女性たちが抱える「違和感」を共有したい【アーティストは語るVol. 1 みょうじなまえ】

アーティストたちはなぜ創作するのか。何を伝えようとしているのか。いまを生きる日本のアーティストたちの声を届ける企画の第一回は、女性の身体や性、アイデンティティをめぐる問題をテーマに作品制作する、みょうじなまえ。おもちゃや雑貨など、身近な素材を使ったインスタレーションに込めた願いを聞いた。

想定外の妊娠。産むか夢を諦めるか

──「みょうじなまえ」はもちろん本名ではないですよね。なぜそのお名前で活動しているのですか?

作家活動をするにあたり、家庭の問題で本名を使えないという事情もあったのですが、私が作品を作るというのは、生活する中で引っ掛かるというか、消化できなかったものを形にすることが多いです。すると自然に「『自分』というのは何なのだろう」と深く考えるようになりました。アイデンティティをつきつめて、性別や国籍も取り払って抽象化していって、最後に骨のように残ったものが「苗字と名前」だったんです。アイデンティティにまつわる作品が多い私にぴったりの名前だと思いました。

──なぜアーティストを目指されたのでしょうか。

もともと絵を描いたり物づくりをしたりするのが好きで、それを仕事に出来ればという思いから始まりました。まずは東京藝大に進もうと決意したのですが、10回目の受験でようやく合格しました。浪人中は生活費を稼ぐために、独学で得たグラフィックデザインの技術で靴やカバンなどの雑貨をつくり、インターネットで販売していました。

浪人が当たり前の藝大でも、9浪までするのは珍しかったです。なぜそこまで挑戦を続けたかというと、4浪目の時に、当時のパートナーとの子どもを妊娠したんです。私は子どもが大好きですが、経済的、時間的な面でも、出産するか進学するかとても悩んだ末、最終的に進学を選びました。とてもつらい選択でしたが、当時も今も、日本の社会構造的に、女性が大学で研究をしながら子育てもできる環境になっていない事や、自分自身も、学生の身分で子どもを産んで育てるのはありえないという、常識にとらわれていた部分もあるかもしれません。

──学部1年生の頃に発表された《Little friends》は、動物の赤ちゃんを描いた平面作品や、ベビー服の写真で構成されていますね。これは、このときの経験が反映されているのでしょうか。

はい。大学に入学しても、ずっと心に引っ掛かっていました。《Little friends》は大学のゼミで提出をした作品です。ゼミである日「愛する人に作品で愛を伝える」という課題が与えられて、私は産んであげられなかった自分の子の為に、その子の友達になってくれるようにと動物の赤ちゃんのイラストをたくさん描いて、その柄を使ったベビードレスを制作しました。

《Little friends》(2015)

自分自身や、自分と同じような経験をした人たちの問題意識を作品として提示してもいいんだ、と気が付いた原点の作品でもあります。また、親戚に、大学で学んだ芸術の知識を話しても、「芸術は分からないから」と頭ごなしに言われることが結構ありました。もっと身近な、人間の生活の中に芸術はあっても良いのではないかと思ったことも、この作品を作るきっかけの一つになっています。

──学ばれていたのは油画科でしたが、ほかの生徒と視点が違うと思いませんでしたか?

大学の教授に講評で「君はファインアートではなく、デザインをやりたいんだね」と言われたこともあります。でもこれは否定の意味ではなく、私自身もほかのクラスメイトと毛色が違うな、ぐらいの認識でした。結局、油彩は卒業するまで一切描きませんでした。学部時代に、自由に作品を制作させてもらえたのは良い経験だったと思います。

他者から押し付けられる理想像への葛藤

──2018年に発表された《Untitled》では、ご自身の身体に隙間なく宝石を貼り付けていましたが、綺麗とも言い難く違和感が残る、インパクトのある作品でした。

藝大では卒業制作時に自画像を提出する伝統があって、そのために制作しました。身体に貼り付けているのは、おもちゃの宝石シールです。女性はキラキラした可愛いものが好き、というステレオタイプが体中に貼りつけられているイメージを表現しました。そういう思考は、まだ日本に根強く残っているということを提示したかったのです。

《Untitled》(2018)

その一方で、私自身が幼少期に経験した違和感もベースになっています。私は姉と兄の3人きょうだいの末っ子として生まれました。母は、3人目は男の子が良かったみたいで、小さいころから男の子の服を着せられ、与えられるおもちゃは怪獣や戦隊ものばかりでした。子どもですので、親から与えられたものを受け取り、こうあってほしいという願いを敏感に感じ取って、喜ぶように振る舞っていました。しかし、女性の身体を持っている自分と、母の求める息子としての自分が常に葛藤していたんです。

今となって母に対する怒りは無いのですが、私にとって宝石は、コンプレックスというか、「嚙み合わないもの」の象徴でした。そうした私自身が経験した葛藤と、多くの女性たちが抱えているだろうジェンダー規範への違和感やそこから生まれる軋轢のようなものが似ていると感じ、それを作品にしたいと思いました。

