KAWSや村上隆らに熱狂した「ハイプビースト・コレクター」はどこへ消えた!? その興隆と衰退を考察

KAWSバンクシー村上隆などの人気作家を追い求めるアートコレクターが近年減っているという。それは一体なぜなのか。US版ARTnewsの記者がさまざまなアート識者に取材し、分析した。

KAWS《SEPARATED》(2021)©KAWS

KAWSによってアートを知ったコレクターたち

アートの世界では、常にコミュニティが重要な鍵を握っている──2023年12月のアート・バーゼル・マイアミ・ビーチで、ある高名なコレクターがそう私に語ったように、フェアやパーティに参加すること、さらに作品を購入することは、まさにコミュニティの一員になることを意味する。このコレクターはこう続ける。

「(世界中で開催される)アートフェアに行く目的の半分は、友達に会って、彼らが何に目を留めて、興味を持ったかを直接聞くこと。だからパンデミックの時は大変だったよ」

アートの世界は一枚岩とは言い難い。そしてコレクターの世界にも、コレクター属という分類のもとにいくつもの異なる種が存在する。例えば、オールドマスターのドローイングのコレクターと、現代アートのコレクターは全く違う。

その中でも、2010年代にバンクシーのような伝説的ストリートアーティストやブライアン・ドネリー(KAWS)といったポップアートの現代的継承者の作品を好んでコレクションしてきた層を「ハイプビースト・コレクター」と分類することにする。「hypebeast」はそもそも「社会的地位を示すことを目的として、ファッション、特にストリートウェアのトレンドを執着的に追う人」を揶揄する俗語だったが、のちに「最も人気のあるストリートウェアを所有している人」とポジティブな意味で使われるようになった。

ハイプビースト・コレクターらが群がる市場は、2020年直前から2020年中にかけて高値圏で堅調に推移していたが、その後相場は低迷し、多くのコレクターが手を引いた。そしてポストコロナの現在、その流れはますます加速している。コレクターや専門家に話を聞いても、ハイプビースト・コレクターがアートに飽きていなくなったのか、あるいはハイプビーストではないコレクターへと成長したのか、判然としない。

いずれにせよ、多くのハイプビースト・コレクターにとってコレクションの出発点となったのが、KAWSだ。1990年代にニューヨークのストリート・アーティストとして頭角を現したKAWSは、ミッキーマウスを再構築したモチーフ「COMPANION」で知られるようになり、その後数十年間、アートの世界のみならず、ファッションブランドや消費財メーカーとあまたのコラボレーションを行うことで認知度を高めていった。こうしたコラボで頻繁に目にするKAWSを、ハイプビースト・コレクターたちはインターネットで追い始め、やがてアート市場に足を踏み入れた。

マイアミ在住のコレクターで不動産開発業者のジョン・マルケスは、KAWSがアート業界にもたらした実りをこう説明する。

「彼は大きな貢献をしました。彼の作品をきっかけにして、より多くの人々がアートの世界にアクセス出来るようになったのです」

マルケスは初期からのKAWSコレクターであり、KAWS作品を通じてアートコミュニティにも関心を持つようになった。その後、彼は新進アーティストやポップアートの後継者たちに目を向けるようになり、マイアミの非営利団体マルケス・アート・プロジェクツを設立するに至る。同団体は、ハビア・カジェハ、ライアン・シュナイダー、ステファン・リンク、エミリー・メイ・スミス、ニコラス・パーティらの作品を多数展示する、約743平方メートルのスペースを所有している。

「KAWSがいなければ、おそらく私はピーター・ソール(1934年生まれのポップアーティスト)を知ることはなかったでしょう。私にとって、2人は一直線につながっているんです」とマルケスは語る。

アートアドバイザーのアダム・グリーンによれば、KAWS、バンクシー、フューチュラのファンの多くはマルケスのように洗練されたコレクターへと進化していったが、単に市場から撤退していったコレクターも多いという。

「2000年代初頭にそれらのアーティストのファンになった人たちの多くは、2010年代後半までに彼らの値段がオークションで10倍以上になったことで経済的に行き詰まってしまったのです」

彼らハイプビースト・コレクターは、2019年と2020年に起こったアートバブルの影響をもろに受けていたのだ。

作品価格の「クレイジー」な上昇

KAWSの彫刻の価格について、コレクターのガンブリエル・ウィルスは「クレイジーだった」と振り返り、こう続ける。

「2007年に『4 Foot Companion』シリーズが登場した当時は、3000ドル(現在の為替で約44万円)でした。その後突然、8万ドル、10万ドル、15万ドル(同・約1175万円~約2200万円)と跳ね上がり、さらに高くなったのです」

