【国際女性デー2024】ジェンダー視点で美術史をとらえなおそう! 学びを深めるための必読書4選
これまでの美術史において、女性アーティストたちの歩みや成果、貢献は見過ごされてきた。連載:見落とされた芸術家たちの美術史でお馴染みの吉良智子が、ジェンダー視点で美術史をとらえなおすためにぴったりの入門書を4冊紹介する。
日本史に登場するアーティストは、なぜ男性ばかりのか? その問いを深堀りしていくと、教科書の美術史からは見えづらい社会構造上の問題や、そのなかで見落とされてしまったアーティストたちの姿が見えてくる。
ジェンダー視点で日本とアートの歴史を見つめるための必読書を、「ARTnews JAPAN」で「見落とされた芸術家たちの美術史」を連載するジェンダー美術史家の吉良智子に紹介してもらった。
『近代日本の「手芸」とジェンダー』
山崎明子(2005年/世織書房)
誰もが知る「手芸」という創作活動を、アートの領域との関係性においてジェンダーの観点から分析した研究書。手芸と工芸は材料の違いや技術の高低で区別されるのではなく、作り手のジェンダーによって振り分けられると指摘する。
手芸が近代国家時代に西洋から導入された「良妻賢母」思想の伝播に一役買っていたことや、女性の創作物がアマチュア化される歴史を鮮やかに論証した一冊。いわゆる「女子力」の高低がその女性の評価に直結する現象の原点が、明治期にあることに目を見開かされる。近年著者はこの視点を現代アートにまで広く援用し、ファイバー・アートを中心とした女性アーティストの作品について思索を深めている。
『近世の女性画家たち―美術とジェンダー』
パトリシア・フィスター(1994年/思文閣出版)
近世から幕末にかけて活動した女性創作者たちとその作品に関するジェンダー視点からのはじめての研究書。女性を生来的愚者と見なす宗教や教育が、近世の女性画家たちの作品やライフスタイルに影響を与えるさまを平易な言葉で読みやすく論じている。
近世の創作物は書と絵画が一体化しているので、女性の創作者が書の分野からも輩出されることや、絵画のみならず押絵や刺繍などの創作物まで広く見渡さなければ女性の創作活動全体を把握できないことなど、現代からは見えづらい重要な指摘に気づかされる。
『女性画家の全貌。: 疾走する美のアスリートたち』
草薙奈津子(2003年/美術年鑑社)
幕末から現代までの非常に射程をとって女性画家たちを取り上げた貴重なアンソロジー。全体の約四分の一は女性画家に関する論文とコラム、エッセイ等に当てられている。論文編では、幕末、近現代日本、西欧の女性画家たちについて、ジェンダーやフェミニズムの視点から紹介している。
コラムでは教育や戦争、女性たちのグループなどのトピックのほか、各界の女性著名人からみた女性とアートについてのインタビューも。インタビュー内で登場した「やはり女は愛される部分を持っていなくては」という平山美知子(元日本画家、平山郁夫のパートナー)の発言に、戦後日本の女性アーティストが抱えた困難の一端が見えて切ない。本書は2003年刊行でそれから同種の書籍が世に出ていないことが自己反省とともに悔やまれる。(吉良)
『はじめての美術史-ロンドン発、学生着』
マルシア・ポイントン(1995年/スカイドア)
イギリスで美術史学を学ぶ初学者の学生用のテキストの日本語訳。そもそも何かを見るということはどういうことかから始まり、美術史学の歴史、作品に対するアプローチの方法、美術史のなかで使われる特有の言語表現、文献の探し方など、はじめて美術史を学ぶ学生の目線で必要な情報や方法論をわかりやすく解説する。
美術史学が「パンティ・ストッキングのラベルからナショナル・ギャラリーにあるレンブラントの自画像」まで対象とする学問であり、いわゆる巨匠の作品だけに限らず広く視覚体験がどのように作用するのかを探る試みであるという指摘に勇気づけられる。本書の翻訳元は1992年刊行の第三版で1990年代のイギリスを中心とした美術史のありさまであるが、2014年に第五版が刊行されている。日本語版が絶版なのが惜しまれる。
吉良 智子
1974年東京都生まれ。2010年千葉大学大学院社会文化科学研究科修了(博士(文学))。著書に『戦争と女性画家 もうひとつの「近代」美術』(ブリュッケ、2013年)、『女性画家たちと戦争』(平凡社、2023年)。『戦争と女性画家』において女性史青山なを賞を受賞(2014年)。専門は近代日本美術史、ジェンダー史。
Text: Tomoko Kira Photos: Yuri Manabe Edit: Asuka Kawanabe