──その後、2020年に発表された《You or someone like you.》《JEWEL NURSERY》は《Untitled》の宝石を貼り付けた身体が疑似的に出産をするという映像、ご自身の子宮の映像などで構成されたインスタレーションですね。

《You or someone like you.》《JEWEL NURSERY》(2020)

《Untitled》から引き続いて、「社会から求められる女性像」をテーマにしています。映像作品とおもちゃを販売するブースが対になった作品で、その中には、全身に宝石を貼り付けた女性がおもちゃを出産している映像と、生まれたおもちゃに宝石を貼り付けている映像が含まれています。女性に求められている社会的役割を再生産し続ける、というイメージを表現しました。傍らにあるブースで販売されているおもちゃには、それに貼り付けるための宝石が付属していて、あらゆる人が再生産に加担し得るということを示唆しています。誰でも、無意識のうちに社会規範や社会通念を内在化してしまっている、ということがあると思うんです。そういったものを物質化できないかなと考えました。

──このような作品を制作するのは、女性たちにそういった状況を断ち切ってほしいという気持ちからですか?

それは明確に答えられません。再生産に加担してしまっている人を一方的に責められない気持ちもあるからです。何が間違っていて、これが正しい、とは断言できません。ただ、私の感じた違和感を共有することで、鑑賞者の方々がそれぞれに考えてくだされば、それで良いと思っています。

神話は、誰かが実際に経験した出来事

──現在開催中の展覧会に出品されているのは、どのような作品になりますか?

様々な神話に登場する女性をテーマにした、新作の映像インスタレーションを発表します。セイレーン、メデューサなどの神話に出てくる怪物や魔女たちは、本当は普通の女性なのに、自分の意思を表現したり男性にとって都合の悪い言動をしたために、悪の存在に仕立てられたのではないか、と考えました。様々な神話を読むうちに、神話の物語は、現実に誰かが経験した出来事なんじゃないかとも思うようになりました。今回モチーフで取り上げたオウィディウスの『変身物語』には、姉妹と姉の夫が居て、ある日妹が姉の夫にレイプされてしまう。それを告発しようとした妹は、姉の夫に舌を切られてしまうという、女性にとって非常に理不尽な話が収録されています。なぜ今に至るまで伝承されているのかというと、中間地点でも同じような出来事が実際に何度も繰り返し起こっていたからなのだと思います。

《バベルとユートピア》(2023)

インスタレーションでは、そのような神話の解釈と、私が作家活動をする中で実際に経験した性被害の手記を交差させています。自分にとって辛い経験でしたし、性にまつわる事と女性の人格が切り離されず混同されがちな社会の中で、自身の性被害を語ることは、とてもリスクの高いことなので、誰かに語ることで疲弊してしまうだろうと自分の中に仕舞い込んでいたのですが、私は作家なので、その心の引っ掛かりを作品にすることは重要だと考えるようになりました。作品の表面には、神話の物語を舞台のように表現して、裏側には、私の経験した出来事を象徴する洗面台と鏡を設置しました。

『変身物語』には続きがあって、最後はどういう訳か姉妹と姉の夫は神様に鳥にされてしまいます。そして、姉妹の鳥は飛び立ち、鳥にされてしまったほかの女性たちとともに暮らすのです。このインスタレーションでは、そうしたシスターフッドの大切さも表現しています。インスタレーションで流れる歌声は姉が担当しています。問題があった家庭の中で、生まれて初めて連帯をしたのは姉でした。

──みょうじさんが作品を発表することで、世の中がどう変わってほしいですか?

むしろ、私のような作家が作品を作らないような世の中になってほしいです。でも、過去何十年もフェミニズム・アーティストの方たちは私と同じようなコンセプトの作品を作り続けています。それってずっと問題が解決していないということの表れだと思うんです。

──フェミニズムの問題を扱うアーティストは、欧米の方が数が多く、作家としての評価もされています。

色々な方から「あなたのような作風の作品を作り続けるのであれば、海外に出た方がいいよ」とアドバイスをいただくので、ここ数年、ずっと海外で自己研鑽を積む為に準備を整えていたのですが、運悪くコロナの影響で国内を出ることができませんでした。随分悔しい思いをしましたが、その経験から、すでに土台がある欧米で受け入れてもらうのではなく、私自身が生まれた日本という場所で作品を作り、少しでも状況を変えていくということも、私の大切な役目なのかもしれないと考えるようになりました。


SICF23 EXHIBITION 部門 グランプリアーティスト展 みょうじなまえ「バベルとユートピア」
会期:5月10日(水)~5月25日(木)
会場:スパイラルガーデン(東京都港区南青山 5-6-23 スパイラル1F)
時間:11:00 ~ 20:00 


みょうじなまえ
2019年東京藝術大学絵画科油画専攻卒業、19年東京藝術大学大学院美術研究科絵画専攻油画入学、22年同大学院自主退学。2022年CAF賞2022 金澤韻賞、SICF23 EXHIBITION部門 グランプリ。

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