ウィルスもマルケス同様、2000年代初頭にKAWSの作品をコレクションしていたが、その後、チェ・ヒギョンやダニエル・ギブソンといったアーティストに移っている。

KAWS作品のピークを2019年とする見方に異論を唱える人は多くないだろう。同年4月、ビートルズの1967年のアルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』と人気アニメシリーズ「ザ・シンプソンズ」のカバーをマッシュアップした《The KAWS Album》(2005)がサザビーズ香港での「NIGOLDENEYE® Vol. 1」に出品され、76万ドル〜100万ドル(同・約1億1200万円〜1億4700万円)の予想落札価格をはるかに上回る1478万4505ドル(同・約16億4700万円)で落札された。これは、2018年11月のフィリップスで270万ドル(同・約3億9600万円)で落札され、KAWS作品としては過去最高額(当時)を記録した《Untitled (Fatal Group)》(2004)の5倍以上だ。この1カ月後にもロンドンのクリスティーズにKAWSの《ARMED AWAY》(2014)が出品されたが、こちらは《The KAWS Album》に比べれば随分と控えめではあるものの、300万ドル(同・約4億4000万円)で落札されている。

一方、2023年に行われたクリスティーズやサザビーズ・ニューヨークのオークションにおけるKAWS作品の落札金額は、5万ドルから12万ドルの間で推移している。そして落札された作品の大半が最低見積額をわずかに上回る価格であり、かつ、出品された12点のうち3点は買い手がつかなかった。

村上隆もKAWS同様、ハイプビースト・コレクターたちが夢中になったアーティストだ。村上による精液を投げ縄に見立てたギザギザ頭のアニメキャラクターの彫刻《マイ・ロンサム・カウボーイ》(1998)は2008年にサザビーズ・ニューヨークに出品され、1500万ドル(現・約22億円)以上で落札された。しかし、昨年クリスティーズとサザビーズに出品された10点の村上作品のうち、予想落札価格を上回ったのは《タイムボカン - ピンク》の1点のみ(予想落札価格50万ドルに対し、落札金額は75万6000ドルだった)。ほかの3点は見積額の範囲内で落札され、4点は最低見積額を下回り、2点は買い手がつかなかった。

さて、KAWSがピークを迎えた2019年当時、アート界の有識者たちがハイプビースト・コレクターらを受け入れていたかというと、そうではない。有識者たちは彼らを、現在でいうデジタルアートやNFTコレクターと同じように扱っていた。ジャーナリストのビアンカ・ボスカーは最近上梓した自著『Get the Picture』の中で、KAWSを所有していることがわかるとギャラリーのブラックリストに載せられたと打ち明けるコレクターやディーラーに触れている。

一方、クリスティーズのアソシエイト・ヴァイス・プレジデントで戦後・現代美術の専門家であるマイケル・バプティストは、KAWSたちが経験したピークとプラトーは「現代アート市場において特段珍しいことではない」と冷静だ。バプティストが説明するように、アート作品は早い時期に手の届きやすい価格帯で買われ、アーティストの人気の高まりとともに二次市場の需要は急増し、作品価格も上昇するのが常だ。バプティストによれば、今日のようなアルゴリズムによってパーソナライズされたインターネット以前の、より大衆的なインターネット文化がKAWSといった存在を生み出したのだという。

「インターネットの浸透で、物事が加速し、情報共有のあり方を大きく変えました。こうしたタイミングが大きな役割を果たしたのは間違いありません」

では、KAWSをKAWSたらしめたポピュリストのコミュニティを今の時代に再現することは可能なのだろうか。その挑戦に立ち向かうものは確かに存在する。

例えばペロタンは最近、eBayとのコラボレーションを発表した(実質的には、eBayでギャラリーのウェブサイト上にあるペロタンストアを展開する)。一方、Beepleの台頭やNFTの同時多発的な現象を振り返ってみると、それこそがまさにポピュリストのコミュニティの再現だったのではないかと感じられる。

ハイプビースト・コレクターは、極めて特殊ではあるものの、初期のインターネット文化の自然な副産物だったのではないか。彼らの興味関心はすでにアート以外の幅広い収集品に移ったようだし(スニーカーは変わらず彼らの主戦場だが)、アーティストやコレクターの名前は変わっていくだろうが、この現象自体が消失することはないように思える。

もちろん、KAWSのアーティストとしてのキャリアも終わったわけではない。そればかりか、今年は少なくともピッツバーグのアンディ・ウォーホル美術館(518日~)、ニューヨーク州ウォーターミルのパリッシュ美術館(714日~)、そしてニューヨークのドローイング・センター(1010日~)の3カ所での展覧会が決まっている。

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