ州サンタフェにあるジョージア・オキーフ美術館は、オキーフが使っていたバーントシェンナやインディゴなど20種類の顔料を共同で購入した。

2020春にニューヨークのサザビーズにおいて約5万6000ドルで落札した顔料について、シュトラウス保存技術研究センター(Straus Center for Conservation)のセンター長でハーバード美術館の上級保存科学者、ナラヤン・カンデカーは、オキーフがどのように描いていたのかを美術関係者がより深く知るための一助となると語っている。

オキーフは顔料を保管するために木箱を使っていた。ジョージア・オキーフ美術館とハーバード美術館は、 オキーフが使用していた顔料を共同で購入。写真はハーバード美術館のフォーブス顔料コレクション(Forbes Pigment Collection)の一部 Photo Caitlin Cunningham ©President and Fellows of Harvard College
オキーフは顔料を保管するために木箱を使っていた。ジョージア・オキーフ美術館とハーバード美術館は、 オキーフが使用していた顔料を共同で購入。写真はハーバード美術館のフォーブス顔料コレクション(Forbes Pigment Collection)の一部 Photo Caitlin Cunningham ©President and Fellows of Harvard College

顔料は二つの美術館の共同研究に使われる予定だ。それぞれが少量ずつのサンプルを科学的に分析する。カンデカーは、オキーフ美術館との契約を「共同親権」になぞらえ、ある時点で顔料を保有している美術館が管理責任を負うと説明している。

管理期間がより具体的に取り決められている場合もある。たとえば《Double Merge》は、5年ごとにDia:Beaconとヒューストン美術館の間を移動することになっている。作品を管理している美術館が保険をかけ、いつ、どのくらいの期間展示するかを決める。

だが、あまり細かく時間の枠組みを設定するのは得策ではないとカンデカーは言う。「何日、何時間と厳密にしすぎると、もはやコラボレーションというよりも法的な契約になってしまいます」。顔料に関して、ハーバード美術館とジョージア・オキーフ美術館は「共同所有のための寛大なアプローチ」を育もうとしているという。

カンデカーはこう続ける。「私にとって興味深かったのは、顔料の購入が大きく注目されたことです。人々が興味を持ってくれたことは、私たちにとって良いニュースです。私たちの仕事が一般市民の関心を引いたわけですから」

美術館がアフターコロナにおけるあり方を模索し始めるなか、共同購入がアート界で一般的になっていくかどうかは未知数だ。最近のNFTブームのような現象や、草間彌生のインスタレーション《Infinity Mirror Room(合わせ鏡の部屋)》、ゴッホのデジタル・プロジェクションのような没入型体験の人気ぶりは、美術館がパーマネントコレクションに投資し、構築していく方法を見直すきっかけになるかもしれないとアンダーソンは言う。

「近頃は期間限定の体験型展示やイベントが大きな反響を呼んでいることもあり、パーマネントコレクションの位置づけが揺らいでいるように思います。人々を引きつけているのは期間限定タイプのものなのです。美術館の重要性や価値の指標として、パーマネントコレクションがどのくらい今も有効なのか疑問視する声も聞かれます」

2016年にはサンフランシスコ近代美術館とダラス美術館がウォルター・デ・マリアの1986年の彫刻作品《Large Rod Series: Circle/Rectangle, 5, 7, 9, 11, 13》を共同購入した Courtesy Dallas Museum of Art ©Estate of Walter De Maria
2016年にはサンフランシスコ近代美術館とダラス美術館がウォルター・デ・マリアの1986年の彫刻作品《Large Rod Series: Circle/Rectangle, 5, 7, 9, 11, 13》を共同購入した Courtesy Dallas Museum of Art ©Estate of Walter De Maria

シャントは、アート界には「コラボレーションを求める構造的理由がある」としつつも、100年に一度の世界的危機の後にもかかわらず「実例は非常に少ない」と指摘する。

「今はまだ初期段階にありますが、先端的な金融技術がアートや美術館の世界にもっと浸透していき、やがて美術館やそれ以外の機関が共同で作品を保有するのを助ける新たなプラットフォームや枠組みが生まれるかもしれません。今後の動向が楽しみです」。そうシャントは締めくくる。

ひとまず現時点では、共同購入にはもう一つのメリットがある。それは、異なる地域に住むより多くの人が作品を見られるようになることだ。ギリアムの作品について、モーガンはこう語る。「これは非常に重要な作品ですから、1カ所だけでなく、複数の場所で展示された方が望ましいでしょう」(翻訳:野澤朋代)

※本記事は、米国版ARTnewsに2021年9月23日に掲載されました。元記事はこちら

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